49.カタリナ被害者の会
晩餐は、穏やかに幕を閉じた。
女性陣は、やはり疲れが溜まっているらしく、今日はここまでと部屋に戻っていく。
男性陣は、まだ飲み足りないと喫煙室に向かった。
紫煙をくゆらせながら、強い酒が酌み交わされる。
皆、グラスをどんどん干していった。
平行して、だんだんタガが緩んでゆく。
知能指数が、どんどん下がっていくとも言う。
気がついたら、ヴァランタンとカトー大尉は、カタリナの愚痴から完全に意気投合していた。
ヴァランタンは、カタリナの推理に助けられたこともあるようだが、好き放題振り回されたことの方が圧倒的に多いらしい。
近衛騎士として、同じ苦労をした相手を初めて見つけて、感激しているようだ。
「やれやれ。『カタリナ被害者の会』といったところだな」
少し酔った様子の公爵が、苦笑する。
「ソレル君。君も入会する資格があるんじゃないか?
今回もだが、『トレヴィーユ荘事件』では相当こき使われただろう」
ルシアンが面白がって振ってきた。
「あー……十分あると思います」
今回の事件は城内をうろうろしただけだが、前回は事件関係者を探すために、場末の社交場やら賭場めぐりにお供させられたソレルは大きく頷いた。
カタリナが、王都裏社会の中ボスに真正面から啖呵を切った時など、がっつり寿命が削れた覚えもある。
「レディ・カタリナ被害者の会なら、私も入会します!」
だいぶ顔が赤くなってきたバティストが、しゅたっと手を上げた。
なんでだ? と皆が振り返る。
「彼女に微笑みかけられると、こんなに素晴らしい女性がこの世にいたのかと思ってしまうじゃないですか。
なんとか、縁をつなげられないかと、願ってしまうじゃないですか」
「ああ……まぁ、お若い紳士ならそうでしょうな」
仏頂面で、カトー大尉は頷いた。
彼だって、カタリナにいいところを見せようと、紅首鳥の巣の捜索に暑苦しく立候補していた気もするが。
「けど、破天荒っぷりが斜め上すぎて、即、こんなの無理だってなるじゃないですか」
「わかるわかる!」
げらげらと皆笑った。
カタリナを鍾愛している公爵でさえ、肩を震わせている。
「別に、彼女のせいじゃない。
こっちが勝手に惚れて、こっちが勝手に諦めてるだけだってわかってる。
だけど、なんていうか、このへんがもやもやするんですよ。
なにか、奪われたような気持ちが残るんですよ」
バティストは胸のあたりで、手をぐるぐるさせてみせた。
「よしわかった! バティスト卿。君も会員に迎えよう」
ヴァランタンが、両手を広げて歓迎した。
「では私も」
ルシアンも手を挙げた。
歓迎歓迎、と会員達が拍手する。
「フレデリック、君は?」
バティストは、隅で手酌で飲んでいたフレデリックに声をかけた。
「あー……僕? 僕は、子供扱いされてるだけだから。
ああでも、彼女が僕の使い所を見つけたら、きっとこき使われるんだろう、とは思ってる」
ま、そうなるだろうと、皆、頷いた。
ならないはずがない。
「よし! じゃあ前倒しで入会だ!」
拍手でフレデリックは迎えられた。
「では、決起集会という流れかな。
私はもう休むが……ああそうだ、東の仮小屋を提供しよう。
あそこなら、いくら騒いでもベアトリスも怒るまい。
カトー大尉、火の始末だけは頼む」
「は」
執事に深夜のピクニックの用意を指示し、公爵は「あまり飲みすぎないようにな」とフレデリックの肩を軽く叩くと、先に出ていった。
皆、口々に挨拶をして見送る。
夜中だというのに、執事はささっと支度を手配してくれた。
公爵の戦友が訪ねてくると、昔を懐かしんで野外で飲むことがあるとかで、慣れているそうだ。
カトー大尉は、以前、お供したことがあるので勝手を知っているらしい。
新月が近いので、月はない。
降るような星空の下、皆、手に手にカンテラを持って出発した。
ひんやりとした夜の冷気が心地よい。
エールやワイン、ウイスキーの瓶、ハムやチーズなどが満載された小さな荷車を、自分達が一番若いからとバティストとフレデリックが引いていく。
そこそこ酔いが回っている足で15分ほど草地を行くと、石造りの壁に蔦が絡まった三角屋根の小屋が見えてきた。
