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42.業火(インフェルナ・ファイロ)

「伯父様。コルネイユが亡くなった後、クレールを彼の部屋に行かせましたか?」


 公爵は、なにかを諦めたような顔で、手近な肘掛け椅子にどかりと座って、ため息をついた。


「……そうだ。貰った名刺から商会に連絡したついでに、故人の家族の住所がわかるものがないか、持ち物を探してみてくれと頼んだ。

 結局、見つからなかったが」


「伯父様らしい、お気遣いですわ。

 クレール。そのおかげで、あなたはコルネイユの部屋に堂々と入ることができた。

 連絡先を探しに入ったんですもの、書類は漁り放題。

 そして、速記文字で書かれた手帳を見つけて、自分にとってマズいことが書かれているのに気づいた」


「まずいこと? なんのことでしょう」


「コルネイユの第一の狙いは、レディ・ジョルジェット。

 彼女に取り入り、彼女の地所から魔石が採れると信じ込ませた上で、売却を持ちかけるのが目標だった。

 でも、城に来てみたら、大貴族には珍しい、女性秘書がいた。

 ヴァランタン卿は、詐欺グループには秘書や従僕が加わっていたと言っていたでしょう?

 シムノー公爵の秘書であるあなたを籠絡し、協力させれば、大貴族の手紙や署名がいくらでも手に入る。

 彼の死後に届いた詐欺グループの手紙には『そのカルサイトは、素晴らしい。なんとしても手に入れるべきだ』とあった。

 カルサイトのスペルは頭3文字がCal、クレールのスペルは頭3文字がCla。

 即席の符丁として、十分通じるわ」


「え。あ? あああああ、そういうことだったのか!」


 カルサイトを求めて城内を尋ね回ったバティストが、声を上げる。


 だが、クレールはふふっと笑った。


「その『カルサイト』という言葉で暗示できる物は、他にもたくさんありそうですが。

 本当に、コルネイユが貴重なカルサイトを見つけたのかもしれませんし。

 第一、あんな男に言い寄られて、私がほだされるとでも?」


「まさか。見るからにチャラそうな、流行はやりの服を着て、紳士らしく振る舞いはするけれど、所詮は偽者。

 一時の遊び相手ならとにかく、有能で真面目な秘書には全然お呼びじゃない男だわ」


 思わず、ソレルはイレーナをチラ見してしまった。

 モーヴリエ前侯爵夫人イレーナは、ヴェールの影で眼を伏せたまま、反応を完全に殺している。


「なのに、切り取って、隠滅しなければならないようなことを技師だかなんだかよくわからない男に書かれていた。

 さて、なにが書かれていたんでしょってなるけれど……

 客室棟の従僕によれば、亡くなった夜、コルネイユは逢引の約束をしている様子だったようなのよ。

 その予定がメモされていたのなら、さすがに致命的よね」


 カタリナは、クレールを見つめた。


「そんな屋上に屋を架したような憶測が証拠になるとでも?

 肝心のメモが出てこなければ、お話になりませんわ」


 クレールは真っ向から、カタリナを見返す。

 取り合わず、カタリナは続けた。


「もうひとつ興味深いのが、手帳ごと持ち去るんじゃなくて、1ページだけ切り取っていること。

 残されたページには、あの男が王都でいろんな女性相手にやりたい放題している記録……スキャンダルの火種になるようなことが書いてあった。

 それも、たっくさんね。

 中には、憲兵隊がコルネイユの追及を凍結させられかねないレベルの話もある」


 ソレルは、気付いた。


 カタリナのこの言い方だと、初めて聞く者は、この城ではなく、王都にコルネイユの相手がいると思い込むだろう。

 カタリナは、イレーナを守るつもりなのだ。


 しかし、このまま、憲兵隊に手帳を提出すれば、すぐにイレーナの情事は明らかになる。

 兄であるシムノー公爵、長男のモーヴリエ侯爵が全力で捜査を差し止め、関係者に箝口令を敷くとしても、恥を晒すことは免れないし、どこかからゴシップ誌に漏れることだってありえるが──


業火インフェルナ・ファイロ


 不意に、カタリナは魔法を発動させた。


 手元から蓮の花のように広がった、きらめく魔法陣は赤と緑。

 火属性と風属性の魔法を組み合わせているのだ。


 ごうっと、手帳を紅の炎が包み、すぐに青白い炎に変わる。

 凄まじい火力だ。


 少女時代、カタリナは王太子妃候補の筆頭だと言われていた。

 公爵令嬢であるだけでなく、将来の国母とするに足りる魔力を持ち、高度な魔法を自在に使うことができるからだ。

 カタリナの魔力の一端を初めて眼にしたソレルは、息を呑んだ。


 さすがに、クレールが驚いて眼を見開いた。

 抑えきれずに、イレーナも小さく声を上げる。


 手帳はあっという間に焼き尽くされ、カタリナは軽く手を振った。

 わずかな白い灰が、ひらひらと舞う。


「ああああああああ! しょ、証拠隠滅ッ! 証拠隠滅!

