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41.猟犬にして公爵令嬢

「レディ・カタリナ。

 あなたは、コルネイユは事故死ではないと疑っているんですか?」


「レディ・ジョルジェットが亡くなった後に、少し前に事故死があったと聞いて。

 うさんくさいなと思って、調べたのよ。

 案の定、彼女の地所の登記簿の写しなんかが出てきたわ」


「それは、後で提出していただきましょう。

 あなたは、コルネイユの死はレディ・ジョルジェット殺害とつながっていると見ているんですか?」


「どうしてそんなことをお聞きになるの?」


「コルネイユの死は事故ではない、故殺だと考えているのでは?」


 カタリナは、失笑した。


「だから、ヴァランタン卿。どうしてわたくしにそんなことを?」


 ヴァランタンは、カタリナを睨んだ。


「あなたという人間を、よく知っているからですよ。

 あなたは猟犬だ。

 犯罪があれば、必ず暴いて犯人を引きずり出す」


「まさか」


 カタリナは、いかにもたおやかに微笑んでみせる。


「だが、同時に、あなたはサン・ラザール公爵令嬢でもある。

 暴いた結果を、家名や関係者への配慮で丸めてしまう。

 今回は、それでは困るんですよ。

 憲兵隊として、詐欺と殺人の捜査に来たのですから」


 空気が凍った。


 ヴァランタンは、ただ詐欺グループの調査に来たのではない。

 最初から、コルネイユの死が殺人ではないかと疑って、はるばるリシャンディエール城まで来たのだ。


 イレーナが、かすかに震えている。

 青ざめたフレデリックが立ち上がりかけて、隣のバティストに引き戻された。


 不意に、公爵が大きく咳払いをした。

 ぽんと膝を叩いて、立ち上がる。


「カタリナ。ヴァランタン卿をコルネイユが泊まっていた部屋にご案内しなさい。

 皆、コルネイユについて知っていることをメモにまとめておこう。

 大尉は、聞き取り調査をされるだろうから」


「承りました。伯父様」


 頷いて、カタリナもしとやかに立ち上がった。

 いったん、水入りにしようということだ。


 だが、ヴァランタンは立ち上がらず、一人ひとりの様子をじいっと眺めている。


 急に場を畳もうとしている夫と姪を、驚いた顔で交互に見上げているベアトリス。

 俯いたままの、イレーナ。

 カタリナをエスコートしようと、ヴァランタンに目礼して立ち上がるルシアン。

 動揺を隠しきれていないフレデリック。

 フレデリックの腕を抑えたまま、視線を落としているバティスト。

 公爵夫妻の後方に立ったまま、戸惑った顔で、皆を見回しているカトー大尉。


「クレール。少し頼みたいことがある。

 執務室へ来てくれ」


 言いおいて、公爵は大股にサロンを出ていこうとした。


「いいえ。閣下」


 クレールは、ゆらりと立ち上がった。


「私は、ご配慮に値する者ではありません。

 レディ・カタリナ。あなたは私を最初から疑っていらっしゃった。

 お調べになったことを、憲兵隊の前でおっしゃればいいじゃないですか」


「クレール。なにを言い出すのだ」


 公爵は、ぎょっとした顔で秘書を二度見した。


「あちこち嗅ぎ回っていらっしゃるのに、ジョルジェット様のご遺体を発見した私にはなにも聞きにいらっしゃらない。

 決定的な証拠を見つけてから、私と対決する算段だったのではないのですか?」


 半歩進み出て、クレールはカタリナに問う。

 そうだ。クレールに聞かなくていいのかと、何度も話が出たのに、カタリナはいつも後回しにしてきた。


 カタリナは、無言のままクレールの顔をじっと見ている。

 クレールは、挑発的な眼でカタリナを睨んでいる。


 ルシアンが、どういうことだと面食らっているヴァランタンの隣に移り、小声でジョルジェット殺しの経緯を説明し始めた。


 カタリナは、諦めたようにため息を一つついて、ソファの背もたれに腰を預けた。


「……伯父様のお気持ちを拒むのなら、もう遠慮する筋合いもないわね。

 そうよ。わたくしは、最初からあなたを疑っていた。

 今は確信しているわ。あなたがレディ・ジョルジェットを殺したと。

 おそらく、コルネイユもあなたでしょう」


「カタリナ! なにを言ってるんだ!?

