38.晴れた朝
「貴様、なんでこんなところで寝てる!?」
「あびゃあああああ!?」
いきなり頭上から怒鳴られて、ソレルは飛び上がった。
ガランガランと音を立てて、膝から落ちた火かき棒が床の上を跳ねる。
カトー大尉だ。
後ろには、もう一人騎士がいるが、だいぶ眠そうだ。
「ま、また出たんですよ! 殺人現場の近くに! 白い光が!」
ソレルは、カトー大尉に訴えた。
「なにィ! 何時頃だ!?」
「さ、3時過ぎです!
今は何時ですか?」
「4時前だ」
言われてみると、窓の外はうっすら明るくなっている。
「お、お疲れ様です」
へこっとソレルは頭を下げた。
そういえば、昨日の日中も、城内で騎士や屈強な従僕がやたらと巡回していた気がする。
警備を厚めにしているのだろう。
「で? その光はどうなったんだ?」
「慌てて駆けつけたんですが、誰も見当たらなくて。
でも、そのへんに潜んでるんじゃないかと、部屋に戻るのを見張ってたつもりだったんですが」
寝ちゃってました、とソレルはかくりとうなだれた。
「これだから素人は……」
苦々しげに、カトー大尉は言った。
返す言葉は一言もない。
「んあ? もしや賊は、今朝我々が現場付近を掘り返すのを知って、証拠を移そうとしたのか?」
髭をひねくりながら、カトー大尉は言い出した。
「え。でも、今朝、大尉達が中庭を捜索すると知っているのは、昨夜、テレサへの聞き取りに立ち会った者だけですよね。
つまり、レディ・カタリナ、ルシアン卿、カトー大尉、大尉の部下、そして私」
ソレルは指折り数えた。つまり5名だ。
「……まさか、お前が犯人じゃあるまいな?」
ギロリとカトー大尉はソレルを睨んだ。
「ちーがーいーまーすー!
犯人だったら、こんなところで椅子寝なんてしないでしょうがッ」
全力で言い返し、「後はプロにおまかせします!」ソレルは大股に自分の部屋へ向かった。
幸い、カトー大尉は追ってこない。
ソレルは、ベッドにダイブして爆睡した。
翌朝、7時半にロジェに起こされた。
ソレルはロジェに昨夜の出来事を伝え、カタリナに一刻も早く知らせなければと訴えた。
しかし、早朝、身支度が終わっていないであろうご令嬢のところに押しかけるのは大変よろしくないと諭され、起きたことをざっくりメモして、ロジェに持っていってもらい、指示を仰ぐことにする。
すぐに、アドバンを連れてロジェが戻ってくる。
「逃した魚は大きいですが、やむをえまいとのことです。
集合時刻は予定通りと」
重々しい顔で、アドバンは告げてくる。
「あ、はい」
「睡眠不足のようですから、お身体、ほぐしておきましょう。
今日は、本気を出していただかねばなりませんので」
「え」
案の定、ソレルは悲鳴を上げまくる破目になった。
肩、腿裏、ふくらはぎ、足。
拷問か? と思うほどの強烈さだったが、身体は明らかに回復したので文句も言えない。
落ち着いたところで、ロジェの給仕で、スフレパンケーキとパン、サラダ、黒スグリの甘煮をたっぷりかけたヨーグルトを食べ、着替えて、髪を整えてもらう。
今日は、真ん中分けらしい。
喪章もつけてもらい、ロジェに「ご武運を」と妙に重々しく見送られて、ソレルとアドバンは部屋を出た。
小サロンには、カタリナとルシアンが待っていた。
「すみません! 犯人を取り逃してしまい……!」
ソレルは、カタリナに90度で頭を下げた。
「しくじったのは、わたくしよ。
念の為、誰か伏せておくべきだった。
ま、あなたの死体が転がってて大騒動、てことにならなくて、良かったと思うことにするわ」
今日は捕物も想定しているのか、動きやすい紺色の乗馬用ドレスに喪章をつけたカタリナは、気にするなと手をひらひらさせて、立ち上がった。
すっとルシアンが肘を貸し、本館へ向かう。
ソレルも、その後をおろっとついていった。
ふと気がつくと、アドバンもさりげなく後ろにいる。
「しかし、また例の光が現れたとは。
