29.貴重な「カルサイト」
とはいえ、ジョルジェット殺しと関連があるのかないのかもわからない滞在客の死を調べる余裕はあるのだろうか。
時間は限られているのに。
「レディ・カタリナ。テレサさんとかクレールさんに話を聞かなくていいんですか?
クレールさんは、休んだ方がいい感じでしたが」
客室棟に足早に向かいながら、ソレルはカタリナに訊ねた。
どさくさに紛れて、バティストもついてきている。
カタリナは、苦々しげな顔になった。
「……よく考えたら、カトー大尉に一筆もらいそこねたのよ」
「あああああ……そういえば……」
カトー大尉は、カタリナの要求に渋々同意していたのに、書いてもらうのを忘れていた。
おまけに、一緒にいた騎士も町に向かってしまったから、口添えしてくれる者もいない。
カトー大尉が帰って来るまで、お手上げだ。
本館の執事から連絡が行っていたのか、ロジェが小サロンのあたりで待っていてくれた。
コルネイユの部屋は、ソレルの部屋の隣、一番本館に近い、端の部屋だった。
端から2つ目という、微妙に中途半端な位置の部屋が自分にあてがわれているのが不思議だったが、コルネイユの件が片付くまで、他の客を入れたくなかったということか。
ロジェが、扉の鍵を開いてくれる。
ずっと閉鎖しているわけではなく、連絡先の確認、荷物の整理、清掃などで、何人か立ち入ったと教えてくれた。
部屋は、隣のソレルの部屋とまったく同じ造りだ。
ベッド。
書き物机。
窓際の肘掛け椅子とローテーブル。
鏡台。
クローゼット。
私物は片付けられ、ぱっと目に入るのは書き物机に置かれたブリーフケースくらい。
他のものは、クローゼットだろうか。
「さ。徹底的に調べるわよ!」
部屋を一瞥したカタリナは、まずはブリーフケースを開いた。
いつの間にやら紛れ込んでいるアドバンが、クローゼットをがらりと開く。
結論から言うと、ジェラール・コルネイユは地質調査技師ではなかった。
調査を記録する野帳が出てきたので、バティストに見てもらったら、例の褶曲のデッサンそのものはかなり正確だが、地質学用語がおかしすぎるとのこと。
おまけに、トランクに入っていた鉱物標本箱を見ると、黒曜石と石炭を取り違えていた。
ついでに言うと、かさばる鉱物標本箱を、現地調査にわざわざ持っていくことはまずないそうだ。
箔付けのために持ってきたのだろう。
そして、アドバンが見つけたトランクの二重底の下から、ジョルジェットの地所に関する詳細な資料が出てきた。
王都からリシャンディエール城に来る途中、たまたま地所に立ち寄ったら魔石を見つけたという話だったのに、登記簿の写しまであるのはいくらなんでもおかしい。
最初からジョルジェットに取り入り、彼女の地所を使ってなにかするために、リシャンディエール城に潜り込んだとしか思えない。
ちなみに、ジェラールが見せびらかしていたという魔石のかけらは見当たらなかった。
一瞬、手に取ってすぐに取り上げられたバティストが言うには、地中で再結晶化した魔石ではなく、魔獣から採取された結晶のように見えたと言う。
ブリーフケースに入っていた名刺はそれらしいが、王都の役所が発行している平民用身分証明書の公印はどうもうさんくさい。
よく似ているが、ソレルの証明書と比べると、微妙に違うのだ。
そもそも、名前も偽名だったのかもしれない。
ブリーフケースの隠しポケットからは、速記文字で書かれた手帳も出てきた。
カタリナは、「あなたなら読めるでしょ」と手帳をソレルに押し付け、ジェラールが亡くなったあとに届いたという手紙を開いた。
差出人は、事務所の所長のようだ。
「『こちらは順調だ。サンプルの確保を急いでほしい』
これ……なんて読むのかしら。calciteって?」
「カルサイトですね。
炭酸カルシウムでできた鉱物で、方解石とも言います。
色が多様で、複屈折性があるのも面白いんですが、柔らかすぎる上に割れやすいので、鉱物好きがコレクションするくらいですかね。
ああ、大理石もカルサイトの一種です」
得意分野だけあって、バティストは嬉しそうに説明する。
大理石の上位概念?という理解でいいのだろうか。
炭酸カルシウムって、貝殻とかじゃなかったっけ? と、ソレルは混乱した。
「えええ……じゃあこれ、どういう意味??
『そのカルサイトは、素晴らしい。なんとしても手に入れるべきだ』ですって」
バティストは心底びっくりした。
「は? カルサイトが?
