43.二種類の貴族
彼女に動機が存在していた証となるペンダントを、クレールは微笑んで受け取った。
静まり返った中、その場で、地味なドレスの上につける。
クレールの魔力が流れ、きらりとペンダントは輝いた。
「ありがとうございます。レディ・カタリナ。
どちらで見つけてくださったんですか?」
ハッとするほど艶麗に、クレールは微笑んでみせた。
「この城の屋上にある、紅首鳥の巣で」
「まあ。このペンダント、先月なくしてしまったんです。
ずっと探していたのですが、紅首鳥が持っていっただなんて」
カタリナは、片眉を上げた。
「あら、なくしたのは先月? では、事件とは関係ないのかしら。
もしかして、昨日と一昨日の夜、中庭の外れのローズマリーの茂みを探したりした?」
「……まさか」
一拍遅れて、クレールは答えた。
「そうよね。そう言うと思ったわ。
ここで、考えてみたいの。
あの日、18時ごろ、早めにテレサが下がった後、レディ・ジョルジェットがなにをしていたのかを」
「……編み物でもされていたのでは?」
「そうね。雨がしとしと降っていたけれど、ローズマリーの香りを感じるために、窓は開いていた。
しばらく編み物をして、手元が薄暗くなってきたので灯をつける」
ジョルジェットの部屋の灯は、すべてついていた。
犯人がわざわざつけたのでなければ、彼女自身がつけたはずだ。
「でも、編み糸が足りなくなってしまった。
彼女は、糸が解けないように仮留めをして、ベルでテレサを呼ぶ。
糸のストックをしまった箱は、彼女には手が届かない、高いところに置いてあったから。
だけど、彼女はうたた寝していて、来てくれない。
わたくしだったら、肘掛け椅子を引きずっていって箱を取るけれど、ちゃんとした貴婦人はそんなことはしない」
静かな声で、カタリナは語る。
「レディ・ジョルジェットには、盗癖があった。
ストレスが溜まると、盗みのスリルで紛らわしたくなって、理性では止められなくなる。
ちょうどお昼、わたくしが……失礼なことをしてしまって、彼女のストレスはかなり溜まっていた。
レース編みは、厭なことを忘れる重要な手段。
なのに編み続けられなくなった彼女は、イライラして、鏡台の上を薙ぎ払ってしまう」
ソレルは、化粧品などが倒れていた鏡台を思い出した。
カタリナは、犯人が鏡台まで来たのなら、宝石箱をどうにかしたはずだと言っていた。
強盗でも、強盗の偽装でも、宝石箱に手をつけないはずがない。
ジョルジェット自身が、鏡台を荒らしたと見た方が自然だ。
「彼女は余計興奮して、とうとうテレサの部屋に行くことにする。
普通、貴婦人は使用人の区画には立ち入らない。
でも、テレサの部屋はすぐそこだし、他の使用人は仕事をしている時間帯だから、出くわしたりしないはず。
彼女は上級女性使用人の個室が並ぶ、本館の半地下に降りていく。
時間は、18時半過ぎから19時前あたり。
ちょうど、あなたがバスルームでシャワーを浴びていた時だった」
「……ですから、私はもっと後にシャワーを浴びたと!」
カタリナは、イラッと片眉を上げた。
「そこを後ろ倒しにしたがる理由なんて、わかってるのよ。
伯父様の秘書であるあなたが、関係の薄いレディ・ジョルジェットの部屋に入るためには、ドアが開いていたことにするしかない。
でも、イレーナ様の晩餐の支度には、控室のメイドも呼ばれる。
あの時間帯、どうしたってバタバタ出入りがある。
なのに、誰もドアが開いているところなんて見てないってなったら、即、あなたが怪しまれるじゃない。
ついでに言えば、遺体の発見が先なら、イレーナ様が通りがかった時に、どうして助けを求めなかったのかって話にもなる。
だから、イレーナ様が本館におでましになって、主棟の1階が落ち着いた後、事件が起きたことにしなきゃならないのよ。
要は、そういうことでしょ?」
一気に早口でまくしたてられて、クレールは息を呑んだ。
「とにかく! レディ・ジョルジェットは、本館の半地下に降りていった。
共用のバスルームは階段のそばで、テレサの部屋は一番奥。
当然、彼女はバスルームの前を通りがかり、ドアのすりガラスから漏れる光と音で、誰かがシャワーを浴びていることに気づく。
そっと扉に手をかけたら、運悪く扉は開いてしまった。
建付けが悪くて、鍵がしっかりかかってなかったのよ。
レディ・ジョルジェットは、脱衣所の棚に光る、誓いのペンダントに気づく。
彼女はこらえきれずにペンダントを盗んで……」
「カタリナ。違う、違うわ。
ジョルジェットは、勝手に人の部屋に入ったりはしないわ!」
見てきたように、友人の悪事をつらつらと語る姪に、ベアトリスが半泣きで抗議する。
「伯母様。上級使用人の共用バスルームを、彼女は『私室』だと思わなかったんでしょう。
それに、彼女の盗品コレクション。
ほとんどはカトラリー類や落とし物だったけれど、使用人の物らしい指輪やアクセサリーも混ざっていた。
