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50.公爵令嬢カタリナの不覚

 最初に潰れたのは、カトー大尉だった。

 捜査で右往左往しながら、睡眠時間を削って警備にも邁進していたのだから、お疲れ様としか言いようがない。


 そして、アドバンも案外あっさり沈没した。

 こちらも、昼夜を問わずカタリナを護衛し続けていたのかもしれない。


 いつしかソレルも、干し草の山に埋もれて眠り込んでしまった。


 ふと目覚めると、夜が明けていた。

 もやが出ていて、ぼんやりと明るい。

 まだ、夢の中にいるようだ。


 焚き火の前に、誰かがこちらに背を向けて座っていた。

 ルシアンだ。


「お、おはようございます」


 声をかけると、ルシアンは振り向いて「おはよう」と笑った。

 ジャケットやクラバットはどこにやったのか、シャツにジレ姿で、肩下までの髪も解いて後ろに流したまま。

 シャツの胸元を開いているし、伝統ある伯爵家の当主とは、ちょっと見えない。


「昨夜は凄かったな。

 こんな馬鹿な飲み方をしたのは、学生の時以来だ」


「ですね。これもレディ・カタリナのご人徳ということで……」


 底抜けに楽しかった。

 色々叫び散らかしたが、なんだかんだで、皆、カタリナが好きなのだ。

 破天荒極まりない、公爵令嬢が。


 ルシアンは、微笑んで、慣れた手つきでコーヒーを淹れてくれた。

 並んで座って、熱いコーヒーを飲む。

 二日酔いの、重い頭が少しマシになった。


「……実はね。8年前、ウィノウの社交場で、レディ・カタリナと一度だけ踊ったことがあったんだ」


 焚き火を眺めながら、ルシアンはぽつりと言った。


「あー……『ダンシング・プリンセス降臨』って大々的に報道された時ですよね」


 8年前、17歳の夏にカタリナは、大陸社交界の中心である聖都ウィノウを訪問した。

 その圧倒的な美貌とダンスの巧さで注目を集め、有名な俗謡の「ダンシング・プリンセス」そのままだと話題になっている。


「そうそう。もちろん、彼女は覚えていないだろうが。

 私は、一緒に踊った曲も覚えている」


 ルシアンは、口笛で軽くメロディを吹いた。

 「愛の暗殺者」という、これも有名な俗謡だ。


「それきりの縁だと思っていた彼女が、突然領地に来て、あっという間にリュイユールを救ってくれた。

 奇跡だ、と思った。

 実はね、私がこの城にいたのはたまたまじゃない。

 彼女が立ち寄るだろうと読んで、先回りした」


「え。ストーカー!?」


 思わず突っ込むと、ルシアンは破顔して、違う違うと手を横に振った。


「王都の社交界から離れたところで、彼女を知りたかった。

 なにを望んでいるのか、なにを目指しているのか。

 舞踏会で何度会っても、いわゆる『社交的な会話』以上の話はなかなかできないじゃないか」


「ま、それはそうですが。

 ……なにか、わかりましたか?」


「事件で、それどころじゃなくなったが。

 ただ、彼女は、カトー大尉とは知り合ってすぐに、ぽんぽん言い合う関係になっただろ?」


「そうですね。お互い、ツッコミを入れ合う的な」


「たぶん、彼女には、本音でいかないとダメなんだ。

 本当の自分を見せなければ、彼女は心を開かない。

 だが、私は人前に出ると、つい『リュイユール伯爵』にふさわしい振る舞いをしようとしてしまう。

 二度と、リュイユールを侮られてはならないからね。

 しかし、体面を取り繕っている限り、彼女の心には近づけない……」


「あー……」


 ソレルは腑に落ちた。

 ルシアンに感じていた微妙な違和感、「リュイユール伯爵」を演じているように見える瞬間があるのは、そういうことだったのか。


 苦笑しながら、ルシアンは小枝を焚き火に放り込んだ。


「そうだったんですね。

 レディ・カタリナがルシアン卿のところに行った時、つまり8年ぶりに再会された時は、どんな感じだったんですか?」


 ルシアンは、懐かしげに小さく笑った。


「……あの日、私は領都の外れにある別邸にいて、近くの川で釣りをしていた。

 暑い日だったから、靴を脱いで、足を川に浸したりしながらね。

 土手の上を、近所の子ども達に案内されて、白い旅行服を着て、白い日傘をさした彼女がゆったりと歩いてきた。

 小さな子が『お姫様だー!』『お姫様がきたー!』と、はしゃぎまわっていたよ」


 なんとなく、ソレルの脳裏に絵が浮かんだ。


 新緑が濃くなりつつある、春の終わり。

 空は晴れ、その日ばかりは、なんの憂いも懊悩もなく、ルシアンはただ釣りを楽しんでいたのだろう。

 そこに、美しいカタリナがやってくる──


「逆光で、最初は顔もはっきり見えなかった。

 ただ、私を見つけて、愉快そうに笑ったのがわかった。

 その瞬間、世界が鮮やかに、途方もなく美しく見えたんだ……」


 最後はほとんど呟くように、ルシアンは言った。


「あー……それは……」


 それって、ガチの一目惚れということなんだろうか。

 いや、顔は見えていなかったのだから、一目、とは少し違う。

 存在に接して惚れた、ということなのだから、「一存在惚れ」と言うべきなのか?


