46.宣誓供述書(2)
ありがたいことに、コルネイユは事故死ということになりました。
いくら夏の満月の夜とはいえ、暗い木立の中を抜けて、わざわざ「嘆きの崖」まで一人で行くだなんて、不自然な話です。
平民の死など、どうでもよかったのでしょう。
しかし、次の試練が私を待っていました。
8月6日の夕方、18時45分頃のことです。
私は数合わせで晩餐に出席するために、本館地下にある女性上級使用人の共用バスルームでシャワーを浴びていました。
きちんと、鍵を締めたと思っていました。
ですが、何度直してもらっても、すぐに立て付けが悪くなる扉の鍵は、ちゃんと締まっていなかったのです。
不意に隣の脱衣室で気配がして、驚いた私は浴室の扉から顔だけ出してみました。
誰かが、慌てて立ち去るところでした。
一瞬でしたが、確かにレディ・ジョルジェットの後ろ姿でした。
見れば棚の上に置いていた、彼と婚約の誓いを刻んだロケットペンダントがありません。
怒りと恐れで震えながら、私は濡髪のまま、とにかく服をざっと着て、彼女の部屋に急ぎました。
ドアノブを回すと、鍵はかかっていませんでした。
扉を開くと、レディ・ジョルジェットは、部屋のまんなかでロケットペンダントを顔の前にかかげ、文字を読み取ったところでした。
返してくださいと叫ぶ私に、彼女はこの女狐!と罵ってきました。
使用人のくせに、エドモンと結婚するつもりか。
あの子は、貴族の世界に戻らなければならないのに。
お前は公爵の愛人だと、皆が言っている。
そんな汚れた身で、あの子に近づくだなんて。
怒りで、眼の前が真っ赤になりました。
公爵ご夫妻まで侮辱するだなんて、ありえないと思いました。
ベアトリス様のお情けに縋っている立場のくせに。
激しい言い合いになり、レディ・ジョルジェットは、ペンダントを庭に投げてしまいました。
慌てて止めようとした私の手は彼女の背にかかり、彼女の襟飾りを引きちぎってしまいました。
怒った彼女は、私の頬を平手で思いっきり打ちました。
私はよろめいて飾り棚の近くに倒れかかり、金属製の花瓶が襟飾りが絡んだままの手に触れました。
彼女はもう一発、私を殴ろうと手を振りかざします。
反射的に、私は花瓶で、彼女のこめかみを殴りつけました。
いえ、どうなのでしょう。
本当に、あの時の私は、なにも考えていなかったのでしょうか。
魔石のことが公になっていない今なら、レディ・ジョルジェットが亡くなれば、エドモンはあの沼地を相続できる。
沼地からすぐに魔石が採れるわけではなくても、少なくとも無理をして結婚資金を貯める必要はなくなる。
そうなれば、きっと、安全な任地に移ってくれるはず。
沼地の開発は、後でゆっくりとやればいい。
その計算が、一瞬頭によぎった、そんな気もします。
一撃で、レディ・ジョルジェットは倒れました。
花瓶を放り出し、投げ出されたままぴくりとも動かない手首に、恐る恐る触れました。
脈がありません。
震えながら、口と鼻に手のひらをあてがっても、息が感じられません。
恐ろしい表情をとどめたままのお顔から眼をそむけながら、以前、看護人に教わった通り、彼女の心臓の上を押しました。
押して、押して、押し続けて、確かめて。
でも彼女の息は止まったまま。
私は、ひたすら心臓の上を押し続けました。
幾度か、気が遠くなったり、はっと我を取り戻したりしながら、ずっと同じことをぐるぐると考えていたように思います。
とんでもないことをしてしまった。
このことは、絶対に、絶対に絶対に絶対にエドモンには知られてはならない。
彼と将来を誓った私が、彼の唯一の支援者であるレディ・ジョルジェットを殺してしまっただなんて、残酷すぎる。
幸い、飛び散った血は、ほとんど私にかかっていませんでした。
でも、どうしたらいいのだろう。
動かなければ。
少なくともここから逃げて、素知らぬ顔をできるようにしなければ。
庭に投げられてしまった誓いのペンダントを見つけて、隠さなければ。
けれど、あともう一押しすれば、レディ・ジョルジェットは息を吹き返してくださるかもしれない。
まだ、お身体は温かい。
まだ、間に合うはずだ。
混乱したまま、からくり人形のようにあの方の心臓を押し続けていた私は、いきなり「どうなさったのですか?」と声をかけられて、死ぬかと思うほど驚きました。
振り返ると、パーラーメイドのアリエルが、怯えた顔をして立ちすくんでいました。
はっと、暖炉の上の時計を見ました。
もう20時15分を回っている。
こんなに時間が経っていただなんて、思ってもいませんでした。
レディ・ジョルジェットが殺された、きっと強盗の仕業だと思う、と私は反射的に言いました。
閣下に知らせてきて、とも。
本当に強盗なら、手近な控室にまず知らせるべきです。
でも、本館の正餐室にいらっしゃる閣下に知らせるよう言えば、少しは時間が稼げる。
アリエルが倒れそうになりながら本館に向かった後、ようやく遺体から離れ、立ち上がりました。
とにかく、強盗に見せかけなければなりません。
ペンダントを探すのは、後回しにするしかない。
床の上に落ちていた襟飾りと花瓶が載っていたドイリーを両手に巻き、指紋がつかないようにして引き出しを開けて、中のものをかき混ぜました。
ああでも、アリエルは、普段のままの居間を見ています。
ここをあまり荒らすのは良くない。
寝室に行こうとして、ふと暖炉の鏡に映った自分の姿にぎょっとしました。
ろくに拭かず、櫛も通していないざんばらの濡髪は生乾き。
背も、びっしょり濡れたままです。
こんな格好で、高貴な方々が住まう主棟に来るなど、ありえないこと。
私は走って部屋に戻り、髪をざっくりお団子にしました。
晩餐用に出していたショールで背を覆い、どうにかレディ・ジョルジェットの部屋の前に戻りました。
本当に野盗の仕業にみせかけるなら、もっと細工をしなければならなかった。
襟飾りとドイリーは、無意識にポケットにねじ込んだまま。
この場で持ち物を改められたら、終わりです。
それに、レディ・イレーナが晩餐に向かうために、この部屋の前を通られたはず。
でも、私はその気配にまったく気づきませんでした。
いつ通過したのかわからないレディ・イレーナの証言と辻褄を合わせるには、どう説明すればいいのか。
考えなければ。
でも、もう、人が来る。
来てしまう。
焦りと絶望で立っていられなくなり、私は扉に背をつけて、ずるずるとしゃがみこみました。
そこに、レディ・カタリナを先頭に、皆様がいらしたのです。
あとのことは、レディ・カタリナにおうかがいください。
彼女がおっしゃったことは、ほぼその通りでした。
つくづく、恐ろしい方です。
今となっては、女神フローラの花園で、愛しいエドモンと再会できることだけが心の支えです。
火刑台でも縛り首でも毒杯でも、私は構いません。
早く、その日がくればいい。
彼は、愚かな私を許してくれるでしょうか。
きっとわかってくれる、許してくれる、と思うことにします。
そう願うことしか、今の私にできることはないのですから。
以上の記述に相違ないことを、自署をもって証明いたします。
クレール・アグネー




