33.晩餐と夜食
晩餐は、粛々と進められた。
喪中とあって、テーブルには白い花が少し飾られているだけ。
料理も、器も地味だ。
皿も一部省略され、刻んだハーブを浮き実にしたコンソメスープがまず出て、白身魚の蒸し物が出た。
バティストは、カルサイト探しは空振りだったとカタリナに報告した。
収蔵庫にはそれらしいものもなく、大階段や暖炉に張られている大理石や、あちこちに飾られている彫像の中に、カルサイトと呼ぶべきものでもあるのかとチェックしたが、わからなかったと言う。
一人でこの広壮な城を調べて回るのは、かなり大変だったはず。
元はといえば、ソレルがバティストに席を外してもらおうとしたのがきっかけなので、なんだか悪い気もする。
カタリナが、あでやかさ大盛りでバティストに微笑みかけ、手厚く感謝した上に公爵夫妻に彼の優秀さをがっつりアピールしてくれたので、十分報われていると思うことにした。
そんな会話の間、ソレルは、なんとなく斜め前のフレデリックを眺めていた。
昼餐の時は、朗らかに「捜査」の話をしていたのに妙に沈んでいる。
ベアトリスが気にしているが、とっかかりがなくて声がかけにくいようだ。
明るく、素直な好青年という印象のフレデリックが、一体どうしたのだろう。
そういえば、昼食の時、いきなり出ていったイレーナを追っていったきり、彼がどうしていたのか知らない。
イレーナと、なにかあったのだろうか。
メインの鶏のローストが出たところで、執事がカトー大尉が戻ってきたと知らせに来た。
「あら。では、今日は失礼しませんと」
カタリナは、超高速でメインを食べ始めた。
手つきは優雅なままなのだが、とにかく速い。
慌てて、ルシアンもソレルも急いだ。
「カタリナ。そんなに急がずとも……」
公爵は戸惑い、ベアトリスはあまりの速さに呆れている。
「いえ。時間がありませんもの。
お行儀よりも、人の命ですわ」
テレサの命がかかっていることを皆に思い出させると、カタリナは、では、とナプキンをテーブルに置いて立ち上がった。
エスコートを待たずに、ささっと部屋から出ていく。
ルシアンとソレルは、どうにか玄関ホールで追いついた。
近衛騎士の詰所に入った途端、妙にいい匂いがした。
「うおッ なんだなんだ!?」
カトー大尉と部下二人は、煮詰めに煮詰めてどろどろになったポトフに、バゲットを浸しながらかっこんでいるところだった。
「あら、お食事中ごめんなさい。
レディ・ジョルジェットのご遺体に着ていらしたドレスの再確認と、テレサの聞き取りをしたいのよ」
「それなら、昼に許可を出したじゃないか」
カタリナは半眼になった。
「一筆書いてもらうのを忘れたのよ。
どうする? 一緒に確認したければお待ちするし、立ち会わなくていいならさっさと行ってくるわ」
「ううううむ……勝手をさせるわけにはいかんな。
ちょっと待っててくれ……」
カトー大尉は、がつがつと食べ続けた。
「……やらんぞ?」
視線を感じたのか、木製の椀をカタリナからかばうように隠す。
「美味しそうだけど、おなかが減ってる人から奪ったりしないわよ。
わたくしを誰だと思ってるのよ」
「破天荒令嬢」
ぶっきらぼうにカトー大尉は返した。
「だーかーらー! そのあだ名はやめなさいよ!」
カタリナは、笑いながら空いている丸椅子に腰掛けた。
「というか、フレデリック卿達が見つけてきた怪しい客ってのはどうなったの?」
「あー……なんとか見つかったが、空振りだった。
流れの大工で、酒場女のところに転がり込んでたとかで……」
カトー大尉は苦い顔で、水代わりのエールをあおった。
「レディ・ジョルジェットには、魔導騎士団に入った甥がいるだろう?」
「エドモン・ニーン少尉よね」
がしがしがしっと、カトー大尉は頭を掻いた。
「相続人だというし、もしかして彼がこっそり入り込んで伯母さんを殺して逃げたんじゃとも思ったんだが。
あちこち聞き回ったが、ニーン少尉らしい人物を見たって話はでてこないんだよな」
「え。どうして町を探してらしたの?
彼なら、普通に城を訪問できるでしょ?
