35.ジョルジェットの望み
「ジョルジェット様に、申し訳ないことをしました。
もう一玉、ご用意してから、お部屋を下がるべきでした」
「ああ、編糸やなんかはクローゼットの高いところにしまってあったものね」
「ええ。あの資材箱、ジョルジェット様がずっと使われていたものなのですが、低いところにある棚は高さが合わなくて。
クローゼットの床に並べるのは、ぞんざいすぎるとおっしゃって、資材箱の上げ下げは、私がしていたのです」
急に、テレサは色を失った。
「ああ……もしかして、ジョルジェット様はベルで私を呼ばれたのかもしれません。
うとうとしている間、夢の中で、ベルが鳴っていた気がしておりました。
あの時、ちゃんと起きてお部屋に参っていれば、ジョルジェット様はあんなことには……」
青くなって、おろおろと視線を泳がせるテレサを、カタリナがベッドに腰掛けさせてやる。
「あなたのせいじゃない。
気にしてはだめよ。
だけど、もし、あなたを呼んでも来なかったら、レディ・ジョルジェットはどうしたと思う?
主棟のメイドに、呼びに行かせたりしたのかしら」
「いえ……ジョルジェット様は、我慢強いお方でしたので……
そのまま、私がお伺いするのをお待ちになったかと」
テレサは、視線を泳がせながら答えた。
メイドに探しに行かせたりせず、テレサが現れるのを待っただろうということか。
昼に近衛騎士の詰所で聞いた話では、ジョルジェットはこの城の使用人には嫌厭されていたようだ。
私室にメイドを呼びつけることは、したくなかったのかもしれない。
飲み物などは、サロンに常時用意があるのだし。
「そう。ところで、コルネイユとかいう男がこの間、亡くなったそうね。
その日は、レディ・ジョルジェットはどうされていたのかしら。
晩餐にはいなかったと、伯母様はおっしゃっていたけれど」
いきなり別の話になって、テレサは戸惑った。
「ええと……そうですね。あの日は、晩餐にお出ましになりませんでした。
午後に、公爵閣下が執務室にジョルジェット様をわざわざお呼びになって、コルネイユに注意するようお話されたのです。
バティスト卿がコルネイユは偽の技師だと言っているし、深入りしない方がいい、もし本当に魔石が埋まっていても、大変なことになると」
「大変なこと?」
「もともとあの地所は、生家であるヴァランス男爵家が用意したジョルジェット様の持参金を使って、婚家であるモン・コルビエ子爵家から購入したものです。
もし価値があるとわかれば、婚家も生家も、自分たちにも権利があると主張してくる、なんなら裁判を起こされるかもしれないと」
「あああ……確かに。
価値がないと思っていた土地に魔石の鉱脈があったとなると、目の色を変えて食い込もうとしてくるかもしれないわね……
婚家も生家も、まぁまぁ強欲なタイプのようだし」
カタリナは頷いた。
結構、無茶な横車だと思うが、貴族あるあるなのだろうか。
「じゃあ、晩餐は欠席されて……どうされたの?」
「20時前にお夕食をお部屋で軽く召し上がって、お風呂にゆっくり入られて。
早めに……たしか22時くらいには、お休みになられましたと思います」
「22時過ぎ……」
カタリナは、考え込んだ。
コルネイユの死亡推定時刻前後には、ジョルジェットとテレサは一緒に主棟の部屋にいたということになる。
そこからコルネイユと落ち合ったと考えられなくもないが、ロジェの証言からすると、逢引はもっと早い時間に行われたはずだ。
それとも、コルネイユが逢引から戻り、テレサも下がったあと、ジョルジェットがコルネイユを崖まで連れ出したのだろうか。
いや。ジョルジェットには、コルネイユを殺す動機がない。
まだ彼が詐欺師かどうかは確定していなかったし、そもそも彼女はなにも奪われていないのだから。
「……なにか、変わったことはなかった?
あの部屋からだと、中庭の様子が良く見えるでしょう?