 二日酔いの頭が、迷走している。


 ルシアンがカタリナに好意を持っているのは、見ればわかった。

 しかし、それは社交儀礼の鎧に覆われて「ただの好意」としか、ソレルは思っていなかった。

 既に、カタリナよりも若い、いわゆる適齢期の令嬢がいる伯爵家や子爵家が、復活したリュイユール伯爵家に娘を縁付かせるのもやぶさかではないと、アプローチを始めている。

 ルシアンは、なる早で跡取りを儲けなければならない立場だ。

 その令嬢達の誰かを選ぶのだろうと、皆思っていた。

 おそらく、カタリナも。


 しかし、庭師のグスタフがカタリナの子どもの頃の様子を話した時、ルシアンは急によろめいて、わけのわからないことを口走っていた。

 ルシアンは、カタリナに深く深く思いを寄せているのだろう。

 アドバンがルシアンにずっと微妙顔をしているのは、そのあたりを見抜いていたのかもしれない。


 いやしかし。

 カタリナは、めっちゃくちゃにハードルが高い令嬢だ。

 この恋、どうすれば叶うのだろう。


 その時、朝靄の向こうから、軽快な蹄の音が聞こえてきた。

 誰かが、馬を走らせている。


「まさか……」


 ルシアンは、呆然と立ち上がった。

 ほへ? とソレルは振り返る。


 次第に吹き払われていく靄の向こうから、白馬に乗ったカタリナがやってきた。

 後ろには、黒馬に騎乗したゼルダもいる。


「あら。ルシアン卿にソレル。

 どうしたの? こんなところで朝っぱらから」


 豊かな黄金色の髪をコンパクトにまとめ、臙脂色の乗馬用ドレスをまとったカタリナは、ひらりと馬から降りた。

 小屋の中を軽く覗き込み、折り重なっているヴァランタンやカトー大尉達、それから大量の空瓶に気づいて「うわ、なにこれ!」とびっくりしている。


 ルシアンは突っ立ったまま、ただただカタリナを眼で追っている。

 その眼が異様に輝いているのに、カタリナは気づいていないのだろうか。


「ええと……これは、打ち上げ? みたいなもので。

 レディ・カタリナ。あなたこそ、どうして?」


 あわあわとソレルは誤魔化す。


「夜明けに目が覚めてしまって。

 厩舎も、もう起きているようだったから、ちょっと馬を借りたのよ。

 でも、打ち上げなら、わたくしを呼ぶのが筋じゃない。

 殿方だけで楽しいことをするだなんて、ズルいズルい!」


「そんな、芝居のクソ妹物みたいなセリフを。

 こんなむさ苦しい会に、公爵令嬢のあなたを呼べるわけがないじゃないですか!」


「ま、それはそうだけれど。

 あら? アドバンまでいるじゃない。

 これ、絶対、わたくしの悪口で盛り上がってたでしょ!」


 カタリナは、「お前らまとめてお灸を据えてやる」とばかりに不穏に笑った。

 その声が夢の中で聞こえたのか、ヴァランタンとアドバンが、うなされたような声を漏らして、もぞもぞと動き出す。


「カタリナ」


 不意に、ルシアンが響きのある声で呼んだ。

 大股にカタリナに近づくと、ざっと草地の上に跪いて、あっけにとられているカタリナを見上げ、右手を差し伸べる。


 求婚だ。

 どう見たって、カタリナに求婚するつもりだ。


 まさか、こんなわけのわからない状況で!?

 社交欄担当記者の自分もいるのに!?


 二日酔いが吹き飛ぶ。

 ソレルは反射的にメモ帳を取り出し、鉛筆を構えた。


「……館の川辺で、あなたに再会した時から、こうすることだけを考えていた。

 私の幸福は、あなたの傍にしかない。

 カタリナ。どうか、あなたと共に歩んでいく喜びを、私に与えてほしい」


 ルシアンは、この上なく真摯に、カタリナにその手を乞うた。

 カタリナは、え? え? とうろたえている。


「そんな。急に、そんなことをおっしゃられても……」


 じりじりと、後ずさりする。

 カタリナは助けを求めるように視線を泳がせて、ソレルと眼があい、はっと息を呑んだ。


 ソレルは、へこっと頭を下げる。


「レディ・カタリナ。この求婚だけは、記事にします!

 このスクープ、『日刊王都新報』社交欄担当記者として、絶対逃すわけにはいかないので!

