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47.それは結果論

 一夜明けた、翌朝。


 ロジェの給仕で、朝食をもそっと食べたところで、コンコンとノックの音がした。

 アドバンだ。

 カタリナが公爵に呼ばれているので、ソレルも取材メモを持って同行して欲しいと言われる。

 慌てて、グレーの麻のスーツに着替え、喪章もつけて二階に上がる。


 二階の小サロンで待っていると、すぐにカタリナが来た。

 公爵家の執事の先導で、本館に向かう。

 カタリナは、今日は喪服だ。


 挨拶の後は、交わす言葉もない。


 昨日はあれから、社交の類は一切なかった。

 一言で言って、それどころではなかったのだ。

 悲報を伝えた途端、大騒動になった魔導騎士団の騎士は相当戸惑っていたが、今日中にもう一件、訃報を伝えなければならないところがあるとかで、ニーン少尉の二階級特進を伝達する書類と勲章を置いて、すぐに去っていった。


 カタリナは、ショックに打ちひしがれる公爵夫妻にずっと付き添っていたようだ。

 ソレル自身は、することもないのでもそもそと自室で昼ご飯を食べ、夜はルシアンの部屋に呼んでもらってバティストと三人で食べた。

 初恋の幻影を無惨に打ち砕かれたフレデリックは、部屋から出てこない。

 ロジェがひどく心配するので、ルシアンの発案で、フレデリックに一番懐いている犬を特別に寝室に入れてやることになった。

 確かに、今の彼を慰めるには、人の言葉より、ただただ寄り添ってくれる犬の方が良いかもしれない。


 執事に案内されたのは、最初に公爵と面会した書斎だった。


「……私は、ソレル君を呼んでいないのだが」


 がっくりと老け込んで見える公爵は、それでも鋭い眼で、カタリナとソレルを見た。


「伯父様、お話は今後の相談でしょ?