 クレールが、そんな……人殺しなんてするはずがない!」


 フレデリックが立ち上がって叫ぶ。


 カタリナは、冷たい視線をフレデリックに投げて、黙らせた。

 クレールは、フレデリックの方を見もしない。


 バティストが、フレデリックを無理やり引っ張って座らせた。


「……最初から、あなた一人を疑っていたわけじゃないわ。

 ただ、レディ・ジョルジェットの胴のあたりから、傷とは反対側の右脇腹まで、やけに広く濡れていたのよ。

 後で確認したら、ドレスに血の跡とは明らかに違う輪染みができていた。

 匂いや結晶は特にナシ。

 つまり、レディ・ジョルジェットの遺体は、なんらかの液体、おそらくは水で濡れていたということ」


 皆、カタリナがなにを問題にしようとしているのか掴めず、戸惑っている。

 ジョルジェットの遺体が濡れていたことが、なぜ問題になるのだろう。


「雨だったら、絨毯も濡れていたでしょう。

 でも絨毯は綺麗なまま。

 凶器の花瓶には、花は活けられていなかった。

 じゃあなぜ、濡れていたのか……」


 じっとカタリナはクレールを見つめた。


「クレール。あなたがシャワーを浴びた直後、髪を拭かず、結いもしないまま、ずっと心臓マッサージをしていたのなら、当然、垂れた髪から水気が伝わってドレスは濡れる。

 メイドも、最初はあなたの髪が邪魔で、遺体の顔が見えなかったと言っていた。

 あなたは、レディ・ジョルジェットの部屋に向かった時、ろくに拭いてもいない濡れた髪を垂らしたままだったのよ。

 おかしいわよね。

 あなたはあの時、バスルームを出た後に、悲鳴に気づいたと言っていた。

 あなたなら、髪をまとめずに、共用のバスルームから出たりしないでしょうに」


 あ、とソレルは声を漏らしそうになった。


 この国では、成人した女性が人前に出る時、必ず髪を結ぶか、結い上げる。

 ソレルの母は大らかな人だが、それでも髪を解いた姿を見せてよいのは夫だけ、たとえ父親や兄弟であっても見せてはならないと妹達をしつけていた。

 髪を下ろした姿を男性に見せることは、性的に誘っているととられることもあるからだ。


 あの区画は女性専用だから、共用のバスルームから自分の部屋に移動するだけなら、タオルを頭に巻いた姿でさっと突っ切るかもしれない。

 それだって、無作法といえば無作法だが。


 しかし、半地下から一階の廊下に上がれば、もう執事や従僕など男性が行き交うエリアだ。

 自分たち滞在者や、公爵夫妻だって通りがかる。

 そんなところを、髪をまとめず、びしょびしょに濡れたままで通るなど、ソレルの実家の下働きですら絶対にしないことだ。


「おまけに、わたくし達が現場にかけつけた時、あなたは髪をお団子にしていた」


「それの、どこがおかしいのですか?