めちゃくちゃありふれている鉱物なんですが」
「でも、コレクションの対象にはなるのよね?」
「透明度が高く、それなりに大きさがあって、色も美しいかけらなら、まぁ……
でも、魔石や宝石に比べれば、全然安いですよ。
宝飾品にも、使えませんし。
それに、この城に価値のあるカルサイトがあるだなんて、聞いたことがない」
「身内でだけ通じる、なにかの隠語ではないですか?」
ルシアンが割って入った。
「ジェラールは、なにか価値があるものをこの城で見つけ、どうするべきか事務所に問い合わせた。
事務所側は、万一、他の者が見ても問題にならないよう、ジェラールには通じるように言い換えて、手に入れるように指示した……とか」
「そうかもしれないわね……
でも、カルサイトって、なんのことなのかしら」
カタリナは腕組みをして考えるが、文脈がわからなさすぎる。
「彼は、あなたが世話をしていたのよね。
どんな人だったの?」
一旦棚上げにして、カタリナはロジェに振った。
「立ち振る舞いは、紳士のように見受けられました。
なので、最初のうちは、晩餐などの末席にも加わっていたのですが、なんというか……」
「色男気取りの、遊び人ですね。
服や靴を見る限りでは。
背は高く、体格は、やや細身で、胸板にはそれなりに厚みもある。
女性受けは、良かったんじゃないですか?」
言い淀むロジェに、アドバンがぶっこんで来た。
故人の服を、いち早くチェックしたらしい。
「ええと、その……まあ。
バティスト卿と口論になった後は、遠慮すると夕食などはこの部屋で食べていたのですが、最初から、その方が良かったのではないかと……」
「ちょっと待って。誰がいつこの城に来たの?」
ロジェは、メモ帳を出して確認する。
コルネイユが城に来たのが7月8日。
イレーナが城に来たのが7月12日。
中旬は、王都から領地に戻る親戚など、毎年この城に立ち寄る客が入れ替わり立ち替わり何組もいて、賑やかだった。
イレーナを残して他の客達が出発したあと、フレデリックとバティストが到着したのが7月23日。
翌24日のお茶会で、コルネイユとバティストが揉め、コルネイユは24日、25日と晩餐を遠慮した。
そして、7月26日の朝8時過ぎ、近くの羊飼いがコルネイユの死体を発見し、医者が10時ごろに検死を行う。
幸い、ブリーフケースの中には、遺体検案書の写しも入っていた。
遺族に、亡くなった時の状況を説明してもらうためのものだろう。
それによると、コルネイユは後頭部や背面を強く打って即死したものと報告されていた。
死後硬直は足の指先に至っており、死斑は鮮明。
角膜は混濁。
10時時点で、死後12時間以上と医師は判断。
遺体にも現場周辺にも、不審な点はなかった。
遺体の傍に、壊れたカンテラが落ちていたこともあり、夜の散歩を楽しんでいて、誤って転落したものと推定された。
翌27日、検死審問がさっくりと開かれ、コルネイユは事故死ということになっている。
その後、8月1日にルシアンが到着。
カタリナとソレルが来たのが、8月5日ということになる。
ま、このくらい日が空いていれば、今まで話が出なかったのも頷ける。
コルネイユは、たまたま城を訪れた平民だったのだし。
ついでに、カタリナはバティストが晩餐前になにをしていたのか訊ねた。
普通に支度をして、小サロンで時間を潰していたと、カタリナの出待ちをしていたのは伏せてバティストは答える。
ソレルも、その通りだったと請け合った。
遅れて来たフレデリックが、手紙がどうこう言っていた件も、バティストは説明してくれた。
部屋に戻ったら、友人から、妹がフレデリックを好いているようなので、できれば夏休み中に領地の館に立ち寄ってほしいという手紙が来ていたそうだ。
それで、そんな気はさっぱりないフレデリックは相当苦慮しながら返事を書く破目になった。
今日、町をうろつきながら、バティストに相談してきたそうだ。
「話を元に戻すと……
コルネイユが亡くなった日にこの城にいたのは、伯父様と伯母様にレディ・ジョルジェット、レディ・イレーナとフレデリック卿、バティスト卿だったのね。
城に仕える者を除けば」
「さようでございます。
あの、亡くなった夜のことですが……
20時過ぎに、夕食を下げに参りましたら、コルネイユは口笛を吹きながら、髪を直しておりました。
特にお尋ねもなかったので、申し上げておりませんでしたが、今にして思えば、逢引の約束でもしていたのかもという気も……」
「逢引ですって? 相手は?」
カタリナは食いついた。




