44.喪章をつけた使者
「伯父様。シムノー公爵家の『黄薔薇の乙女』として、クレール・アグネーの私室の捜索を要請いたします。
おそらく、彼女はレディ・ジョルジェットの襟飾りをまだ持っている。
下手に持ち出して、捨てようとするところを見つかったら言い逃れようがありませんもの。
人目を盗めそうな時は、最優先で誓いのペンダントを探していたでしょうし」
「閣下! 違います!
私は犯人ではありません!」
公爵がなにか言う前に、クレールが叫んだ。
「レディ・カタリナのおっしゃる通り、私には機会があったかもしれない。
動機もあったかもしれない。
でも、それは私がレディ・ジョルジェットを殺したという証明になるのですか!?
他の者が彼女を殺し、それをたまたま私が見つけたことだってありえるでしょう!?」
血走った眼で、クレールはカタリナに食って掛かるように叫んだ。
「は? じゃあ誰が殺したっていうの!?」
さすがのカタリナがたじろぐ。
「最初から、申し上げているじゃないですか。
外から来た盗人だと!」
「いやだから、絨毯に足跡も残ってなかったじゃない!」
「そんなこと。カーテンかなにかで靴裏をぬぐって入れば、いいじゃないですか。
レディ・カタリナ、あなたはカーテンの裏まで、ご覧になったんですか?」
いくら猟犬カタリナでも、そこまではしていない。
「ええええ……
で、でも、窓敷居は乾いていて、泥の跡もなかったもの。
カーテンで拭うくらいじゃ、どうしたって汚れは残るでしょ」
「そんなの、脚立を使って、注意して部屋に入ればいいじゃないですか!」
「いやいやいやいや、ちょっと待ってよ。
脚立なんて、外から来た泥棒がなんでほいほい持ってこれるのよ」
急に、クレールは、すんっと冷静な顔になった。
「じゃ。庭師でいいです。
金に困った庭師が殺したんです」
ころりと主張を変えられて、カタリナがのけぞった。
「はあああああ!?
なによそれ、めちゃくちゃじゃない!」
「クレール、いったいなにを言っているんだ!」
公爵も大きな声を出す。
「庭師が厭なら、従僕でもいい。
メイドだっていい。
なんなら、レディ・ジョルジェットをずっと嫌っていたイレーナ様が、とうとう殴りつけたのかもしれないじゃないですか!」
クレールは、犯人はお前だとばかりにイレーナをびしっと指さした。
「クレール、なんてことを!
あなた、正気なの!?」
ベアトリスが、立ち上がって叫んだ。
そのまま、くらくらっと倒れそうになる。
慌てて、イレーナがベアトリスを抱き支えながら座らせた。
指弾された当のイレーナは、いつもならクレールを罵り倒すだろうに、むしろ怯えている。
異様に吊り上がった眼。
常に目立たぬように振る舞っていたクレールが、仁王立ちしている。
カタリナを相手に、一歩も退かない構えだ。
まるで、箱罠にかかった獣のようだ。
逃げ場などどこにもないのに、命尽きる瞬間まで暴れ続ける獣を、ソレルは連想した。
それにしても、おかしい。
クレールのこの様子、尋常ではない。
彼女の周囲が、陽炎のように揺らいで見えるのは、魔力がどうかなっているのだろうか。
ゼルダが、すすすと進み出た。
アドバンと一緒に、いつでもカタリナを守れる位置を確保する。
眼を細めたヴァランタンが、音もなく立ち上がり、ソファを回り込んで、クレールに数歩寄る。
暴れ出したら、すぐに取り押さえるつもりだ。
いや、魔力暴走だ。
魔力暴走を警戒しているのだ。
魔法を使えないソレルにも、ゆらぎが見えるほどだ。
クレールの魔力は、実は多いのではないか。
もし、本格的に暴走したら、どういうことになるのか──
カトー大尉も、ヴァランタンとは逆側から、クレールに寄る。
ごくりと喉を鳴らして、剣の柄に手をかけたのが見えた。
バティストの制止を振り払って、フレデリックが立ち上がった。
「クレール! あなたは、優しい人だ!
きっと、ショックで、興奮しすぎているんだ。
ほら、座って。
なにか飲んで、落ち着こう。
頼むから……頼むから、本当のあなたを取り戻してくれ!」
フレデリックは、涙ながらにクレールに訴えた。
しかし、クレールは半笑いでフレデリックを一瞥した。
「フレデリック坊ちゃま。
あなたが、私のなにを知っているというんです。
私は、最初からこういう人間で、最後までこういう人間です!」
フレデリックは、頬を打たれたように硬直した。
クレールは、不気味な薄笑いを浮かべたまま、皆を見回す。
「とにかく! 私はレディ・ジョルジェットを殺していません!
あの方は、身を削ってまでエドモンを助けてくださった、たった一人の大切な身内。
そんな大恩のある方を、この私が、エドモンと生涯を誓った私が殺すはずがないじゃないですか!
レディ・カタリナ。どうして、そんなおかしなことをおっしゃるんです?」
不意に、クレールは、けたけたと笑い始めた。
腰を折り、魂を吐き出すように笑っている。
いつの間にか、その眼から涙が溢れていた。
「……クレール。もうやめなさい」
この上なく辛そうな顔で、公爵は諭した。
「なぜ? なぜやめなければならないんですか、閣下。
こんなにおかしいことって、ないじゃないですか。
ああ、おかしい。
こんなに笑ったのは、生まれて初めてです」
泣き笑いしながら、クレールはふらふらと上体を泳がせる。
見かねた公爵が、大股に歩み寄ろうとする。
ヴァランタンとカトー大尉が、割って入ろうと慌てて距離を詰めた。
そこに、執事がやってきた。
異様な雰囲気に一瞬戸惑うが、動揺は見せない。
「魔導騎士団から御使者が参られました。
大至急、知らせがあると」
クレールが、ヒュッと喉を鳴らして急に笑い止める。
「魔導騎士団?」
公爵はオウム返しに聞き返した。
執事が脇によけると、魔導騎士団の白い制服を着た将校が現れた。
腕に、鈍色の喪章を巻いている。
クレールの眼が、大きく見開かれた。
将校は、ぴしりと敬礼した。
公爵は反射的に答礼を返す。
「突然のことで申し訳ありませんが、お邪魔いたします。
ああ、お揃いなのですね。
レディ・ジョルジェットは、いらっしゃいますか?」
将校の視線が、ベアトリスとイレーナの間を彷徨った。
「……いや。彼女は、おととい亡くなった」
公爵は、唖然とした表情のまま使者に答える。
「……そうでしたか。お取り込み中のところ、恐縮です。
実は、レディ・ジョルジェットの甥、エドモン・ニーン少尉が名誉の戦死を遂げられまして。
おとといということは……ちょうど、伯母君が亡くなられる一週間前になりますか」
「え」
クレールが、小さく声を上げた。
「そんな」「嘘よ」「いや」と、かすれた呟きが漏れる。
「クレール!」
公爵が叫んだ次の瞬間、哀れな秘書は棒のように倒れた。
カトー大尉らによる徹底的な捜索の結果、ジョルジェットの襟飾りとドイリーの残骸が、クレールの私室で発見された。
証拠品は、マットレスのスプリングの中にあった。
クレールは、一度マットレスの縁を解き、丸めたレース編みをスプリングの中に押し込んで、元通りかがっていたのだ。
通常の捜索ならば、発見できなかっただろう。
シムノー公爵の秘書、クレール・アグネーは、意識不明のまま逮捕された。




