28.もうひとつの死
フレデリックはクレールの憔悴ぶりに驚き、公爵には自分から言うから、とにかく休んでほしいと懇願して、なかば無理やり送っていった。
カタリナは花瓶を元通りにしまい、昼食に行くという。
詰所の外は、公爵家の従僕が見張りに立っている玄関ホールだから、無人でも大丈夫だろう。
昼餐の間に向かいながら、カタリナは人の悪い笑みを浮かべた。
「カトー大尉って、面白いわね。
手袋なんて、近衛騎士も、執事とか上級使用人も仕事中はずっと嵌めているでしょうに」
「あ」
ソレルは、間抜けな声を漏らした。
そういえばそうだ。
ルシアンが考え込む。
「レディ・カタリナ。あなたは使用人の犯行だと思いますか?
使用人は動機が薄そうだと見ていましたが、さっきの騎士の話では……」
「そうね。大切なものを盗まれて、キレた者がいてもおかしくはないけれど」
二人のやりとりに、ソレルはきょとんとした。
「へ? 使用人にはアリバイが成立しているのでは?」
「調査票では、てことよ。
直接話を聞きながらつついたら、違う話が出てくる可能性もあるわ。
でも、いちいち聞いていられないし……」
確かに、百人を超える使用人すべてに対面で聞き取りをして、齟齬を突き止める余裕はない。
しかし、結局、使用人が殺したのなら、テレサは助けられないではないか。
ソレルは意識していなかったが、カタリナは使用人が犯人である可能性を最初から捨てていたのだ。
かなり大きな賭けに見えるが、勝算はどのくらいあるのだろう。
昼餐の間には、公爵とイレーナだけだった。
二人とも喪章をつけ、沈んだ顔だ。
カタリナは、ビュッフェに並んでいるものを見ずに「軽めに」と給仕に頼んで席に着く。
ルシアン、ソレルも真似た。
「カタリナ。あなた、探偵気取りでジョルジェットの部屋を漁ったそうね。
いくら新興の家とはいえ、公爵令嬢たる者が、下賤な者の真似をするだなんて。
恥ずかしいと思わないの?」
飲み物が運ばれてきたところで、イレーナが刺々しい口調で言い出した。
午前中の捜索について、なにか聞いたようだ。
「別に、恥ずかしいことをしているつもりはございませんわ。
ああ、伯父様。さっきはありがとうございました。
予想通り、凶器から指紋は出ませんでしたわ。
犯人は日中から手袋をしている者、もしくは指紋に関する知識が十分ある者ということですわね」
さらっとカタリナは流すと、薄く笑んだ。
「そういえば、レディ・イレーナはオルーツィがお好きでしたわね。
サイン入りの初版本を集めていらっしゃるとか」
オルーツィというのは、北方諸国の有名な小説家だ。
女男爵の身ながら、歴史小説と推理小説を書き、各国で翻訳されている。
「それは……わたくしがジョルジェットを殺したとでも?」
イレーナは、カタリナを睨みつけた。
「まさか。国王陛下の又従姉妹で、名門モーヴリエ侯爵家に嫁がれたレディ・イレーナが、殺人などという下劣なことをなさるはずがないじゃありませんか」
カタリナは、いかにも華やかに笑ってみせたが、眼は全然笑ってない。
公爵は、睨み合う妹と義理の姪を苦々しげに見やった。
「……イレーナ。私がカタリナに頼んだのだ。
わきまえなさい」
公爵は、イレーナの方をたしなめた。
渋々、イレーナが引き下がる。
ついでに、公爵は、明後日の検死審問の判事が決まったことを教えてくれた。
近くの町の町長が、弁護士出身なので頼んだら、引き受けてくれたそうだ。
審問は、14時開廷の予定。
この城の広間で行われる。
これで、いよいよ明後日の昼までには犯人の目処をつけなければならない。
「伯父上! 僕たち、例の行商人を見つけたんですよ!」
