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26.茂みの下の足跡

 幸い、雨は止んでいる。

 窓を開き、昨日の夜、どう動いたのか思い出しながら右へ振り向く。

 確か、これくらいの角度だった、と見やれば、やはりレディ・ジョルジェットの部屋の前あたりだ。


「ソレル! どのあたり?」


 カタリナが、庭を横切って主棟の方に向かいながら叫ぶ。

 ソレルは、光が見えたあたりを指してみせた。


「角度的には、この方向です!

 犯行現場の前、なんかこんもりしてるところ!」


「わかったわ! こっちに来て!」


 ソレルは部屋から出ると、カタリナ達に合流した。


 こんもりしているのは、ローズマリーの大きな茂みだった。

 高さはソレルの目線くらい、張り出した枝は、端から端まで3m近くある。

 こんなにローズマリーは大きくなるのかと、ソレルはびっくりした。


「たぶんね、アクセサリーとかそういうものじゃないかと思うのよ」


 ルシアンは、ローズマリーの茂みを上から撫でるように調べている。

 カタリナは身体を低くし、茂みの中になにか不審なものはないか探している。

 ゼルダは、カタリナの後ろにくっついて、ドレスの裾が雨で濡れた地面につかないよう、巧い具合にまとめていた。

 器用だ。

 すぐに、ソレルも加わる。


 しかし、それらしいものはなにも見当たらない。


 茂みの周辺の芝生や花壇も、かなり範囲を広げてチェックし。

 建物のそばの石畳も舐めるように何度も見て。


 しかし、ないものはない。


 腰が痛くなってきたソレルは、背をそらしながら曇天を見上げた。


 ピーヒョロローと独特の鳴き声を上げなから、大きな鳥が空を舞っている。

 紅首鳥だ。

 冠羽が、アザミのような鮮やかな紅なのでこう呼ばれるが、下からだと焦げ茶のシルエットにしか見えない。

 カラスより一回り大きな鳥で、高所に巣を作ることで知られている。

 縄張り意識が強く、王都の神殿の鐘楼には、ひとつがいずつ、ぬしのように住み着いていることが多い。

 城の屋上にでも、巣があるのかもしれない。


 のどかな鳴き声が、勝手に「徒労乙!」と煽られているように聞こえて、ソレルは自分の疲れを自覚した。


「もし、犯人が証拠を探していたのだとしたら、無事回収したようね」


 カタリナは、苦い顔で結論づけた。


「すみません。私がすぐに見に行ってれば、犯人を取り押さえられたかもしれないのに」


 ソレルは小さくなった。


「いえ。そうしなくてよかったわ。

 あなたが見たのは、白っぽい光だったのでしょ?」


「そ、そうです」


「てことは、手燭やカンテラじゃなくて、魔法の『ライト』の光ってこと。

 犯人は魔法が使えるのよ。

 あっちだって死に物狂いでしょうから、あなた、うっかり見に行ってたら殺されてたかもしれないわ」


「え」


 ソレルは固まった。


「これは? 足跡のようにも見えますが」


 ルシアンが、ローズマリーの広く張った枝の下を指した。

 先がやや尖ったかたちだし、確かに大人の靴跡くらいの大きさだ。

 ただし、踵のあたりはぼけている。


 よく見ると、他にも靴跡っぽく見えなくもない跡がいくつかある。


「お嬢様。庭師頭です」


 姿が見えないと思ったら、デキる執事アドバンは先回りして雨合羽を着た老人を連れてきた。


「グスタフ! 久しぶりね!」


「カタリナ様。ご無沙汰しとります。

 ご立派になられて……」


 日焼けした老庭師は、ハンチング帽を取りながらお辞儀をした。


「丁度良かったわ。

 ちょっとここのくぼみ、見てほしいんだけれど。

 あなたたち庭師の足跡なのかしら?」


 カタリナとルシアンは場所を空けて、庭師に謎のくぼみを見せた。


「はぁ。足跡言われたら、そがいな風に見えますがの。

 けんど、このローズマリーは強いけん、春先に剪定して、夏前にもう一度手を入れて、あとは秋の終わりに、花殻が見苦しければ取るくらいのもんで。

 最近は、特に世話もしとりませんが」


「じゃあ、あなた達の足跡ではないってことね。

 レディ・ジョルジェットってことは?」


「あー……ジョルジェット様は、ローズマリーの香りがお好きとかで。

 風さえなければ、少々の雨でも窓を開けたまま、よう編み物をしてなさったですが。

 庭に降りられたところはめったにお見かけせんかったですし、あのお方がこんなとこまで踏み込まれたとは到底思われませんが。

 お召し物に枝がひっかかって、えらいことになるじゃろうし」


「まあ、そうね」


 ローズマリーにトゲはないが、灌木だから冬を越した枝は硬い。

 足跡らしきくぼみは、身体をがっつり押し込まないと届かないようなところにある。

 レースやらフリルやら引っかかって、大変なことになりそうだ。


「グスタフ。レディ・ジョルジェットってどんな方だったの?」


「どんな方ちゅうて……

 こっちが帽子をとってお辞儀をしたら、会釈してくださるだけですけ。

 ちっちゃなカタリナ様みとうに、ワシらの後をついて回って、なにをしているのかいちいち聞いてくるようなお方とは違いますけの」


 ルシアンが、急にかくんとよろめいた。


「……いや。幼いレディ・カタリナの様子を想像したら、あまりに愛らしすぎて……」


 なんぞ? と見やる一同から顔をそむけ、よくわからないことを口走っている。


「ちなみに、石膏粉なんてないわよね?