やや小高いところにあり、そばに大きな石を適当に並べただけの炉もある。
カトー大尉が、大きな扉を開くと、いい香りがした。
まだまとめていない干し草が、壁際に向かって山と積まれている。
仮小屋というのは、干し草を仮置きする小屋、という意味だったようだ。
カンテラを軒や垂木のフックに引っ掛けると、ぱっと明るくなる。
「さてさてさて……」
カトー大尉とヴァランタンが、荷車に積み込まれていた古いシーツを干し草の上に何枚も広げた。
「干し草よし!」
カトー大尉とヴァランタンは重いジャケットを脱ぎ捨てると、大の字になって、うつ伏せに倒れ込んだ。
皆も、ソレルも真似をした。
酔ってほてった身体が、いい匂いのする柔らかな感触に包まれる。
控えめに言って、最高だ。
ひとしきりゴロゴロして、飲み会の再開だ。
カトー大尉が、焚き火を興してくれる。
改めて一同、乾杯した。
あれやこれや、カタリナの傍若無人エピソードで盛り上がる。
やがて、ヴァランタンは、カタリナの推理の過程を知りたがった。
フレデリックは、まだ事件の振り返りを聞く気になれないのか、さりげなく立つと、焚き火のそばの草地に座って、星空を肴にちびちび飲みはじめる。
「えー、じゃあ、遺体発見時に第一発見者の嘘に気づいて、自分の犯行を隠しているか、公爵夫妻のどちらかを庇っているかの二択から入ったのか。
そこから本人の動機を探し始めて……どこで確信したんだ?」
「ローズマリーの茂みを最初に探した時、遺留品はたぶんアクセサリーだろうと言っていた。
あの時点で、レディ・ジョルジェットの盗癖が絡んでいる可能性を想定していたのかもしれないな」
ジャケットを脱いだルシアンが、砕けた口調で言いながら、ホーローのコップに注いだワインをぐびりと飲む。
執事が用意してくれたのは、手っ取り早く酔っ払うための安い酒。
雑な飲み方をしてもよいのだ。
「そうでしたね。で、コルネイユの手帳の、一ページだけ綺麗に切り取られた跡を見つけた。
そこで、切ったのは彼女だと確信、例の地所が鍵だって気づいて、あとはもう一本道だったんじゃないですかね。
ドレスの背中側から襟飾りを引きちぎられたことや、テレサの証言なんかは、答え合わせでしょう」
「そうか。核心を把握したのは、事件認知から、何時間?」
「現場に行ったのが20時半、手帳を見つけたのは翌日の昼食後だから……18時間?」
「睡眠時間などを除けば、10時間かかってない」
「こわッ! もし、俺が誰かを殺すことになったら、絶対にレディ・カタリナが絡んでこないところでやる!」
ヴァランタンは憲兵らしからぬことを口走り、皆、そうしようそうしようと頷いた。
警備畑一筋のカトー大尉まで、真顔で頷いている。
不意に、暗がりから誰かがぬっと現れた。
「お邪魔いたします」
アドバンだ。
カタリナに「被害者の会」がバレたのかと、皆、慌てて身を起こした。
「『カタリナお嬢様被害者の会』が開催されているとうかがいました。
なぜ、私にお声がけくださらないのですか?」
「え。あ? あ?」
アドバンは、一体どこから調達してきたのか、片手にぶら下げていたギターを構えると、いきなりジャカジャカとかき鳴らしはじめた。
あっけにとられている一同の前で、キリの良いところまで演奏すると、ぴたっと止める。
「公爵令嬢が、殺人事件の捜査を、ほいほい引き受けるなあああああ!」
アドバンは、夜空に向かって思いっきり叫んだ。
魂の叫びだ。
うおー! と一同、盛り上がる。
満場一致で、アドバンは「被害者の会」名誉会長に迎えられた。
まずは駆けつけ一杯だ! と、ヴァランタンがエールの瓶を渡す。
アドバンは遠慮なくぐびぐびっとやると、またギターをかき鳴らし始めた。
皆が手拍子を合わせていると、ぴたっと止めて、カトー大尉を手のひらで指しながら、優雅にお辞儀をする。
カトー大尉は、慌てて立ち上がった。
「なんで勝手に現場検証始めとるんじゃーい!!」
渾身の叫びに、皆、笑い転げた。
「それ、それだ!」
「現場に走っていくレディ・カタリナ、めっちゃ速かった!