掃除などの作業の都合で指輪を外すことがあっても、王家の城で働いているような者が人目につくところに放置するだなんて考えられない。
掃除用具入れや使用人の控室に、置いておくはずです。
そういうものを、彼女は一瞬の隙を突いて、盗んでいたのではないでしょうか。
伯父様や伯母様、滞在客には遠慮するけれど、使用人にはその必要を感じていなかった」
ベアトリスの表情が、ショックで歪んだ。
彼女の倫理観からすれば、使用人の控室に入り込んで私物を盗むなど、ありえないのだろう。
使用人の私物が盗品から出てきても、置き忘れたものを拾ってきたのだと思い込んでいたのだ。
「まさか……
ああ、でも、そうだったのね。
そういうことだったのね……」
ベアトリスは、ゆっくりと納得していった。
ベアトリスは、朗らかで優しい女主人だ。
彼女の心を傷つけまいと、使用人達は、ジョルジェットの所業を告げることはできなかった。
古参であれば、良き友としてベアトリスを支えていた頃のジョルジェットの姿を知っていただろうから、なおさらだ。
しかし、そうと知れば、使用人の態度や言葉から、思い当たる節もあるだろう。
「貴族には、二種類いる。
自分は高貴な存在だから下々の物には手をつけないと考える者と、自分は高貴な存在だから下々の物を好きにして構わないと考えている者。
レディ・ジョルジェットは、後者だったんでしょう。
そんな彼女は、戦利品を部屋に持ち帰った。
なにか、刻印があることは裸眼でもわかった。
でも、小さな文字は読み取れない。
だから、彼女は老眼鏡をかけた」
編み物は途中で中断されたまま、本も雑誌も部屋にはなかった。
なのに、ジョルジェットは老眼鏡をかけていた。
それは、ペンダントに刻まれた言葉を読むためだったのか。
「テレサは、甥のニーン少尉を貴族の世界に戻すのが、レディ・ジョルジェットの唯一の夢だと言っていた。
彼は貴族の娘と結婚するべきなのに、内緒で平民の秘書と婚約していた。
誓いの言葉を読み取った彼女は、怒り狂ったでしょうね。
そこに、命より大切な誓いのペンダントを奪われたあなたがやってくる……」
クレールは震える手で、ぎゅっとペンダントを握りこんだ。
「当然、激しい諍いになる。
十中八九、レディ・ジョルジェットは『こんなもの』とか言いながら、ペンダントを窓の外に投げ捨てたんでしょう。
あなたは止めようとして、レディ・ジョルジェットの背を覆っていた襟飾りを強く引っ張り、ドレスから剥ぎ取ってしまう。
誇り高い貴婦人が、そんなことをされたらどうするか。
わたくしだったら、平手打ちの一発もお見舞いするわ。
彼女も、そこはそうしたんでしょう。
なんなら、二発、三発と打とうとしたかもしれない」
しんと静まり返った中、クレールの荒く不規則な息遣いが聞こえた。
がくがくと、肩が揺れている。
「あなたは、襟飾りが絡まったままの手で凶器を握り、とっさに反撃してしまった。
この流れならば、背後から襟飾りが剥ぎ取られたにもかかわらず、つまり明らかに事態が急迫していたのにもかかわらず、レディ・ジョルジェットが真正面からこめかみを殴られていた状況が成立する。
編み物を中断していて、部屋には本や新聞もなかったのに、老眼鏡をかけていたことも説明できる。
そして、襟飾りだけでなく、ドイリーが一枚なくなっていたことも。
風呂上がりだったあなたは、当然手袋をしていない。
なにか、部屋の中の物に触れる時に、指紋を残さないように襟飾りとドイリーを使ったんじゃないの?」
そこまで言って、カタリナは皆をぐるりと見渡した。
「どなたでも結構よ。
これよりマシな説明があるなら、聞かせてちょうだい」
編み物は中断されていたのに、かけたままだった老眼鏡。
襟飾りは引き剥がされ持ち去られたのに、手つかずだったルビーと宝石箱。
一度だけの殴打と、指紋がついていなかった凶器。
ドイリーが一枚、なくなっていた理由。
ジョルジェットの人生。
彼女の悪癖。
彼女の望み。
クレールの立場。
彼女の嘘。
彼女の愛。
すべてが、つながっていく。
確かに、決定的な証拠といえるものを、カタリナは提出していない。
だが、異議を唱える者は、誰もいなかった。
「あなたは、彼女を殺すつもりはなかった。
殴ったのは一度だけだし、彼女の遺体には、あなたが心臓マッサージをし続けた痕跡がはっきり残っている。
けれど、レディ・ジョルジェットはその一撃で即死してしまって、どうにもならなかった。
こうなった以上、できるだけ辻褄を合わせて身を潜め、自分のせいで無実のテレサが火刑台に引きずられていくのを、黙って見ているしかない」
じっと、カタリナはクレールの眼を見つめながら言った。
息もできない様子のクレールは、首を小さく横に振り続ける。
「こんな状況、まともな人間なら耐えられない。
クレール。なによりも、今のあなたの姿が証拠だわ。
可哀想に。あれから、眠ることも食べることもできないのでしょう?」
深い同情を湛えた眼で言うと、カタリナは公爵の方に振り返った。