 伯爵領から戻られた時、ルシアン卿の姿や声が素敵だとおっしゃっていましたよね?」


「え。そうなのか?」


 跪いたまま、全力で返事待ちのルシアンが、思わずソレルを振り返る。


「ソレル! どうして今、そんな話を持ち出すのよ!」


 真っ赤になったカタリナは、叫んだ。

 希望に輝く眼で、ルシアンがカタリナを見上げ、手をさらに高く突き出す。


 ほんの一瞬、カタリナは、迷うそぶりを見せたような気がした。


 だが──


「こんな、こんな不意打ちで求婚されるだなんて……

 不覚! 一生の不覚ですわ!」


 わけがわからないことを口走ると、カタリナは、いきなり身を翻した。


「カタリナ!?」


 カタリナは馬に飛び乗り、すぐに馬が走りだす。


 あっという間に、カタリナは木立の間に消えてしまった。

 馬から降りずにカタリナを待っていたゼルダが、こっちをギロッと一睨みして、その後を追う。


 朝靄が晴れていく中、残された男二人は、顔を見合わせた。


「逃げられた……な」


「逃げられました……ね」


 ふはっとルシアンは大きく息を吐いて、笑い出した。


「つい、勢いでやってしまった。

 ……ま、後悔はしないことにしよう。

 断られたわけではないし」


 うんうんと、自分に頷いている。

 ポジティブだ。


「朝靄の求婚。

 乗馬服姿のレディ・カタリナは、顔まっかで逃亡。

 ルシアン卿は、断られたわけではないと余裕の構え……と」


 メモ帳に書き留めながら、ソレルはふと首を傾げた。


 きっと、王都の社交界は大騒動になる。

 だが、カタリナの最大の被害者である王太子秘書官ノアルスイユは、ルシアンの求婚を知ったら、どう出るのだろう──


カタリナ「つたない作品を最後までご覧いただき、まことにありがとうございました! ご感想、お星さま、いいね、レビューなどなど、お心のままに賜われると、作者のモチベがもりもりと上がりますので、よろしくお願いいたします。

下のバナーから個人企画『春の異世界恋推理’26』に参加していただいている他の作品もお読み回りただけますと、幸いですの」(しれっと華麗にカーテシー)

カタリナパパ「今更、うちのカタリナに求婚者が現れただと?? 馬鹿なのか? アホなのか? 頭のネジが256本くらい飛んでいるのか!?」(目を回して気絶)

ルシアン「大丈夫です閣下。私の頭のネジは1024本は飛んでいます!」(いい笑顔で介抱)

ノアルスイユ「ラスト、勝手なことを言われてますが……レディ・カタリナが求婚されようが結婚しようが、私は関係ありませんのでででで…!」(眼鏡くいー)

ソレル「なにはともあれ、またお会いしましょう!」


今回の作品は、最初、クリスティっぽい動機が二転三転する流れのプロットを書きかけていたのですが、途中で、「推理小説の犯人って、知らん顔して他の登場人物に紛れ込んでるけど、人を殺した直後にそれが出来る人って、普通そんなにいないよね……」「じゃあ、普通の人が犯人だったら、どういう話になるんだろう?」と、いらんことを思いついてしまい、「偶発的に人を殺してしまった犯人が、諸般の事情で必死にごまかそうとしている」「本人の挙動見ればバレバレっちゃバレバレなんだけど、明確な物証はない上、動機不明。カタリナは、犯人がなぜ殺したのかを説明しなければならない」という話になりました。

 クレールの悪あがきシーンを書いていて、そいや推理小説の犯人って、あっさり観念しがちよね……と、更にいらんことに気づいたりも。みんな! もっと悪あがきしようよ!


 それにつけても難しかったのが、いかに伏線をさりげなく埋め込むかで……

 推理小説を読み慣れた方だと、「9.雨の朝」で、クレールが東に向かって祈っている場面で、ほぼほぼこの人が犯人やろ&「12.典型的な症例」で、東にある魔の森で戦っているエドモンの話が出てきた時点で、被害者も動機も予想できただろうな……と思います。

 最初の場面については、ここでソレルがクレールにぐっと心惹かれて、恋愛モードに入れば、もうちょいごまかせるかも? と思いつつ、それをやると、犯人確定後がめちゃくちゃ重くなるので見送りました。

 とはいえ、今回の作品は、こんがらがりを構築することは、以前の作品よりはできたと思います(たぶん)。

 引き続き伏線の埋め方を修行していきたい所存! ということで! またよろしくお願いいたします!


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前回の打ち上げ回が最終話だと勘違いしたのが私の不覚。 私はルシアン様をなんとなく胡散臭く感じていたのですが「伯爵」を演じていたからなんだと分かって納得です。彼から見た川辺での邂逅シーン映像が浮かんでき…
 前回の愉快で騒々しい打ち上げ会に、悲しい事件の余韻も吹き飛ばされたところで、今回の、朝の出来事。本当に胸がときめいてしまいました。  相手の方は想いをずっと温め続けて来たのでしょうけれども、カタリナ…
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