 足跡の型をとりたいのだけれど」


 カタリナは、ルシアンをまるっと無視した。


「石灰粉なら、たんとありますがのー……」


 グスタフは、首を横に振った。


 犯人の足跡の可能性大、ではあるが、保存は難しそうだ。

 ここのところ雨が続いたせいで、土は柔らかく、もう一雨来たら、わからなくなってしまいそうだ。

 アドバンが果敢にローズマリーの下に潜り込んで、足跡のサイズを測ったが、輪郭がぶれぶれにぶれているとかで、男靴か女靴かも定かではない。


 遺留品的ななにかを、犯人は無事回収してしまったようだ。


「今回は物証をきっちり抑えたいのに……なかなか難しいわね」


 カタリナがぼやくが、他に足跡らしき痕跡もない。


 とりあえず撤収となって、ふとソレルが顔を上げると、二階のバルコニーからこちらを見下ろしていたイレーナが、慌てて引っ込むのが眼に入った。




 本館に戻り、今度はゼルダが先回りして用意してくれたタオルで、濡れた手などを拭いていると、足早に執事がやってきた。

 カトー大尉が戻ってきたそうだ。

 玄関ホール脇にある、騎士団の控室にいるとかで、一同急いでそちらに向かう。


 控室は、案外広かった。


 長机がいくつか、壁際に積み上げた丸椅子がたくさん。

 さすまたや担架、装備品を整理した棚。

 壁には、黄ばんだ城近辺の大きな地図と、巡回ルートを書き込んだ構内図、当番表が貼ってある。

 城のお下がりらしい古い肘掛け椅子やソファ、隅にはサモワールもあるから、騎士の詰所でもあるし、ブリーフィングもするし、休憩もするしという部屋のようだ。


 カトー大尉は、肘掛け椅子の一つで頭を抱えていた。

 ほかに、騎士が2人、こちらも途方に暮れた様子で座っている。


「カトー大尉。例の行商人、どうだったの?」


 カタリナは開口一番、訊ねた。


「あー……ううううむ……」


 カトー大尉は、ものすごく厭そうな顔でなかなか答えない。

 傍にいた別の騎士が、「二人とも、身元とアリバイが確認されました」と教えてくれた。


「そう。確認できてよかったわ。

 ところで、シムノー公爵家の『黄薔薇の乙女』として、あなたにいくつか要請したいことがあるのだけれど」


「あー……なんだ?」


 またなにか面倒事かと、カトー大尉は身構えた。


「まず、昨日の凶器に指紋がついていないかどうか、確認させて。

 あと、テレサの聞き取りとレディ・ジョルジェットの遺体をもう一度調べる許可がほしいの。

 というか、面倒だから、わたくしが調べたいことは調べさせろって部下に一筆書いてよ。

 テレサを勝手に逃さなきゃ、別にいいでしょ?」


「うううううむ、閣下のお言葉もあるし……やむをえないか……

 だが、指紋なんて、素人が検出できるのか?」


 カトー大尉は、半笑いで無理無理と手を横に振った。


 指紋が一人ひとり異なっていて、誰が触れたか同定できるとわかったのは数十年前のこと。

 この国の犯罪捜査に導入されたのは、二十年ほど前だ。

 ただし、正式な鑑定ができる技術者がまだ限られていることから、王都や大都市でしか証拠として使われていない。


「鉛筆を削った粉を振りかけて、そっと払えばいいんでしょ?

 血がついているところを避ければ、問題ないじゃない」


 カトー大尉は、うーとかあーとか言っていたが、カタリナに押し切られた。

 騎士が、古びた金庫から見覚えのある木箱を出してくれ、カタリナは、控室の外にいた従僕に、指紋検出をしたいから、鉛筆をできるだけたくさん、鉛筆削りもいくつかほしいと頼んだ。

 少し時間がかかりそうだ。


 カタリナは、出しっぱなしだった丸椅子の一つに勝手に座った。

 空気を読んだ騎士が、ルシアンに丸椅子を勧め、ルシアンも座る。


「そっちは、なにをしていたんだ」


 居座られたカトー大尉は、渋々カタリナに聞いてきた。


「伯母様と、レディ・ジョルジェットの部屋の確認をしたわ。

 宝石箱があったけど、なくなっているものはなかった。

 念の為、テレサに最終確認してもらわないといけないけれど」


 ふむう、とカトーは考え込んだ。


「……レディ・ジョルジェットは、なんというかその、『悪い癖』があったそうだが。

 そっちはどうだったんだ?」


 カトー大尉が盗癖の件を持ち出して、ソレルは少し驚いた。

 ま、この城の警備の長である彼が把握していないはずがないか。


「スプーンや、よくわからないガラクタが放り込まれた帽子箱が出てきたわ。

 使用人の私物も混じっていたから、伯母様が持ち主を探して返すって、まるごと持っていったけれど」


「そうか……」


 カトー大尉は、ふさふさの髭をねじくりながら唸っている。


 あれ? とソレルは思った。

 カトー大尉は、昨夜はテレサ、今朝は外部犯にぱくーっと食いついていたが、もう少し色々考えているのかもしれない。


ノアルスイユ「ソレルが現場を見に行って犯人に遭遇、そこで犯人に殺されていたら、本格ミステリお約束の連続殺人パターンになったのでは…」(眼鏡くいー)

ソレル「ちょっと! そういうのやめてくださいよ!!」

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― 新着の感想 ―
擦れた読者は、空を飛ぶ鳥が出て来た=巣を探せ! 思考になるの、あるあると思います。 RPGでの常識、箱は開けるもの、脆そうな壁は破壊一択、取得可能オブジェクトはすべて拾いつくすのだ! と同じぐらいに、…
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