25.小休憩
「……レディ・カタリナ。次はどうしますか」
三階から降りたところで、ルシアンが訊ねた。
カタリナは苦い顔をしている。
「どうって……テレサとは話せないし。
凶器だって、カトー大尉が持っていったままだし。
カトー大尉待ちね」
「クレールさんは? もう一度話を聞かなくていいんですか?」
ソレルは首を傾げた。
「んんんん……テレサを先にしたいかも。
それに、コーヒーでもいかが?
なにか飲みたいわ」
懐中時計を見ると、11時前だ。
色々あったし、ちょっと休憩して整理したい気がする。
といっても、サロンだと従僕やメイドの耳が気になる。
カタリナもルシアンも、居間のある続き部屋に泊まっている。
結局、カタリナの居間でコーヒーを飲むことになった。
「お邪魔します……?」
カタリナの部屋は客室棟2階の突き当り。
前室を抜けて、居間に入った途端、ソレルは眼をぱちくりとさせた。
広い。広すぎる。
この部屋だけで、ソレルの部屋の倍くらいある。
バルコニーに直接出られる、大きな窓の向こうには、庭園とどこまでも続く丘陵が続き、余計に広々と見える。
深緑の孔雀石の大きな暖炉の前に、ゆったりとした革張りのソファと肘掛け椅子がいくつか置かれているくらいで、あとは大きな家具はない。
だが、フロアスタンドや精緻な彫刻を施した壁際のコンソールテーブルは、どれも歴史の重みを感じさせる一級の工芸品。
コンソールテーブルには大きな花瓶が載っていて、純白のダリアがこんもりと活けられている。
カタリナは、窓を背にした肘掛け椅子に座り、ルシアンはソファに座った。
ソレルは、すみっこの肘掛け椅子で小さくなる。
すぐに、アドバンがコーヒーを運んでくる。
ゼルダが、メレンゲ菓子を盛った小皿をルシアンとソレルの前に置いた。
カタリナの前には、アーモンドと胡桃、枝付きの干しブドウ。
フィンガーボウルも添えられている。
そういえば、カタリナは、甘い菓子をほとんど食べない。
「しかし、妙なことになりましたね。
手紙を入れた帽子箱がなくなっていた以上、レディ・ジョルジェットに手紙を出したことがある人物が怪しい。
だが、はっきりアリバイがあるのは、使用人を除けばソレル君くらいだ。
公爵夫妻やレディ・イレーナにも、可能性があるという話になってしまう」
一息ついたところで、ルシアンが言い始めた。
「へ? アリバイがあるのが私だけって??」
ソレルは面食らった。
「伯父様は、本館2階の書斎から、18時半にクレールと従僕を下がらせて、20時近くまで執筆。
やろうと思えば、誰にも見られずに現場まで行き来できなくもない。
伯母様は主棟2階の主寝室で晩餐の支度をされていたけれど、侍女に伯父様の様子を見に行かせたりして、19時半前後は一人だった。
現場は同じ主棟の1階だもの。
離れているとはいえ、10分もあれば行って殴って帰れるでしょ
手紙が入った帽子箱を持ち出すのは、あらかじめ場所を知っていないと厳しいかもだけど」
優雅にコーヒーを飲みながら、カタリナもしれっと言う。
「そして、わたくしもアリバイは微妙ね。
着付けを手伝ってくれたのは、ゼルダだけだから。
ゼルダなら、わたくしが誰を殺しても、アリバイの偽証から証拠隠滅まで、まるっとやってのけるわ」
後ろで待機しているゼルダが、誇らしげな顔になって一揖した。
いや、そういう褒められ方を誇っていいのだろうか。
「面倒よね。わたくし達貴族は、本当の感情を隠すことに慣れている。
憎くて憎くて殺しておいて、心から悲しんでいるようにみせることくらい、普通にできるわ。
ま、全員そうできるとは言わないけれど」
カタリナは、さらに不穏なことを呟く。
ソレルは首を傾げた。
「そういうものなんですか?
レディ・イレーナは、不快に思えば、はっきりおっしゃるタイプのように見受けられましたが」
ふふ、とカタリナは笑った。
「彼女こそ、感情の出し入れを自在にできる、典型的な貴族じゃない。
ほら、いかにもフレデリックを心配して逆上している風に大騒ぎして、カトー大尉を追い払ったでしょ?