コルネイユでも、他の人でも、誰か歩いていたとか」
テレサは首を横に振った。
「いえ……特にございません。
夜は、カーテンを引いておりますし。
それに、ローズマリーの茂みがございますから、そこまで庭を見通せるわけでもありませんし」
ふむ、とカタリナは吐息をついた。
「テレサ。あなた自身は、コルネイユをどう思っていたの?」
「私は……特には。
姿は見かけましたが、直接、話したこともありませんし。
ただ、ちょっと……このお城には、ふさわしくないのではと思いましたが」
「なるほど」
さっきのロジェの口ぶりと似ている。
公爵が受け入れたのだから仕方ないが、あまり感心しない客、という評価なのだろう。
「レディ・ジョルジェットは、彼をどう見ていたのかしら?」
「コルネイユの発見に、大変お喜びでした。
バティスト卿が彼は偽者だと言い出された時も、イレーナ様に馴れ馴れしいコルネイユに反感を持たれたから、細かいことをあげつらっていらっしゃるのだと受け止められていたようで。
コルネイユは、バティスト卿の批判に正面から取り合わず、さっと退いたとかで、お若い卿よりも紳士らしい態度だったとも、おっしゃっていました。
ジョルジェット様の唯一のお望みは、甥のエドモン様を貴族の世界に戻すことでしたから、あの沼地から魔石が採れるようになれば、今度こそ夢が叶うと、とても期待されていましたし」
「ご自身じゃなくて、甥御さんのために……
それを、詐欺だろうとか周りから言われたら辛いわね」
「そうなんです。
実は、以前からベアトリス様にエドモン様の婿入り先を頼んだりされていたのです。
でも、エドモン様の母君、つまりジョルジェット様の末の妹君が商会長の後添いになられたこともあって、いくらベアトリス様でも良縁を結ぶのは難しく……」
カタリナは、少し驚いた様子で眼をしばたたかせた。
「お母様が商会長の後添いに……」
「はい。もともと、妹君は騎士爵の出の方と駆け落ち同然でご結婚されたのですが、ご夫君がその……どこやらの酒場で不名誉な亡くなられ方をして。
実家にも戻れず、幼いエドモン様を抱えて、暮らしにも事欠くほどで、結局、そのような道を選ばれたとうかがっております。
すぐに、エドモン様の妹君、弟君も生まれたのですが、商会長には既に成人した跡取りもおりましたし、エドモン様は新しい家で浮いてしまわれまして……
それを不憫に思われたジョルジェット様が、騎士学校の費用を捻出されたのです。
本当は、エドモン様の気質からすれば、貴族学院の方が良かったのですが」
貴族学院に入れるには、資金が足りなかったということか。
ソレルは、貴族女性としてはやけに寂しい宝石箱を思い出した。
エドモンの学費を出すために、換金性の高いものを売却したのかもしれない。
ソレルはこれでも大学出の新聞記者なので、同世代の平民の中では高給取りだが、全寮制の貴族学院の学費は、一番安い4人部屋でも、ソレルの年収を優に超える。
特待生制度はあるが、突出して魔力の多い者が対象で、努力でなんとかなる世界ではない。
「それじゃ、いくら少尉が頑張られても、貴族との縁談は難しいわね」
「ええ。もちろん、ジョルジェット様もそのあたりのことは重々ご存知だったのですが……どうにかならないかというお気持ちも強くて」
ジョルジェットの期待に応えて、エドモンは「魔の森」で戦えるほど立派な騎士になった。
しかし、彼を「貴族の世界」に戻すのは厳しい。
母親が商会長に嫁いでいて、しかも腹違いの妹や弟もいるとなると、いくら優れた騎士でも、縁を結びたがる貴族はまずいない。
有閑階級といえる大地主ならまだしも、みずから働いて金を稼ぐ商人と親戚づきあいなど、いくら相手が資産を持っていてもありえないと考える者が圧倒的に多いのだから。
ソレルの実家は、中規模の地主だが、それでも商人を下に見る身内は普通にいる。
となると、あとは戦果を上げ続け、自力で叙爵を果たした上で、ふさわしい妻を迎えるしかない。
だから、エドモンは「魔の森」を志願したのだろうか。
「テレサ。もうひとつ聞きたいことがあるのだけど。
昨日の夜、レディ・ジョルジェットはどんな襟飾りをつけてらしたの?
確か、魔石のビーズが編み込まれていたと言っていたわね」
「あ、はい。白百合が咲き乱れている柄で、雄しべの黄色に、魔石のビーズを編み込んだものです。
ジョルジェット様の襟飾りの中でも、ひときわ華やかなもので」
「ああ、ドレスは紺色だったから、白と黄色が映えたでしょうね」
カタリナは頷いた。
「ところで、犯人は、その襟飾りをむしりとって持ち去ったみたいなのよ。
ドレスのループが破れていたわ」
「まあ! なんて酷いことを!
あれは、何度も試作してやっと完成した、ジョルジェット様の一番のお気に入りだったのに!」
テレサは憤った。
彼女にとっては、あるじを殺されたのと同じくらい、非道な行為のようだ。
「そうだったのね。
その襟飾りを処分するとしたら、どうすればいいのかしら。
ほら、今は暖炉を使っていないし、燃やすのはちょっと難しいでしょう?
そもそも、絹って燃えにくいし、匂いも出るし」
テレサは首を傾げた。
「そうですね……
百合の輪郭を保つために、一部は極細の針金を芯にして、堅く編んでいらっしゃいましたから、普通のハサミでは、まず切れません。
ニッパーで針金ごと無理やり断ち切るか、それとも少しずつ糸を解していくか……
元があの襟飾りだとわからなくなるまで細かくするには、かなりの時間がかかると」
とにかく処分しづらいようだ。
不意に、壁にもたれたまま、黙ってカタリナとテレサの話を聞いていたカトー大尉が身を起こした。
「あ? あ? あ?
さっきの夜中の光の話、実は証拠を回収しようとしたんじゃなくて、襟飾りを土に埋めて隠そうとしたんじゃないか!?」
「そういえば?」
「そういうことなのか!?」
ソレルは、ルシアンと顔を見合わせた。
ありえるかありえないかで言えば、ありえる。
「よしッ わかったッ 犯人は夜中に襟飾りを埋めた人物だッ」
カトー大尉は興奮して、片手を振り上げながら叫んだ。
「いやだから、それって一体誰なのよ」
カタリナは、カトー大尉に無情にツッコんだ。




