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40.王都からの知らせ

「そうか……

 あの紹介状も偽物だったのか。

 筆跡も、署名も、不審な点などなかったのに」


 公爵は呆然と呟く。


 なにはともあれ、一同、屋上から三階、三階から二階へと狭い階段を降りた。

 伯父と義理の姪は、言葉少なに囁き交わしているが、聞き取れない。


 梯子や竿を降ろすのに手間取ったが、まぁまぁなんとかなった。


「では、お館様。

 ワシらはここで、失礼させていただきますです」


 グスタフ達庭師やお抱えの職人達は、一斉に頭を下げた。


「うむ。皆、よくやってくれた。

 感謝している」


 公爵は、強いて微笑みを浮かべて頷いた。

 グスタフは心配そうに振り返りつつ、使用人用の狭い階段から降りていく。


「……カタリナ。少し相談したいのだが」


 しかし、カタリナが答える前に、取次の従僕が足早にやって来た。


「閣下。王都から憲兵隊大尉、ヴァランタン・サン・フォン卿がお見えになりました。

 ジェラール・コルネイユなる人物について、至急お知らせしたいことがあると。

 あの男、貴族や大地主を狙った詐欺グループの一員だった疑いが濃いとのことで、お身内の方、滞在中の皆様に状況をご説明し、併せて情報提供をお願いしたいとのことです」


 カタリナと公爵は、顔を見合わせた。


「伯父様。ヴァランタン卿なら、子どもの頃からよく知っています。

 彼が動いているのなら、相当、重大なことかと」


 サン・フォンといえば、騎士団長であるサン・フォン侯爵と同姓だ。

 カタリナと子どもの頃から交流があるのなら、息子だろうか。


「……やむを得ない。

 カトー大尉、君も立ち会ってもらわねばなるまい。

 結構、人数が多くなるな。

 サロンで、ヴァランタン卿の話を聞こう。

 ベアトリスやイレーナ、フレデリックも探して来てくれ」


「は」


 従僕が下がる。


 バティストがフレデリックを呼んでくると別れ、沈んだ面持ちの公爵を先頭に、残る一同はサロンへ向かった。


 広々としたサロンは、三人掛けの大きなソファが暖炉を囲むように3つ、傍にもっと小さなソファや肘掛け椅子が置かれている。

 椅子を入れれば、二三十人規模のコンサートくらい開けそうな部屋で、隅には見事な細工の金色のハープまで置いてあった。


 公爵は少し迷って、「ヴァランタン卿には、そちらに座っていただこう」と暖炉の正面のソファを示しながら、自分は暖炉の右手のソファに座った。

 カタリナはその向かいに座り、カタリナの隣にルシアンが座る。


 すぐに、ヴァランタンが案内されてきた。

 鍛えていることが一目でわかる、赤毛の大男だ。

 目鼻立ちは整っているが、どこかあけっぴろげな雰囲気で、憲兵隊から連想する「冷たい」とか「陰険そう」といったイメージからかけ離れている。


「ヴァランタン卿。久しぶりね」


「レディ・カタリナ!? なんであなたがこの城にいるんですか!?」


「なんでって、なによ。伯父様の城に来ちゃいけないの?」


 カタリナは、びっくりしているヴァランタンを公爵に引き合わせ、ついでルシアンやバティスト、カトー大尉を紹介した。


 職位は同じ大尉だが、生まれながらのエリート士官と、叩き上げの中年。

 反感が発生しがちな組み合わせだが、ヴァランタンが十分な敬意を払った上、捜査をカタリナに引っ掻き回されなかったかと心配したものだから、秒でカトー大尉は打ち解けた。


 ソレルも紹介され、「日刊王都新報」の名刺を差し出すと、ヴァランタンは露骨に困惑した顔になった。

 カタリナが「ソレルは大丈夫だから」と請け合ってくれ、ソレルはすみっこの肘掛け椅子に小さくなって座る。

 従僕がコーヒーを用意し、めいめいに配った。

 いつの間にか紛れ込んだアドバンとゼルダは、カタリナの後方の壁際に立っている。


 カタリナが、ヴァランタンに道中の様子を訊ねたりして、間を持たせていると、喪服姿のベアトリスとイレーナがしずしずとやって来た。

 公爵が、ヴァランタンに妻と妹を紹介する。

 二人とも、定式通りの挨拶を交わして、ベアトリスは公爵の隣に、イレーナはそのまた隣に収まった。


「遅くなってすみません」


 バタバタとバティストがフレデリックを引きずるようにやって来て、それぞれ名乗り、ヴァランタンも名乗った。

 その後から、クレールが滑り込むように入ってくる。


 ソレルは、グレーのデイドレスに喪章をつけたクレールを二度見した。


 昨日の様子も酷かったが、今日はもっと酷い。

 目元は落ちくぼみ、顔色は、土気色というか生気がまったく感じられない。

 まったく眠っていないのではないかという有り様だ。

