31.遊戯室の証拠
見張りの視界から外れる、階段の踊り場でカタリナは立ち止まった。
「ソレル。あなたの読み通りだったわ。
フレデリック卿が来るまで、コルネイユと逢引してたって。
彼女、よく遠乗りをするから、外で落ち合ってごにょごにょしてたとかなんとか。
婚家で、姑にめちゃくちゃ虐められて、好きな乗馬もビリヤードも女らしくないから禁止、みたいな謎ルールで縛られまくったり、亡くなったご主人にも相当やらかされたとか、あれこれおっしゃっていたけれど。
……あ、これ、オフレコね」
ささやき声で、手早く教えてくれる。
「オフレコ了解です。
というか、レディ・イレーナは、陛下の又従姉妹じゃないですか。
それなのに侯爵夫人に嫁いびりされたって、なんなんです??」
「さあ? 格上の嫁をもらったら、余計に立場をわからせようと頑張る面倒な姑が世の中いるらしいから、そういうタイプだったんじゃない?
ただし、彼女、コルネイユが亡くなった夜は、晩餐の後、夜更けまで伯父様達とホイストをしていたそうなのよ。
ゲームの記録をつけていたそうだから、後で遊戯室を確認しましょう」
ホイストというのは、4人で遊ぶカードゲームだ。
戦略性が高いゲームで、貴族や紳士階級は、よく親しんでいる。
「じゃ、彼女はコルネイユの死に関しては、アリバイはあるんですね」
「たぶん。で、今回の件とは別に、大昔、まぁまぁ面倒なことを、レディ・ジョルジェットに手紙で相談したことがあったんですって。
他人に読まれたら困ったことになると気がついて、レディ・ジョルジェットが亡くなった夜、夜中にこの帽子箱を持ち出して、自分の帽子箱と一緒にして誤魔化してたって。
夏だから、暖炉でまるっと焼いてしまうわけにもいかないし、一番マズい3通だけ魔法でこっそり焼いたとかなんとか」
「へ? 現場には見張りがいたはずじゃ?」
小声でソレルは訊ねた。
「見張りは、シムノー公爵家の従僕よ。
主筋のイレーナ様が、被害者に貸していたものがあるから取り戻したいって言えば、通すじゃない」
ガバガバだ。ガバガバすぎる。
だが、公爵家の従僕の立場では仕方ない。
「なるほど……
でも、なんで帽子箱ごと持ち出されたんですか?」
「帽子箱を見て、一緒に入っていた共通の友達の手紙に、よろしくないことが書かれてやしないかと気になったとかおっしゃってたわ。
それで、一通りチェックしようと帽子箱ごと持ち出したはいいけれど、今度は返す口実が難しいから、見張りが外れるのを待っていたそうなのよ」
言いながら、カタリナは帽子箱を漁った。
イレーナの手紙、ベアトリスの手紙などなど、確かにそれらしい束がある。
「あら。この手紙……リュイユール前伯爵夫人のものだわ」
カタリナは、手紙を一束、ルシアンに差し出した。
コンスタンスからの手紙だ。
古い手紙が十数通、新しい手紙が二通、一緒に古びたリボンでくくられている。
ルシアンは、触れようともせずに、小さく首を横に振った。
やはり、母親への拒否感が強いようだ。
ま、いくら相手が母親でも、勝手に人の手紙を読むべきではないが。
カタリナはコンスタンスの手紙を引っ込め、そのまま三人は、二階に上がった。
当然のことながら、公爵夫妻の居間は、カタリナの部屋よりさらに豪奢だった。
ベアトリスは、喪の色である鈍色のティーガウンに着替えている。
そういえば、そろそろお茶の時間だが、今日はそれどころではない。
「伯母様。イレーナ様からお預かりしました。
伯母様にお返ししますって」
カタリナは、ソファに座って手紙を整理していたベアトリスに、帽子箱をなにげなく渡した。
「そう。ありがとう」
ベアトリスは受け取って脇に置くと、侍女にちらりと視線をやった。
侍女は、ささっと下がる。
侍女が消えたところで、ベアトリスは帽子箱の中身をチラ見した。
深々とため息をつくと、三人に座るよう勧める。
カタリナはベアトリスの隣に、ルシアンとソレルは向かいのソファに浅く腰掛けた。
「もしかしたら、イレーナがどうにかしたんじゃないかと後から思いついたけれど、当たってただなんて。
ユベールには、黙っておきましょう。
カトー大尉にも」
「それで良いと思います」
カタリナは頷く。
「ところで、捜査は進んでいるの?」
「あれこれ、わかったことはありますけれど、肝心なところがどうも」
「そう。なにか、わたくしにできることはあるかしら?」