てっきり、犯人は証拠を回収したものと思っていましたが」
ルシアンは不審がっている。
「あ。カトー大尉は、犯人は一昨日の夜に襟飾りを埋めたが、捜索されることを知って、一旦回収して、別の場所に隠そうとしたんじゃないかと言ってました」
「いやいやいや。それは無理があるわ。
そもそも、襟飾りをあのへんに埋めた説、気に入らないのよね。
わざわざ夜中に出てきて証拠を埋めるんなら、なんで建物の近くに埋めるのよ。
あっちの方が、圧倒的にバレにくいでしょ」
本館の小さな窓をカタリナは指した。
庭園と客室棟の向こうに、木立が見える。
歩いて、ほんの数分程度だ。
「あー……そうですね」
納得したところで庭へ降りると、妙なことになっていた。
近衛騎士が三人、手分けしながらローンスパイクでぷすぷす芝生を刺している。
ローンスパイクとは、要はショベルくらいの大きさで、先に鋭いスパイクをつけたもの。
芝生は、根を張るにつれて、土がどんどん締まって固くなってしまう。
そこに穴を開け、空気や水を根に届けるための道具だ。
一方、若い庭師、花壇のまわりにしゃがみこんで、花を傷つけないように細い園芸用のコテや熊手で土を探っている。
「おはようございます。カタリナお嬢様。伯爵様」
庭師頭のグスタフが、帽子をとってお辞儀をした。
カトー大尉も、一応騎士の礼をとる。
庭師達、近衛騎士達も、カタリナとルシアンに礼をした。
「ええと……
カトー大尉が、地面を掘り返す道具を借りにいったら、勝手に芝生や花壇をいじるなとグスタフに怒られて、こんな感じになったのかしら」
「さすが、カタリナお嬢様!
ご明察ちゅうやつですな」
グスタフは呵々と笑い、カトー大尉は苦い顔になった。
別の庭師が2人、折りたたみ式の脚立を使って、ローズマリーの茂みを上からチェックしている。
ぶっちゃけ、やることがない。
ぽかんとソレルが見守っていたら、犬舎番に引き連れられて、黒犬の群れがやってきた。
がっしりした大型犬、ロットワイラーが十数頭もいる。
騎士の一人が呼びに行ったようだ。
成犬の体重は、小柄な大人くらいになる。
非常に賢く、忠誠心も強いため、最高の番犬とも言われている犬種だ。
「ソレル。こっちに。
逃げちゃだめよ」
カタリナに呼ばれて、傍に行った。
本気を出せば、人間でも普通に噛み殺せる犬だ。
正直、これだけ数がいるとかなり怖い。
案の定、犬達はソレルに気づくと駆け寄って吠えてきた。
十数頭が、まるで一つの生き物のようにソレルを包囲し、低く、重い唸り声を響かせる。
だが、カタリナが胸を張って「ステイ!」と命じると、先頭にいたひときわ大きな犬が一度だけ低く吠え、群れを一斉に「待て」の状態に落ち着かせた。
「ふふ。あなたたちって、本当にお利口ね」
カタリナは、とろけるような笑顔になると、屈み込んでわしわしと群れのリーダーを撫でた。
皆、カタリナに撫でて撫でてアピールを始め、大騒ぎになる。
もはや、カタリナは犬まみれだ。
「レディ・カタリナ! あなたと遊ばせるために犬を呼んだんじゃないんだ!
君。マルスに、この襟飾りの匂いを追わせてくれ」
カトー大尉は、袋に入れていた、レースの襟飾りを猟犬番に渡した。
ジョルジェットのものだ。
猟犬番が口笛でリーダーを呼び、のっそりと歩んできた鼻先にレースの襟飾りを差し出す。
犬は、ふんふんと匂いを嗅ぎ、やおら走り出した。
他の犬が一斉に後を追う。
犬達は、ジョルジェットの部屋に向かって吠え始めた。
またまた大騒ぎだ。
「あちゃー……だめかー……」
がっくり、カトー大尉はうなだれた。
それはそうだ。
ジョルジェットの匂いがするものを与えたのだから、彼女の部屋にまっしぐらするのは仕方ない。
「やっと、いい天気になったのにね」
カタリナは雑な慰め方をして、雲一つない蒼い空を仰いだ。
釣られて、ソレルも空を見る。
今日も、紅首鳥がぴーひょろろろろろと城の上空を呑気に旋回していた。




