24.ないわ。どこにもない。
「そうは言っても、この城にいない人の昔話をほじくり返してどうするの?」
いや、それは違う。
この城にいる、ベアトリスとイレーナの手紙もあるはずだ。
特に、イレーナとの関係がどのようなものだったのか、彼女からの手紙を読めばわかるかもしれない。
──といっても、言えばイレーナを疑っているのかという話になるから、口にはできないが。
ベアトリスは、さっと立ち上がると手紙が入っている帽子箱を2つ重ね、渡さないとばかりに抱え込んだ。
こうなったら、もう無理だ。
「伯母様。せめて、どなたからの手紙があるのか見せてください」
カタリナが乞うと、しぶしぶベアトリスは、ベッドの上掛けの上に帽子箱を置き、手紙の束を並べはじめた。
手紙の束は、差出人ごとにリボンで括られているので、分厚いものもあれば、薄いものもある。
だいたいは同世代の貴族女性からのもので、ソレルが知っている名前もいくつもあった。
「あら。随分少ないわね」
二十束以上ある手紙を広げて、ベアトリスは戸惑った。
これでも少ないのか。
「わたくしが出した手紙もないし、イレーナのもない。
ああ、コンスタンスの手紙もないわ。
最近、何度かやりとりしていたはずなのに。
そうだ、ドロテアやアガーテ、エマースカの手紙もない」
皆、顔を見合わせた。
「甥御さんの手紙はどうですか?
確か、レディ・ジョルジェットは、甥御さんからの手紙が届いていないかと、毎日、玄関ホールに立ち寄っていらっしゃいましたよね」
ルシアンが訊ねる。
慌てて、ベアトリスは手紙の束を探した。
「……ないわ。エドモン卿の手紙も。
どこにもない。
一体、どういうことなのかしら」
ソレルは首をひねった。
「もしかしたら、犯人が帽子箱ごと手紙を持ち去ったのでは?」
「そういうことなのかしら……
でも、なぜ?」
ベアトリスは呆然と呟く。
犯人に、自分の手紙も持ち去られたとなると、気味が悪いだろう。
「つまり……
カトー大尉の言う強盗とやらは、鍵もかかっていない宝石箱には手をつけず。
襟飾り一枚とドイリーを一枚、手紙が入った帽子箱を一つ持ち出して。
さっさと見つけてくれと言わんばかりにドアを開いたまま逃げた、ってことになるのかしら。
なかなか……これは、めちゃくちゃだわ」
カタリナは腕組みすると、渋い顔で言った。
ベアトリスは、だいぶ疲れてしまった様子だ。
ルシアンが部屋まで送っていこうと申し出た。
手紙や盗品が入った帽子箱は、アドバンがうやうやしく抱えていく。
その間に、カタリナはゼルダを呼び入れた。
貴族女性が用いる身の回りのものに不審な点がないか、下着入れやバスルームも含めてチェックさせる。
ゼルダは、一通り見て回って、特に問題はないと報告した。
身の回りの品など、いずれも古びてはいるが、良品ばかりだとかで、貴族女性としての矜持を失っていなかったようだとカタリナと話していた。
ルシアンが戻ってきたところで、カタリナは、控えの間で失神してしまったメイドのアリエルに話を聞きたいと言い出した。
彼女は、医務室で休んでいるという。
遣いを出すと、短時間なら良いという返事。
主棟つきのメイドの案内で、どやどやと向かうことになった。
彼女自身は、昨夜、主棟の一階で待機していたが、なにも気づかなかったという。
19時過ぎにイレーナの着替えの手伝いに呼ばれたが、特に変わったこともなかったとのことだった。
使用人用の医務室は、本館の三階。
二階の、目立たないところにある階段の踊り場を折り返したところから、別世界だった。
清潔に保たれているものの、内装はごくあっさり。
1階や2階と比べると、天井は明らかに低く、廊下の幅も狭い。
もともと窓が小さいせいもあって、監獄感もほんのりある。
薄暗い半地下よりは、マシだが。
カタリナ達のような貴族が使用人用の区画に立ち入るのは、普通はないことだ。
昼前とあって三階にいる者は少なかったが、それでも従僕がぎょっとした顔で飛び退き、慌ててお辞儀をする一幕もあった。
医務室といっても、医師が常駐しているわけではない。
住み込みの看護婦が二人いて、簡単な傷や風邪の手当をしてくれるそうだ。
看護婦では処置できない怪我や病気なら、町から医者を呼ぶ。
医務室まで行くと表に看護婦が待っていて、隣の病室に案内してくれた。
アリエルは、ベッドが四台並んだ病室の奥にいた。
幸い、他に病人はいないようだ。
寝間着に夏用のカーディガンを羽織ったアリエルは、ベッドに座っていた。
髪は、ざっくりお団子にしている。