 それには、ソレルも巻き込んだ方がいいと思うのよ。

 この人、書いたらマズいことは書かないし、話を巧く丸めるのが上手だから」


 カタリナはさらっと説明しながら、手近な肘掛け椅子に座る。


「そうか……

 ならば、まずは、これを読んでほしい。

 クレールの供述書だ。

 お前は正しかったと、クレールは書いている」


 公爵は、カタリナにクリップで留めた書類を渡した。

 カタリナは肘掛け椅子に座り、供述書を読み始める。


 すぐに読み終えたカタリナは、深々とため息をついた。


「……この供述書を補足する報告書を、書けということですか?」


「そうだ。事件前後のクレールの動きを整理して、シムノーの『黄薔薇の乙女』として所見を提出してほしい。

 昼食後に、検死審問の予定だ。

 審問の結果と供述書は一緒に王都に送られるから、内容を確認しながら報告書を書けるのは、昼までだ」


「わかりました、伯父様。

 すぐに取りかかります。

 その……彼女はどうしてるんですか?」


 公爵の表情が、途端に曇った。


「夜中に一度目覚めて、この宣誓供述書を書ききった後は、ずっと眠っている。

 医者は、急性の魔力障害だと言っているが、どうなるか……

 衰弱も酷いので、回復してから王都に移送することになるだろう」


 今、動かしたら王都まで持たない、ということだ。

 もしかしたら、かなり状態が悪いのかもしれない。


 このまま儚くなってしまう方が、ある意味、彼女にとっては楽かもしれない。

 ソレルとしては、殺めてしまった二人とエドモンの菩提を弔ってほしい気もするが──


 公爵は、いらいらと歩き回りはじめた。


「いずれにせよ、起訴された時の用意を進めなければならない。

 もし裁判になるのなら、私たちも嘆願書を書いて、証言もするつもりだが……」


 公爵は、意を決してカタリナとソレルに向き直った。


「クレールは、私たちの古い友人の娘なのだ。

 いっそ、養女にしたいと思ったこともある。

 だが……母親に拒まれた。

 あの娘を、表に出さないでほしいと」


 ソレルは息を飲んだ。

 公爵夫妻がクレールに眼をかけ、その将来まで考えていた理由が、ようやくわかった。


 クレールは、本当は公爵夫妻の友人──つまり、貴族の娘だったのだ。

 もしかしたら、一族の誰かの子なのかもしれない。


 そして、母親は──この言い方では、平民ではない。

 おそらく、母親も貴族なのだ。


「……伯父様。そのこと、本人は知っているんですか?」


 カタリナは、眉を寄せて訊ねる。


「とっくの昔に察していただろうが、なにか聞かれたことはない。

 ……せめて、ニーン少尉との婚約を打ち明けてくれていれば、伝えられる範囲のことは伝えて、相応の支援もしたのだが」


 公爵は、昏い眼で呟いた。


「我々は、二人の関係にまったく気づいていなかった。

 クレールのことも、レディ・ジョルジェットのことも、まるでわかっていなかった」


 クレールが公爵夫妻に、エドモンとの婚約を打ち明けていれば──


 公爵夫妻は、自分達がニーン少尉の後ろ盾となるから二人の結婚を認めるよう、ジョルジェットを説得しただろう。

 シムノー公爵の支援のもと、少尉が出世を重ねていけば、いずれ騎士爵に叙される日は来る。

 華やかに社交を楽しむ立場ではないが、貴族は貴族。

 クレールとの結婚で、ジョルジェットの悲願である「甥を貴族の世界に戻す」夢が叶うと知れば、彼女も二人の結婚を受け入れ、むしろ喜んだかもしれない。


 だが、クレールとニーン少尉は婚約をひた隠しにし、ジョルジェットは平民の秘書が甥の未来を奪うつもりだと思い込んでクレールを罵り、殺されてしまった。


 なにもかも、虚しすぎる。

 クレールにとっても、戦死したニーン少尉にとっても、殺されたジョルジェットにとっても、公爵夫妻にとっても。


 公爵は、ソレルに眼を合わせた。


「ソレル君。どうか、哀れなクレールのために力を尽くしてほしい。

 あれをむごい目に遭わせたくない。

 ベアトリスのためにも、頼む」


「全力を尽くします」


 ソレルは深々と頭を下げ、すぐにまずいことに気がついた。


「閣下、カトー大尉も警備担当者として報告書を上げるはずです。

 彼が、アグネー嬢の悪質性を強調した報告をしたら、あとあと面倒なことになりそうですが」


「「あ」」


 公爵とカタリナが同時に声を上げた。


「そこは、私が話してみよう」


 公爵は、重々しく頷いた。




 公爵はカトー大尉を呼び、カタリナとソレルは報告書の作成のために、書斎の脇にある控えの間を借りた。

 クレールが使っていた事務机に座り、まずは彼女の宣誓供述書に眼を通す。

 宣誓供述書の字は、驚くほど整っていて、読みやすかった。

 自分の取材メモと突き合わせながら、書くべきポイントをまとめる。

 途中、執事がやってきて、供述書から推測して、城の北にある木立を捜索したところ、コルネイユの魔石のかけらが見つかったと教えてくれた。


 カタリナと相談しながら、アウトラインを書いていく。

 超特急で事実関係を整理し、クレールに有利な事情は強調し、不利な部分はふんわりぼかす。

 クレールの記述でもっとも不利なところ──つまり、殴った瞬間、ジョルジェットの遺産のことが頭をよぎったという部分──は、もともと清廉な人柄だった当人が深く後悔しているからこそ、こういう風に書いているのだと補足して、できる限り丸めていく。

 もちろん、カタリナの告発をめちゃくちゃに否定したあの場面はナシだ。


 逆に、ジョルジェットの盗癖がよく知られていたこと、実際に彼女の部屋から盗品を放り込んだ帽子箱が出てきたことは、がっつり具体的に書く。

 クレールが公爵夫妻に深く信頼され、女性の人数が足りないときは、晩餐にも出席していたことも書く。

 このあたりは、公爵も嘆願書に書くだろうが、第三者であるカタリナが実際に見聞きしていると強調した方がいい。


 そもそも、コルネイユ殺しは、有能な弁護士がつけば「過剰防衛」として執行猶予で済んだ可能性だってそこそこある。

 ジョルジェット殺しだって、私物を盗まれた上に罵倒され、平手打ちもくらって、カッとなって殴り返してしまった突発的な犯行だ。

 しかも、殴ったのは一度だけ。

 救命を試みた証拠もある。

 平民同士の事件なら、こちらも「殺人」ではなく「傷害致死」で済んだかもしれない。


 だが、半月足らずで二人も殺してしまった上、二人目は貴族。

 極刑──つまり、火刑か絞首刑の可能性は、十分ある。


「せめて、コルネイユの件は、つつかなければよかったわ。

 だいたい、わたくしが大騒ぎしてあれこれ調べなくても、ニーン少尉が亡くなったと知ったら、クレールは自首していたでしょうに。

 そもそも、わたくしがレディ・ジョルジェットにきつく当たらなければ、こんなことにはならなかったのだし」


 珍しく、カタリナが弱音を吐く。

 ソレルは顔を上げ、カタリナと眼を合わせた。


「それは、結果論というヤツじゃないですか?