胃がずんと重くなったところで、フレデリックとバティストがやって来た。
二人とも、乗馬服から昼用の服に着替えている。
フレデリックとバティストは、勢い込んで早朝からのあれこれを話してくれた。
カトー大尉らと行商人を探しに行った二人だが、てっきり自分を捕縛しに来たと勘違いしたイカサマ博打うちが暴れて取り押さえる破目になったり、まぁまぁドタバタ捜査だったようだ。
結局、無事行商人は見つかったのだが、そこからも二人は宿を訪ね歩いて怪しい者がいなかったか確認し、とうとう最後の宿で妙な客がいたという話を聞き込んだそう。
熱意はあるが、どうもガバガバな近衛騎士達より、よほど綿密に仕事をしている。
若い二人のおかげで、一気に場は明るくなった。
「それにしても、どうかしてるよ。
毒にも薬にもならなさそうなレディ・ジョルジェットが殺されるだなんて。
コルネイユだっけ? 技師だかなんだかよくわからない男が死んだばかりなのに」
ちらりとイレーナを見ながら、フレデリックがこぼした。
「は?」
「コルネイユ、とは?」
カタリナとルシアン、ソレルは顔を見合わせた。
誰だコルネイユ。
そんな話、初耳だ。
「あれは技師じゃない、詐欺師だよ。
レディ・ジョルジェットの地所から魔石が採れるかもしれないとかなんとか、彼女に吹き込んでたんだろ?
魔石のかけらを見せびらかしてたけど、だだっぴろい沼地からぽろっと魔石が出るだなんて、嘘八百だよ。
そうですよね? レディ・カタリナ」
バティストが眉を寄せながら主張し、カタリナに振った。
「ええ。魔石の鉱脈は、普通は砂岩や泥岩の山で見つかるものだわ」
きょとんとした顔のまま、カタリナが答える。
カタリナの生家、サン・ラザール公爵家は魔石や魔導鉱などの鉱山開発で成り上がった家だ。
「そのコルネイユというのは、何者なんですか?」
同じく初耳だった様子のルシアンが、公爵に訊ねた。
「古い戦友の紹介状を持ってきた、地質調査事務所の技師でね。
名は、ジェラール・コルネイユだったか。
先月の上旬に来て、近辺でサンプルを採っていたんだが、十日ほど前の朝、この城の北にある崖下で転落死しているのが見つかった。
王都の事務所に連絡したのだが、まだなにも言ってこない」
「伯父様。その技師の遺体は?」
カタリナが食いついた。
「町の共同墓地に仮埋葬したが」
公爵は、なにか問題があるのかと戸惑っている。
「その男の荷物、見ることができます?」
「ああ。彼が泊まっていた部屋に置いてあるはずだ。
客室棟の一階の、単身者用の部屋だと思うが」
執事がさりげなく寄ってきて、ソレル様のお部屋の隣です、と教えてくれた。
死んだ男の部屋の隣だったのか、とソレルは驚いた。
部屋で亡くなったわけでもないので、気にすることでもないが。
「じゃ、その部屋、すぐ行ってみます」
カタリナは、そそくさと昼食の残りを片付けはじめた。
ルシアンとソレルも急ぐ。
「カタリナ。まさか、レディ・ジョルジェットの殺害と関連があるとでも?」
公爵は眉を寄せた。
「あるのかないのか、まずは調べてみませんと。
彼が実は殺されていたのなら、話が全然違ってきますし」
いきなり、イレーナが、ナフキンをテーブルに叩きつけるように置いた。
「馬鹿馬鹿しい!
あの男が殺されただなんて!
そんなこと、ありえないわ!」
そのまま、さっと立ち上がって出ていく。
「母上!?」
尋常でない剣幕に、フレデリックが席を立ち、慌ててその後を追う。
残された者は、顔を見合わせるしかなかった。
コルネイユ「部屋割図にも名前があるし、俺の出番いつかな? いつかな? って、わくわく待ってたのに、まさかもう死んでいたとは…!」