以前も来たことがあるとかなんとか、伯母様がおっしゃってたわ」
そこだ、と言わんばかりに、カトー大尉はカタリナを指した。
「客として来たんじゃ、最初に疑われる。
休暇をとり、適当にアリバイ工作をしておいて、この城に忍んできて伯母を殺す。
そして、明日あたりにしれっと現れて、ああもっと早く来ていれば……とやれば、遺産が手に入るじゃないか!」
カタリナは腕組みをして、考え込んだ。
「レディ・ジョルジェットは、たいした資産を持っていなかった。
でも、一番困っていた時だって、田舎のコテージを借りてひっそり暮らせるくらいのお金はあった。
テレサだってずっと雇い続けてるんだし、別に何人か雇っていたはずよね」
淑女の侍女は、淑女の世話をするのが仕事。
炊事や掃除などの家事などしない。
要は、めちゃくちゃに金のかかる社交生活ができなくなっただけで、田舎の地主くらいの収入はあったということだ。
「資産のない若い騎士には、それなりの誘惑かもしれない。
……ありえなくはないわね」
「だろ! だろ! だろ!
だから、宝石箱もそのままだった。
黙ってたって、手に入るからだ……と思ったんだが、足取りがなぁ」
「まあ! ちゃんと考えて捜査してらしたのね!」
カタリナが手を打って感心し、カトー大尉は呵々と大笑した。
すっかり仲良しだ。
ルシアンも入って、町での捜査の様子を尋ねたりして、話が弾む。
「ええと……ちょっと、その、時間が……」
楽しそうだが、タイムリミットというものがある。
ソレルが遠回しにせかすと、慌てて、カトー大尉と部下達はポトフの残りを流し込んだ。
というわけで、今はジョルジェットの遺体が安置されている殯の部屋に、執事の案内で向かう。
暗い廊下には壁灯もついていない。
カタリナやルシアン、カトー大尉はそれぞれ光魔法「ライト」を灯す。
魔法が使えないソレルは、カンテラを持たされた。
まるで、洞窟の中を探検するようだ。
張番をしていた騎士が扉を開けた途端、冷気が流れ出してきた。
冷温魔法がかかっているのだ。
部屋の真ん中には、簡素な木の寝台。
その上に、白い布をかけられたジョルジェットの遺体が横たえられていた。
顔のあたりは、別の白布がかけられている。
傍のテーブルには、ドレスや折れた老眼鏡など遺体が身につけていたものが整理されている。
「で。なにが見たいんだ?
もう医者も確認してるんだぞ」
遺体を挟んで、カタリナとカトー大尉は向き合った。
「まずは、爪と腕ね。
あと、一応、全身も見たいわ。
女同士でないと、気付かないこともあるかもしれないし。
あとはドレス。傷と反対側の右脇まで濡れてるようだったけれど、どこがどう濡れているのか、はっきりわからなかったのよ」
ふん、とカトー大尉は鼻を鳴らして、一歩退いた。
まず、カタリナは、シーツの下から生白い右手を出した。
ルシアンが近寄って、「ライト」を当ててやる。
「ああ、レース編みのために爪は短くされていたのね」
殺された時は肘下くらいまでの手袋をしていたはずだが、カタリナは念のため、爪の裏までチェックしていた。
続いて前腕から二の腕にかけても、表裏返しながら見るが、特に痣などもないようだ。
同じように左手を見ると、シンプルな結婚指輪が小指に嵌っていた。
指がむくんでいるから、薬指に嵌めていられなくなったのだろう。
これも糖尿病の影響かもしれない。
頭を左右に傾けながら、首元を見るが、特に傷や痣はない。
鎖骨のあたりまで布を下げて、カタリナは、ルシアンとソレルの方をちらりと振り返った。
正式に捜査する立場ではない男性が、女性の裸の遺体を見るのは良くない。
ルシアンとソレルは、廊下まで下がった。
カトー大尉が、カタリナが観察しやすいよう「ライト」を灯す。
扉は開けたままなので、会話は聞こえた。
「カトー大尉。胸元のこの青い痣は?
結構、凄いけれど」
「医者は、あの女秘書が心臓マッサージをした跡だろうと言っていた。
相当、頑張ったらしい」
「あー……死亡直後なら、血流が完全に停止してないから、痣も残るのね……
てことは、レディ・ジョルジェットが殺されたのは、クレールが来る直前ってことじゃないの?
あなたが最初に言ったように、死後3、4時間だったのなら、こんなに残るのかしら」
「あ?」
「そもそも、どう見てもとっくに死んでるんじゃ、クレールだって救命しようとしなかったでしょ。
まだなんとかなりそうだったから、頑張ったのよ」
「あ? あ? あ? そ、そうか……!」
「てことで、テレサは関係ナシってことでいい?」
「いや! いやいやいや!
あの女にアリバイがないことに変わりはないだろうが。
部屋に下がったところも、誰も見てないんだ!」
カトー大尉を丸め込みそこねたカタリナは、ちぇッと舌打ちした。