 それに、あなたの介入がなければ、無実のテレサさんが、帳尻合わせで火炙りになった可能性だってあった。

 レディ・カタリナ。あなたの推理に意味がなかったとは、私は思いません」


「そうね。……そう思うしかないわね」


 カタリナは、「ありがとう、ソレル」と呟くと、作業に戻った。


 まとまったところで、鬼の勢いでカタリナが書いていく。

 分担しようかと申し出たが、カタリナの自筆であることに意味があると断られた。


 細かい表現を相談しながら、どうにかこうにか書き終わったところで、執事が検死審問の時間だと呼びに来た。




 検死審問は、謁見の間で行われた。


 判事は、公爵が依頼した近くの町の町長。


 最前列には、公爵夫妻、イレーナ、カタリナ、ルシアンとバティストが喪服で並ぶ。

 城に入れる機会が珍しいからか、晴れ着姿の近辺の町民や農民が、結構来ていた。


 審問自体は、すぐに終わった。


 医師が所見を述べ、カトー大尉が発見時の状況を報告し、名を挙げずに犯人は既に逮捕されていることを述べると、聴衆はどよめいた。

 だが、緊張した面持ちの判事が、王家の城で起きた貴族女性を被害者とする殺人事件なので、王室特権の秘密裁判を上申するべきだと、無作為に選ばれた陪審員6名に提案。

 陪審員達が一度引っ込んで議論し、承認を宣言して終わりだ。

 あれ? これだけ? 犯人は誰? と聴衆は顔を見合わせた。


 公開裁判でも秘密裁判でも、司法手続きや量刑判断は基本的に変わらない。

 ただし、関係者のプライバシーはがっちり守られるし、のちの量刑判断に影響を与えにくいので、火刑を回避しやすくなる。


 実際に、秘密裁判にするかどうかは、王家の判断だ。

 ジョルジェットには爵位がないので、本来は公開裁判でもおかしくはない。

 だが、公開裁判となれば、シムノー公爵夫妻も弁護側の証人として出廷するだろうし、ジョルジェットの盗癖や、生家と婚家の強欲ぶりも明らかになる。

 かなりの大騒ぎに、しかも平民が貴族に不信感を持つような騒ぎになってしまうだろう。

 公爵の強い意向もあるし、王家が秘密裁判を選択する可能性はそれなりに高いのではないかと、ソレルは思った。

 となれば、新聞で報道されるのは「ジョルジェットが殺され、秘密裁判で審議されることが決まった」という、ほんの数行の記事だけだが。


 審問が終わると、喪服を着た町の有力者の妻達が、ベアトリスに挨拶しはじめた。


「奥方様、この度は大変なことでございました。

 まさか、お優しいジョルジェット様がこのようなことに……」


「お力、落とされませんように」


 口々に、ジョルジェットを悼み、沈鬱な表情のベアトリスを慰めている。

 故人の棺に供えてほしいと、花束を持参した者もいた。

 どうも、ジョルジェットは、神殿が季節ごとに行う慈善バザーに、毎回レース編みの大作を出品し、オークションの目玉になっていたらしい。

 そんな折には地元の夫人達と交流もして、立派な淑女として慕われてもいたようだ。

 使用人の私物を盗むことと、「貴婦人」として恵まれない者に施しを行うことは、彼女の中で矛盾していなかったのだろう。


 そんな近在の者達は三々五々と帰り、軽食を挟んで、城の敷地内、本館から5、6分、南へ歩いたところにある礼拝堂でジョルジェットの仮葬儀となった。

 出席者は、公爵夫妻と滞在者達、数名の上級使用人だ。

 審問には来なかったフレデリックも、顔を出した。

 ヴァランタンやカトー大尉も、喪章をつけて出席した。


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― 新着の感想 ―
もしかして、、、彼女のお母様はあの人ということでしょうか。 となると坊ちゃんの淡い恋は実らなくてよかったというか、実るべくもなかったのかなあ。 まだ残された謎があるようで、最終話まで楽しみに追ってま…
 う〜ん……。  カタリナ様の推理は筋が通っています。現場の状況に全て説明がつけられます。なるほどと感心しました。  ただ、犯人は魔法が使えるはず。何故証拠品をさっさと燃やしてしまわなかったのか?  …
 お話の最初の頃に、「何故そこまで彼女に不相応な待遇を?」と思っていたのですが、不相応ではなく、むしろ足りないくらいだったのですね。公爵夫妻が、彼女が成人した頃に本人に出生の秘密を明かしていれば、違う…
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