カタリナの眼をまっすぐに見て、ベアトリスは問うた。
「いくつかお伺いしたいことが。
コルネイユという男、伯母様はどう見ていらっしゃいましたか?」
ベアトリスは、失笑した。
「どうって……ちょっとおだてれば、中年の女は言いなりになると思ってるのが透けて見えるような男よ。
イレーナやジョルジェットのご機嫌取りに必死で、若いメイドなんかに声をかけなかったのは、助かったけれど」
そんな客がいると、メイドがギスギスしだして面倒なのよ、とベアトリスはぼやいた。
「レディ・ジョルジェットは、コルネイユをどう思っていたんでしょう?」
「そうね……普通に信頼していたのだと思うわ。
例の土地から魔石が出るようになれば万々歳だから、信じたかった、すがりたかったところもあったのでしょう。
でも、バティスト卿があの男は胡散臭いと指摘してくれたし、ユベールも深入りしない方がいいとジョルジェットに忠告したから、わかってくれたと思ったのだけれど」
「なるほど……
コルネイユ、亡くなった日の夜に女性と約束していたのかもって話が出てきたんですけれど。
相手に心当たりはあります?」
ベアトリスは、軽く眼をしばたたかせた。
「それは……イレーナでは、ないのよね?」
あ、とソレルは声を漏らしそうになった。
ベアトリスは、イレーナとコルネイユの関係に気づいていたのか。
「違うとおっしゃっています。
深夜まで、ホイストをしていたと」
「ああ、そうだった。あの夜は遅くまで遊んでいたのよ。
長い間、席を外した人もいなかったんじゃなかったかしら」
ベアトリスは首を傾げた。
「じゃ、まさか……ジョルジェット?
確か、あの日の午後にユベールが忠告して……ショックだったのか、晩餐にも顔を出さなかったはず」
へ? とソレルは間抜けな声を今度こそ出してしまった。
「だとしたら、実はレディ・ジョルジェットがコルネイユを殺し、誰かが彼女に復讐した、そういう線もありえるんですか!?」
ベアトリスは、慌てて手を横に振った。
「まさか、そんなこと!
わたくしが覚えているのは、あの夜、ジョルジェットはいなかったことだけ。
彼女がどうしていたのか、テレサに確認してちょうだい」
と、言われても、テレサの聞き取りはカトー大尉待ちだ。
イレーナの様子を見に行くというベアトリスと別れて、カタリナ達は遊戯室に向かった。
遊戯室は、喫煙室の隣。
深い臙脂の絨毯を敷いた部屋で、四人がけのカード用テーブルが3つ、ゆったりと置いてある。
テーブルはどれも見事な寄木細工で、それぞれ太陽と月、星の図像が描かれていた。
壁には、巻狩を楽しむ人々の大きな絵がどーんとかけられている。
飾り棚には、凝った造りのチェスのセットもいくつか置いてあった。
隅に置かれた書棚の引き出しをカタリナが漁ると、すぐにカードゲームの記録用ノートが出てきた。
当日、参加していたのは、公爵夫妻、イレーナ、フレデリックとバティストの五人。
幸い、ゲーム開始時間と終了時間も書かれていたので、だいたいの様子が追える。
最下位の者が、見学に回るルールだったようだ。
時間や点数を記録したメモの字は、ゲームごとに異なる。
カタリナが言うには、この城でホイストをする時は、見学に回った者が記録することになっているという。
すべてのゲームに参加していたのは、公爵とイレーナ。
晩餐を早めに切り上げたのか、21時半過ぎに始まって、途中、23時頃に全員で休憩もしているが、それも20分くらいのものだ。
最後のゲームは、日付をまたいだあたりで終わっていた。
コルネイユの死亡推定時刻は22時前後だから、参加していた5人にはアリバイが成立する。
しかし、ホイストは1ゲーム20分以上かかることが多い。
この日のゲームでも、決着がつくまで40分かかったものもあった。
その間、見学に回った者がさりげなく消えても、勝負に熱中していたプレイヤーには印象に残らなかっただろう。
死亡推定時刻はあくまで目安であって、気温など死亡時の状況で前後する。
三人であれこれ検討した結果、何度か最下位になっているベアトリス、フレデリック、バティストなら、素知らぬ顔で抜け出して、コルネイユをどうにかできたかもしれない、となった。
カトー大尉は、まだ戻ってこない。
ならば、日のあるうちに、コルネイユが転落した崖まで行ってみたいとカタリナは言い出した。
要は、ゲームから外れていた間に、崖まで往復できたかどうかの検証だ。




