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48.最後の晩餐

 数十人が参列できるほどの礼拝堂の祭壇前には、白い屍衣をまとったジョルジェットの棺が安置されている。

 町から来てくれた神官が祈りを捧げ、皆で唱和した。


 蓋をとった棺に、一人ずつ、白百合の花を差し入れてゆく。

 傷跡は巧くヴェールで隠され、薄く化粧もされたジョルジェットは、穏やかな表情をしていた。

 あどけなく、眠っているようにも見える。


 無事、仮葬儀は終わり、ジョルジェットの棺は礼拝堂の安置所に移された。

 まだ生家から返事がなく、今後、どこに葬られるかもわからない身の上ではあるが──


「カタリナ様」


 式が終わった後、古めかしい喪服を着た女が、カタリナにそっと声をかけてきた。

 テレサだ。


「この度は、本当にありがとうございました。

 あなた様がいらっしゃらなければ、どうなっていたことか」


 深々と頭を下げる。

 カタリナは、小さく会釈を返した。


「良かったわ。疑いが晴れて」


「犯人だと言われた時は驚きましたけれど……カトー大尉にも、謝罪していただけました。

 それで。あの。その……失礼なこととは存じますが。

 感謝の印として、せめて、これを差し上げることをお許しいただけませんでしょうか?」


 テレサは、なにか小さなものを包んだ布を差し出した。

 カタリナが、受け取ってそっと開く。


 華やかな黄薔薇だ。


 ごく細い糸で編み上げた黄薔薇が、三輪、大きいものと小さいものと取り混ぜて、ちょうど小さなブーケのようにまとめてある。

 淡い黄色や濃い黄色、他の色味が混ざったものなど、さまざまな「黄色」を使い分けて花弁が一枚一枚編まれている。

 こんな凝ったレース編みを見るのは、ソレルは初めてだ。


「まあ! 素敵ね!」


 カタリナは、思わず笑顔になった。


「押し込められている間、編んだものでございます」


「ああ、あなたに会いに行った時に、なにか隠していたわよね。

 もしかして、あの時の?」


「左様にございます。

 ほんの、心ばかりのものですが」


「ありがとう、テレサ。大事にするわ。

 この薔薇に合うドレスを作らなくちゃ」


「光栄にございます」


 恐懼しながらテレサは頭を下げたが、カタリナはふと眉を寄せた。


「あなた、どこか行くあてはあるの?」


「もういい年ですし、これから新しい奉公先を探すのは……

 ジョルジェット様が、私の年金をずっと積み立ててくださったので、地元で隠居しようと思えばできますし、先々のことはゆっくり考えようかと」


 ソレルは、少し驚いた。

 一時は困窮していたのに、ジョルジェットはテレサの年金を守り続けていたのか。

 それほど、ジョルジェットにとって、テレサは大切な存在だったということか。


「そう。落ち着いたら、連絡をちょうだい。

 なにか、してみたいことが出てきたら、いつでも声をかけてね。

 伯母様も気にかけてくださるだろうけれど、わたくしが助けられることもあると思うから」


「あ、ありがとうございます……」


 カタリナは、新たな涙にくれるテレサを慰めた。


 隠居するには、テレサはまだ若い。

 それに、これだけの作品を作ることもできる。

 作品を売って稼いでいくのは、貴族に侍女として仕えていた者にはふさわしくないが、令嬢向けの寄宿学校で、礼儀作法や手芸を教えたりしながら、作品を制作するのもよいかもしれない。