 私は、髪をまとめる前に、尋常ではない物音を耳にして、ジョルジェット様のお部屋に向かった。

 アリエルが来て、我を取り戻して、とりあえず見苦しくないように髪をまとめたんです」


 クレールは、ゆったりとした口調で説明した。


「そうね。そう言い繕うことはできる。

 ただ、あの時、あなたはわざわざ晩餐用のラメ入りのショールをしていた。

 わたくしだったら、髪を乾かしていないうちから、ショールなんてしない。

 ショールが湿って、傷んでしまうもの。

 でも、あなたのショールは濡れているようには、まったく見えなかった」


 そこで、カタリナは言葉を切った。


「あなたは、無作法な姿そのものじゃなく、髪を拭く暇もないほど慌てて、彼女の部屋へ駆けつけたことを隠したかった。

 だから、アリエルが伯父様に知らせに行った間に、髪をまとめ、濡れた背をショールで隠した。

 わざわざ、自分の部屋にショールを取りに戻ってね。

 緊急時に、なぜそんなことをしたのか、わたくし、そこに引っかかったの」


「……見苦しい姿を、皆様にお見せしたくなかっただけです。

 ただ、それだけです」


 切り口上で、クレールが返す。


「でも、あなたの証言にも2つ、引っかかるところがあったのよ」


 2つも!? と、クレールの証言を一緒に聞き、メモも取ったソレルは驚いた。


「一つは、レディ・ジョルジェットの部屋のドアが少し開いていたという話。

 妙な話よね。

 犯人が閉めておけば、発見が遅れたでしょうに。

 だって、あなたは伯父様の秘書。

 ノックをして返事がなければ、赤の他人のレディ・ジョルジェットの部屋に踏み込むいわれはない。

 逆に言えば、ドアが開いていたから、入ってみたという説明が成り立ったのよ。

 都合のよいことだわ。

 ドアが開いているところは、主棟つきの侍女も、同じフロアのイレーナ様や侍女も、誰も見ていないのに」


 クレールは、押し黙っている。


「もう一つは、18時半に伯父様の執務室から下がったけれど、先に着替えの準備をして手間取ったから、バスルームに行ったのが19時、バスルームから出た後、悲鳴を聞いたのだから、犯行時刻は19時20分から半くらい、イレーナ様が本館に向かわれた後のはずだという話。

 これは、どう考えてもおかしいでしょ。

 ドレスに着替えて、相応の化粧をして、20時少し前には控えの間に行かないといけないのよ?

 シャワーを浴びるならまず浴びて、髪を乾かしながら着付けと化粧をしないと間に合わないじゃない」


 あ、とベアトリスが小さく声を上げた。


 そうだ。確かに、おかしい。

 晩餐用のドレスは、コルセットでウエストを締め上げ、クリノリンをつけ、その上にペチコートを重ねてドレスを着付ける。

 他人の手を借りなければ、到底着られないものだ。

 くわえて、髪のセットに化粧。

 婦人の支度にはやたらと時間がかかる。


 事件前、ベアトリスの侍女は18時半にそろそろ支度をと呼びに来た。

 日常的に晩餐用のドレスを着ているベアトリスにとっても、そのあたりがタイムリミットなのだ。

 19時半にバスルームから出て、そこからメイドを呼んでいたら、20時に間に合うはずがない。

 そんな段取りで、優秀な秘書である彼女が動いていたはずがない。


 クレールは、嘘をついていたのだ。


 あ? あ? とカトー大尉が腰を浮かせた。


「き、貴様だったのか!」


 クレールは「誤解です」と静かに言い返すと、身振りでカタリナに続きを促した。


「なにかを誤魔化そうとしている、と思った。

 あなたの、発見時間をぼかした証言のせいもあって、あの日の晩餐会の出席者は、ソレルを除いて全員アリバイが成立しない。

 あなたが犯人か、それとも誰かをかばって、わざと曖昧にしたのかと思ったけれど、レディ・ジョルジェットがどうして殺されたかわからない上に、あなた自身には動機がまったくない」


 カタリナは、クレールに半歩近づいて、ポケットから手帳を取り出す。


「でも、コルネイユの部屋から、とても興味深いものが出てきた。

 スケジュールの最新の部分が、一枚だけ、小口をよくよく見なければ気づかないほど巧みに切り取られた手帳。

 あなたが持ち歩いているスクラップ用のナイフでも使わないと、こんな風には切れないわ」


 コルネイユの手帳だ。


 皆の視線が、手帳に集まる。


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