 尋常ではない。


 ソレルの視線に気づくと、クレールはわずかに微笑み、ソレルと反対側の隅の椅子に浅くかけて、速記用のノートを膝に広げた。


 そういえば、クレールは誰かをかばっているんじゃないか、かばうとしたら公爵かベアトリスだろうという話が出ていた。

 しかし、このままでは、テレサが火炙りになる。

 その事実が、クレールを苛んでいるのだろうか──


 ソレルは、ベアトリスをそっと盗み見た。

 ベアトリスは、もうだいぶ落ち着いて、平静に見える。


「これで、全員揃った。

 ……サン・フォン大尉。始めてほしい」


 バティストとフレデリックがそれぞれ肘掛け椅子に収まったのを認めて、公爵が重々しく告げた。


「まずは、お悔やみを申し上げます。

 ご友人のレディ・ジョルジェットの悲劇については、さきほどうかがいました」


 ヴァランタンは、公爵夫妻とイレーナに向かって目礼した。

 三人が軽く会釈する。


「お取り込み中、大変恐縮ですが、しばしお時間をください。

 お話したいのは、ジェラール・コルネイユの件です。

 彼は、貴族や富裕層を狙った詐欺グループの一員だと判明しました」


「まあ!」


 ベアトリスが驚いて声を上げる。


 ヴァランタンは、コルネイユ達の手口を説明した。


 詐欺グループは、おそらく十数人ほどの規模。


 まず、たいして価値のない土地を持っている年配の未亡人や孤独な老人に取り入り、実は土地に価値があると信じ込ませる。

 そして、買い手を引き合わせて、高値で売却させるのだが、売却時、売り主側の節税のためと称して、無記名債券などで支払わせ、貸金庫などに収める直前に、偽物とすり替える。

 よくある原野商法の変種だが、売り主が名家の出なので、買い主を騙しやすいのが肝だ。


 とはいえ、やがて土地に価値がないことが明らかになれば、買い主は売り主に抗議し、土地を返すから金を返せということになる。

 そこで、売主が偽物の債券を掴まされていたとわかるのだが、当然、詐欺師は消えている。

 そして、売り主は名家の出身。

 買い主に訴えられるのを恐れ、内々に賠償するしかない。

 当人が賠償できず、家名が汚されるのを恐れて、親族が支払う破目になった場合もあったという。


 売り主も買い主も、恥を晒すのを嫌がって公にしたがらないため、なかなか表に出なかったが、ようやく憲兵隊が認知し、拠点にしていたダミー商会の事務所に踏み込んだ。

 そこで、コルネイユが死んだと知らせるシムノー公爵の手紙を見つけ、確認にやってきたそうだ。


 要するに、ジョルジェットが騙されて口車に乗っていないかどうか、確かめに来たのだ。

 だが、肝心のジョルジェットは殺されている。

 そのことを、ヴァランタンはどう思っているのだろう。


 人好きのする横顔からは、伺い知れない。


「あなた。やっぱりジョルジェットは、あの男に狙われていたんだわ!」


 ベアトリスが青くなって、夫の手に縋った。

 隣のイレーナは、喪のベールに表情を隠すように息を潜めている。


「なんということだ。

 旧友の紹介状を持ってきたから、この歴史あるリシャンディエール城に入れてしまった。

 私の不明だ」


 ベアトリスの手を握り返しながら、公爵は苦々しげに首を横に振る。


「いたしかたないことかと思います。

 一味の中には、貴族の秘書や従僕が混じっていました。

 しまい込まれたままの手紙や契約書など盗み出し、絵心のある者が筆跡やサインを偽造したりもしていたようで」


 秘書。そう聞いて、反射的にソレルはクレールを見た。

 カタリナも、ちらりとクレールを見る。

 だが、クレールは、まったく反応せずに、速記でメモを取り続けている。


「そういえば、コルネイユは、絵心があったのかもしれません。

 地質学の知識はめちゃくちゃでしたが、近くの崖の地層のスケッチだけは、正確に描いていました」


 バティストが勢い込んで言い出した。


「スケッチ?」


「彼の荷物は、すべて彼が泊まっていた部屋で保管しているんです。

 レディ・カタリナが調べていたら、地質調査用の野帳が出てきて」


「なるほど」


 ヴァランタンはバティストに頷くと、カタリナに鋭い視線を向けた。


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― 新着の感想 ―
ヴァランタンが登場してくれて、ああっいつものメンバー!!! おうちに帰ってきた! たたいま! みたいな懐かしさというか安心感というか、思わず口元が緩みました。 もちろんヴァランタンが登場する前から、個…
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