 どんな道をテレサが選んでも、四方八方にコネのあるカタリナなら、どうにでもできるだろう。


 なにはともあれ、テレサが、あのまま火炙りにならなくて、本当に良かった。

 亡くなった、ジョルジェットのためにも。

 ソレルは、改めてしみじみと思った。




 憔悴の色が濃く残っている公爵に声をかけられ、ソレルは書斎で原稿を頂戴した。

 今夜は晩餐を開くので、出席するようにと言われる。

 ヴァランタンと、特別にカトー大尉も招くとのことで、慰労会のような面もあるのかもしれない。

 明日、ソレルは王都へ戻るので、今夜が最後のリシャンディエール城の晩餐だ。


 例によって、アドバンがすすっとやって来て、ソレルの服装を整えてくれた。

 こんなことをしてもらえるのも、あと少し。

 この城での滞在が、夢の中のことのように思える。


 控えの間に早めに行くと、他の者も早めに来ていた。


 公爵夫妻は、艶のないダークグレーの衣裳。

 二人とも、少なくとも表面上は、もう平静を取り戻しているように見えた。

 彼らは、シムノー公爵夫妻。

 内心、どれほど感情が吹き荒れていようと、それを外に見せずに生きてきた人々だ。

 ソレルは、改めて畏敬の念を抱いた。


 カタリナは、紫がかったグレーのドレスに、アクセサリーは目立たないものと、半喪の装い。

 ルシアンも、カタリナと似た雰囲気だ。

 定刻通り来たヴァランタンとカトー大尉は、制服が正装。

 二人だけ、鮮やかな赤いジャケットに、喪章を巻いている。


 そして、やや遅れて、フレデリックとイレーナ、そしてバティストが現れた。

 皆、半喪の衣裳だ。

 フレデリックはイレーナに肘を貸しているものの、母と息子の視線は、バラバラで、ぎこちない雰囲気だ。

 バティストがフレデリックを説得して、とにかくイレーナを迎えに行かせたのかもしれない。


 ベアトリスが立ち上がって、イレーナを迎えた。

 軽く抱き合い、互いにぎこちなく微笑んで、一緒にソファにかける。


 しめやかな雰囲気のまま、食前酒が配られる。

 立ったまま、ヴァランタンはカトー大尉と共通の知人の話をし、カタリナとルシアンは、トレヴィーユ荘の話をしている。


「……さっきね、少し横になっていたら、昔の夢を見たの。

 修道院の寄宿舎にいた頃の夢」


 イレーナは、どこか放心したような顔でベアトリスに呟いた。


「あら。どんな夢?」


「お天気のいい日に、皆で、バスケットをぶら下げて、近くの丘でピクニックをする夢。

 あなたも出てきたわ。

 ピンクの髪をおさげにしたジョルジェットも……ころころと笑っていて」


「そう……」


 ベアトリスは眼を伏せた。


「ずっと、あの頃のままでいられたらよかったのに。

 わたくしも……ジョルジェットも」


 イレーナの眼には、涙はない。

 だが、感情を削ぎ落としたような表情は、彼女なりに深く深く悔やんでいるように見えた。

 自分を自分で振り回し続けるようなことをしたあげく、古い、懐かしい友人ジョルジェットを傷つけてしまったことを。


 ベアトリスは、イレーナの手に手を重ねた。


「そうね。安全なところに囲われて、守られて、無邪気なままいられたら、幸せだったでしょうね。

 辛い目に遭うこともなく、自分の厭なところに向き合う必要もなく……

 でも、あの頃のまま時が止まっていたら、フレデリックも、他の子どもたちもいないじゃない」


 ベアトリスとイレーナは、共にフレデリックを見た。


 フレデリックは、バティストと一緒に壁にもたれて、黙ったまま食前酒を飲んでいる。

 表情はまだどこか虚ろだが、バティストのような友人が寄り添ってくれるのなら、じきに前を向けるようになるだろう。


「……そうね」


 イレーナは幾度も小さく頷いて、子を持つことが叶わなかったベアトリスの手をぎゅっと握り返した。


 ご用意が整いました、と執事が促し、入場の列が組まれる。


 公爵がカタリナを、ルシアンがベアトリスを、バティストがイレーナをエスコートする。

 ここまでは、最初の晩餐の時と同じ。

 だがその後は、ヴァランタン、フレデリック、カトー大尉、ソレルと男ばかりだ。

 胸元に勲章をあるだけつけたカトー大尉は、客人扱いのソレルに先を譲ろうとしたが、ソレルは、どうぞお先にと身振りで示した。

 最初はポンコツ捜査っぷりに目眩がしたが、なんだかんだで尊敬すべき人物だ。

 「よしッ わかったッ!」だけは勘弁してほしいが。


 白インゲン豆とカリフラワーのポタージュ、胡桃を添えたエンダイブのサラダ、白身魚の白ワイン蒸し、きのこのソースを添えた鶏肉のバロティーヌ、仔牛のハーブローストと料理は続いた。