 ほ、本官の眼の前で! 白昼! 堂々とッ!」


 一拍遅れてカトー大尉が、手をぶんぶんと振りながら叫んだ。


「レディ・カタリナ! あなたという人は!

 丸められては困ると、今、言ったじゃないですか!

 なにしてくれてるんですか!!」


 ヴァランタンも、猛烈に抗議する。


「ろくでもないことばっかり、書いてあったんだもの。

 あなた達が見たって、捜査が停まるだけなんだからいいじゃない。

 肝心の、コルネイユ殺しの証拠になるメモは、もうこの世にないんだし」


 二人を流し目で見て、平然とカタリナはうそぶく。


 いいのか、これ。

 ソレルは公爵を見た。


「……カタリナ。続けなさい」


 公爵の表情は、苦々しい。

 本来、地位を利用して事実を捻じ曲げるようなことを、彼は好まないのだ。

 だが、諸々を考慮すれば、カタリナの証拠隠滅を全力で「なかったこと」にするしかあるまい。


 ヴァランタンは天を仰ぎ、そしてカトー大尉はため息をついた。

 カタリナは、軽く公爵に頭を下げると、ふたたびクレールに向き合った。


「犯人は、少なくともその時点では、コルネイユの死が捜査されることを恐れていた。

 彼の『発見』を、ほじくり返されたくなかった。

 大事なのは、バティスト卿はコルネイユが偽者だと見抜いていたけれど、この城にいる者が、全員そう認識したとは限らないこと。

 実際、テレサは、バティスト卿の告発の後でも、レディ・ジョルジェットはご自身の地所に価値があると信じていたと証言している。

 だったら、犯人もまだ信じていて、しかも地所に価値があることを隠したかったんじゃないかしら。

 伯父様が、執務室で、土地に価値があることが明らかになれば、婚家と生家の双方が裁判を起こして取り戻そうとするかもしれない、くれぐれも慎重にと、レディ・ジョルジェットに警告されたとも聞いたわ。

 執務室でお話されたのなら、クレール、あなたも聞いていたはずよね」


 クレールの身体が、わずかに揺らいだ。


「レディ・ジョルジェットの地所が、今回の事件の核心なのかもしれない。

 となると、急浮上するのがレディ・ジョルジェットの甥で、唯一の相続人である魔導騎士団のエドモン・ニーン少尉。

 賢明なカトー大尉は、ニーン少尉らしき者が近辺をうろついていなかったか確認されたけれど、該当する者は見つからなかった」


 急にカタリナに褒められたカトー大尉が、「え? え?」と戸惑っている。


「でも、人知れず、ニーン少尉と深くつながっている者が、この城にいたとしたら?」


 カタリナは、皆を見渡した。


「ニーン少尉が? 彼は立派な騎士よ。

 ジョルジェットに恩義を感じて、いつも気遣ってくれた。

 彼がジョルジェットをどうかしようとするだなんて、信じられないわ!」


 ベアトリスが、声を上げた。


「伯母様。彼の指示で、犯人が動いたわけではないのです」


 カタリナは振り返って、ベアトリスに説明した。


「犯人は、奇妙な行動をしている。

 客室棟の中庭側に泊まっているソレルは、レディ・ジョルジェットが殺された一昨日の深夜、彼女の部屋の前で白い光が動いているのを見た。

 翌日、ソレルやルシアン卿と一緒に、部屋の前にある大きなローズマリーの茂みを探したけれど、見つかったのはおぼろな足跡だけ。

 犯人が、なにか探しに来て、もう持ち去ったんだろうと思っていたら、また昨日の夜も白い光が現れた。

 犯人は一昨日、探し物を見つけられなかったのよ。

 そして、城内の警備が強化されているのに、もう一度探しに来た。

 犯人にとって、きわめて重要なもの。

 命を賭けてでも、取り戻さなければならないもの……」


 カタリナは、ポケットからなにか光るものを取り出した。


 魔導銀のロケットペンダントだ。

 さっき、紅首鳥の巣で見つけた、犯人の遺留品。


 ぱちり、とカタリナはロケットを開いた。


「『運命を共に』 クレール・アグネー、エドモン・ニーン

 日付は去年の春ね」


 中の文字をさらっと読むと、カタリナはクレールに差し出した。

 ベアトリスが、息を飲む。


「あなたとニーン少尉の婚約の証、お返しするわ」


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