めちゃめちゃ速かった!!」
居合わせなかったヴァランタンも「想像つく、めっちゃつく!」と、げらげら笑っている。
ジャカジャーン。
アドバンは、ヴァランタンを指した。
「証拠見せびらかしといて、燃やすヤツがいるかああああああ!」
仁王立ちになったヴァランタンは、雄叫びをあげた。
皆、ひぃひぃ言うほど笑った。
フレデリックも、皆の謎テンションに呆れながら笑っている。
「結局、記事に出来るネタがひとつもないいいいい!」
「初恋ー! じゃないけど、なんか! 返せー!」
「あっという間に、うちの部下を手のひらころっころするなー!」
皆、叫びたいことを叫びちらかす。
挨拶を交わし、一緒に食事もした女性が突然撲殺された衝撃。
わけがわからないまま、殺人犯がいる城にとどまる恐怖。
しくじれば、どう見ても無実のテレサが火炙りになるという焦燥。
意識する余裕もないまま溜まっていた心の澱が、弾けていく。
「フレデリック様。なにかおっしゃりたいことはございますか?」
一通り出尽くしたところで、アドバンはフレデリックに優しく声をかけた。
「みんなのように、叫ぶ元気はないけど……
人生が複雑すぎて、手に負えない件……ってところかな」
フレデリックは、力ない笑みを浮かべた。
「それな。ほんとそれ」
ヴァランタンがウイスキーを掲げながら、大きく頷いてみせる。
最年長のカトー大尉からバティストまで、皆、しみじみと同意した。
公爵夫妻は、不憫な生まれのクレールを哀れに思い、手元において大切に育てた。
ベアトリスは、ジョルジェットの不遇に同情し、城に招いた。
二人とも、善意でしたことだ。
クレールも、ジョルジェットも、それぞれ彼らの善意に応えようとしていた。
なのに、本来、交わらないはずだった糸はもつれ、ある日、致命的なやり方で裁ち落とされてしまった。
ソレルは、リシャンディエール城を振り返った。
星空の下、大きな岩塊のように見える城は、しんとしている。
今夜、公爵夫妻は、眠れているのだろうか。
こっちに来て、思う存分、叫べばいいのに。
ルシアンが、ゆらりと立ち上がった。
「アドバン、ギターを貸してくれるか?
歌おう。ままならない人生を生き抜くには、酒と歌、それにダンスが必要だ」
「至言です。リュイユール伯爵閣下」
アドバンはルシアンにギターを渡し、そこから宴は懐メロダンス大会に突入した。
アドバン「私とヴァランタン卿は、以前も『公爵令嬢カタリナの事件簿:差し替えられた花嫁』でお嬢様に振り回されたことがございまして、さすがにストレスがががが…」
※性加害、性被害がかなりがっつり描かれますので、苦手な方はご注意ください…
ところで、一瞬PSY「江南スタイル」の馬ダンス対決をするヴァランタン&カトー大尉という謎の絵が浮かんだのですが、この世界観に落とし込めなくて断念しました…
懐メロディスコ曲とかは、ちょいちょい使うんですが、EDM系はさすがにどうかと…
ヴァランタン&カトー大尉「いえー! せくしーれーでー!」(馬に跨っているように両足を広げたままぴょんぴょんしつつ、右手を投げ縄を回してる感じで振り回す)