心配なんて、全然してなかったのに」
そうか。そうだった。
ソレルは納得するしかなかった。
「……レディ・カタリナ。一つ気になっていることがあります。
第一発見者のクレールが、妙に長い間、現場で一人きりだった件ですが。
本当は犯人を見かけて、かばうために工作しようとした可能性もあるのでは?」
ルシアンが、とんでもないことを言い出した。
「そうね……可能性があるかないかで言えば、あるとしか言いようがない状況よね」
さらっとカタリナは頷き、ソレルは慌てた。
「え。じゃ、じゃあ、クレールさんを保護しなくていいんですか!?
それこそ犯人が口封じしてくる展開だってあるでしょう?」
「それはないと思うわ。
彼女がかばってるとしたら、伯父様か伯母様でしょうし」
カタリナは素っ気なく言って、胡桃を口に放り込んだ。
「レディ・イレーナやフレデリック卿なら、かばわないと?」
「だって、カトー大尉はたまたまテレサに眼をつけたけれど、クレールが容疑者として拘束される可能性だって十分あったのよ。
あの人、頭の回転は速いし、ずっと伯父様の秘書をしているから、色んな知識もある。
レディ・ジョルジェットを殺したと疑われたら火炙りになりかねないって、十分わかってるでしょ。
それでもかばうとしたら、伯父様か伯母様しか考えられないわ」
「なるほど」
ルシアンとソレルは頷いた。
しかし、カタリナは、本気で伯父と伯母を疑っているのだろうか。
とても親密な様子だし、捜査をカタリナに委ねたのは公爵夫妻なのに。
このあたりも、感情と利害を切り分ける貴族ならではの感覚なのだろうか。
「ソレル。あなたはなにか気になることはない?」
「あー……」
特にない、と答えかけて、ソレルは人魂のことを思い出した。
「そのー……あのー……」
「なによ。さっさと言いなさいよ」
カタリナは、せかしてくる。
「き、昨日の夜。人魂的なものを見たんですが……」
「はぁ!? なによそれ?」
カタリナは叫び、ルシアンは半笑いした。
言わなければよかったと後悔しながら、ソレルはあわあわと言い訳するように両手を動かす。
「い、いやその。夜中に目が覚めてしまって。
カーテンが開きっぱなしだったので、閉めようとしたんですよ。
そしたら、右手にぼうっと青白い光が」
カタリナは、ドン引きした顔のまま考え込んだ。
「……場所はどのあたり?」
「真っ暗で距離感はわからなかったんですが、方向としてはレディ・ジョルジェットの部屋の方かな……と」
「何時頃?」
「あ、朝の三時です」
「……もしかして、誰かがレディ・ジョルジェットの部屋を漁っていたんでしょうか?」
ルシアンがカタリナに訊ねた。
「いいえ。あの部屋には、伯父様が見張りを立てていたもの。
勝手に入り込むことは、できなかったはず」
首を横に振ったカタリナは、はっと目を上げた。
「そうだわ。事件当時、窓は開いていた……
もし、犯人が彼女と揉みあったはずみに、決定的な証拠が窓の外に飛んだとしたら?」
「え?」
「あの部屋から直接庭に出ることはできないし、距離があるとはいえ、客室棟には灯りがついていた。
ソレル、あなたが支度をしていた頃だもの。
犯人は、回収を見送るしかなかった。
そして、皆が寝静まった頃に、密かに戻ってきて探す。
もちろん、真っ暗な雨の夜なのだから、灯りをつけてね」
「あ? あああああああ!?」
「ソレル。あなたが見たのは、犯人が証拠を探すためにつけた灯りだったのよ!」
カタリナは、いきなり立ち上がると外へ走り出した。
アドバンとゼルダが、すぐに後を追う。
一拍遅れて、ルシアンとソレルも追いかけた。
「ソレル! あなたは自分の部屋から、どの方向に光が見えたのか教えてちょうだい!」
だだだっと階段を駆け降りながら、カタリナはソレルに叫ぶ。
「は、はい!」
ソレルは庭へ出るカタリナ達と分かれて、自分の部屋へ向かった。
びっくりして控室から顔を出すロジェに、大丈夫だと手を振り、部屋に入る。