まだ顔色は良くない。
「押しかけてきて、ごめんなさいね」
言いながら、カタリナがずいと前に出る。
ベッドの向こうに回った看護婦が圧の強い視線を向けてきて、ルシアンとソレルは近寄らずに距離を置いて留まった。
ま、男性が身内でもない女性のこんな姿を見るのは好ましくない。
「い、いいいいえ。その……こんな格好で、すみません」
アリエルは、強張った顔でおどおどと言うと、カーディガンをかき寄せた。
「私……怪しい人影とか、物音とか、なにも気づかなかったんですけど……」
視線が泳ぎまくりだ。
こんな態度では、カトー大尉に「よしッ! わかったッ! お前が犯人だッ!」をキメられるのではないかと、ソレルは心配になった。
「それは報告してもらったけれど。
あなたがどう行動したのか、なにを見たのか、そのままを知りたいのよ」
カタリナは丸椅子を引き寄せて、勝手に座った。
「あなたは、控えの間からレディ・ジョルジェットとクレールの様子を見に行くことになった。
どういうルートで、向かったのかしら?」
「それは、普通に使用人用の通路を使って……
まず、クレールさんのお部屋をのぞきに行きました。
そちらの方が近かったので」
「さっき、わたくし達も彼女の部屋のあたりを見に行ったわ。
半地下だし、ちょっと暗いところよね」
「は、はい。そうです。
もう夜になっていましたし、階段の下を覗いてみるとほぼ真っ暗でした。
なので、降りずにジョルジェット様のお部屋に行きました」
ソレルは半地下の区画を思い出した。
扉にはそれぞれ、すりガラスが嵌っていたから、誰かいるなら廊下にも灯りが漏れていたはずだ。
今、日没は19時半前くらい。
クレールが自室の灯りをつけずにバスルームに行ったのなら、灯りがなかったのも頷ける。
「扉は閉まっていたの?」
「はい。ノックをしました。
お返事はなかったのですが、なんていうか……気配が動いたような気がして。
開けてみると、ジョルジェット様のお身体と、こちらに背を向けてるクレールさんが見えました」
「なるほど。どんな風に見えたのかしら」
「最初は、屈み込んでるクレールさんの髪で、ジョルジェット様のお顔のあたりは見えてなかったんです。
なにがどうなってるのか、全然わからなくて、どうしたんですかとか聞いたんだと思います。
クレールさんが振り返って、そうしたら、その。お顔や、血が……見えて」
凄惨な死に顔を思い出したのか、一気にアリエルの顔色が悪くなった。
「そうだったのね……
それから?」
穏やかな声で、カタリナはそっと促した。
「私、悲鳴を上げたんだと思います。
そうしたら、クレールさんが、ジョルジェット様が殺された、強盗だ、閣下に知らせなさいって。
凄い怖い顔で、早く!って叱られて。
頭がくらくらして倒れそうだったですけど、なんとか控えの間まで壁伝いに戻りました」
正餐室は、主棟とは逆側、本館の北側にある。
アリエルが戻って来るのが、やたらと遅かったのはそういうことか。
「可哀想に。あの部屋から控えの間じゃ、かなり距離があるわ。
誰かいたら、助けてもらえたのにね」
アリエルは、しくしく泣き始めた。
「あの時は、ちょうど晩餐の時だったし、人の気配が全然なくて……しんとしてて、怖かったです。
あんなに、この城が怖いと思ったことはありません」
看護婦がアリエルの肩に手をかけてなだめながら、カタリナに向かって首を横に振る。
このへんでやめておけという合図だ。
だがアリエルは、カタリナに訴えるような眼を向けた。
「あの、カタリナ様。
私、大丈夫ですよね?」
「大丈夫って?」
「テレサさんは、なにもしていないのに犯人だって疑われたんでしょう?
私も、疑われたりしないでしょうか?」
「疑われたりしないわ。あなたのアリバイはちゃんと確認されている。
夕方はずっと本館で仕事をしていたのを、何人も見てるんだから」
カタリナは苦笑した。
「でも! でも! ほんとはお前がやったんだろってならないですか!?」
平民が貴族を殺せば、普通は火炙り。
他のメイドよりも事件と関わってしまったアリエルは、不安なのだろう。
「大丈夫。わたくし、シムノー公爵家の『黄薔薇の乙女』になったの。
公爵家の女性を守る、女騎士みたいなものよ。
だから、伯母様やあなた達は、このサン・ラザール公爵令嬢カタリナが守ってみせるわ」
カタリナは、きっぱりと言い切った。
アリエルは、少しほっとしたような顔になり、「どうか、よろしくお願いいたします」と深々と頭を下げた。