 葬儀の夜の晩餐だから、色合いは地味だが、どれも凝っていて美味しい。

 ワインも、かなりの名品が惜しげもなく振る舞われた。


 会話は、盛り上がるというほどではなかったが、なごやかに進んだ。

 公爵、ヴァランタン、カトー大尉の間で、騎士団ならではの話が交わされ、女性陣も時折微笑みを浮かべる。

 こうやって、落ち着いていくしかないのだなと、ソレルは内心ひとりごちた。


 洋梨のコンポートが出たところで、公爵はスプーンで器を二度、軽く叩いた。

 一同、注目する。


「今回は、思いがけないことになったが……皆に助けられた。

 まずは、カトー大尉」


「は、はい」


「少ない人員で、捜査と警備をよくやってくれた。感謝する」


「もったいないお言葉……」


 カトー大尉は、感極まっている。


「フレデリック。お前もカトー大尉をよく助けてくれたな」


 フレデリックが、「僕は……」と戸惑いつつも、頷いた。


 フレデリックは、やたら精力的に外部犯の捜索に励んでいた。

 クレールが強盗だと言ったのが、きっかけだったのだろう。


 しかし、今にして思えば、フレデリックは直観的に、クレールを疑っていたのかもしれない。

 疑いをねじ伏せるために、外部犯など最初からいないかもしれないと怯えながら、必死に探していたのかもしれない。


「バティスト。よくぞ真実を見抜いてくれた」


「は、はい」


 バティストも、微妙に視線を泳がせながら頷いた。

 真実とは、コルネイユが詐欺師だと見抜いたことだろう。

 しかし、彼としては、忸怩たる思いもあるのかもしれない。

 クレールが彼の言葉を十分理解していれば、少なくともコルネイユ殺しは起きなかったのだから。


「ルシアン。君は紳士らしく、カタリナを助けてくれた。

 あまり、彼女に振り回されたのでなければいいんだが」


 ルシアンは、「貴重な経験でした」と微笑んで会釈を返した。


「ソレル君」


 まさか自分に回ってくるとは思ってなかったソレルは、びょあ!?と変な声を出しかけた。


「よく、カタリナを支えてくれた。

 君がいてくれて、私も助かった」


 公爵はわずかに身を乗り出してソレルに眼を合わせ、かすかに微笑んで言った。

 ベアトリスも頷いてくれている。


「え、え、え、……その、お役に立てたなら、幸いです」


 がばっと、ソレルは頭を下げた。


「……そしてカタリナ。

 君には、酷なことを頼んでしまった。

 すまなかったね。

 よく応えてくれた。ありがとう」


 ソレルに笑みを返すと、公爵は、隣に座るカタリナの手を取り、感謝を伝えた。

 カタリナが、ぎゅっと握り返す。


「大好きな、伯父様と伯母様のためですもの」


 カタリナは、誰もがうっとりするほど美しい微笑みを公爵夫妻に向けた。


 公爵は皆を見渡して、ヴァランタンになにも言っていなかったことに気がついた。

 彼もコルネイユが属していた詐欺グループの情報を持ってきてくれたが、城内の捜査に加わったわけではない。

 一方、カタリナの証拠隠滅の件で、思いっきり煮え湯を飲ませてしまっている。


「ヴァランタン卿。

 今回は……色々とあったが」


 公爵は、ものすごく気まずそうだ。


「できることなら、次は友人として遊びに来てくれたまえ」


「……ありがとうございます、閣下」


 ヴァランタンは、ちらりとカタリナを見ると、諦めたような笑みを浮かべて頷いた。


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― 新着の感想 ―
待って、いや、待って? テレサさん、上手いの? で、困窮してたはずのジョルジェットさんが年金積立、それって……いや、ほんと待って? え、ここにきての新事実!?
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