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23.黄薔薇の乙女

 ぽんと、ルシアンが両手を叩いた。


「なるほど。それで彼女だけが、レディ・ジョルジェットの悲鳴? を聞いたのですね」


「そうね。そういうことだったのね」


 カタリナは出てくると、無意識に扉を閉めようとした。

 が、閉まらない。

 アドバンが手を貸すが、しっかり閉めるなら扉を持ち上げるようにしなければならないようだ。

 これでは、鍵がちゃんと掛かるかどうかも怪しい。


「古い館では、かまちが歪んで建付けが悪くなるのはやむを得ないことですが。

 ご婦人のバスルームで、これはよろしくないですね」


 アドバンは眉を寄せた。

 この執事、紳士の装いだけでなく、館の営繕にも一家言あるようだ。


「あの、そこは開けっ放しにすることになっておりますので……」


 要は閉めないでくれと、メイドがおずおずと言う。


 どっちにしろ、使った後は開けっ放しにしているのだから、扉が歪んでいようが框が歪んでいようが、ジョルジェットが殺された物音が、クレールに聞こえたことに変わりはない。


「ところでクレールさんは、どうしているんですか?」


 ソレルは、声を潜めてメイドに訊ねた。

 今更だが、居室で寝ているのなら、近くでごちゃごちゃするのは良くないだろう。


「クレールさんは、閣下のおそばです。

 あちこちに連絡をしなければなりませんし」


 昨日はあんなにショックを受けていたのに、もう仕事をしているのか。

 仕事をした方が、気が紛れるのかもしれないが。


 ついでに、昨日失神してしまったメイドはどうしているのか訊ねると、三階にある使用人用の医務室で休んでいると教えてくれた。

 ああ、彼女にも話を聞かないと、とカタリナが言う。


 ついでに、クレールの部屋とテレサの部屋の位置も確認した。

 幸い、扉の脇には、名札がかけられている。

 部屋は全部で7部屋あるが、3部屋空きがあるようだ。


 クレールの部屋は、浴室から2部屋目。


 部屋と部屋の間は、客室棟などよりだいぶ狭い。

 大学寮の個室とたいして変わらないくらいの広さのようだ。

 廊下には装飾もほとんどなく、そのあたりも大学寮っぽい。


 テレサの部屋は、一番奥だった。

 この配置だと、うたた寝していたテレサは、クレールがシャワーを浴びたり部屋を出入りしても目が覚めなかっただろう。




 というわけで、いよいよ本命のジョルジェットの部屋の調査なのだが。


 カタリナは、テレサの立ち会いを希望した。

 だが、カトー大尉がテレサが軟禁されている部屋に張り付けた近衛騎士は抵抗した。

 隊長から、テレサをこの部屋から出してはならないと命じられている以上、シムノー公爵家の「黄薔薇の乙女」の要望であっても、移動はさせられないと頑強に主張したのだ。

 面会も、自分の判断では許可できないと言う。


 「黄薔薇の乙女」とは、公爵がカタリナに用意した称号。

 女性騎士が正式に認められる以前、王家が武に長けた侍女や女官に「白薔薇の乙女」「紅薔薇の乙女」といった称号を与え、警備や護衛を担わせていた古例に則ったものだそうだ。

 なんともみやびな称号だが、乙女? カタリナが乙女? とソレルは内心、首を傾げてしまった。

 顔に出たのか、カタリナに「なにか文句でもあるの?」と言わんばかりに睨まれてしまったが。


 仕方ないので、主棟に戻ったカタリナはベアトリスに立ち会ってもらえないか、メイドに伝言させた。

 すぐに喪のドレスを着たベアトリスは降りてきてくれたが、顔色はあまりよくない。


「この部屋に来ることは、そんなになかったのだけれど。

 役に立てるかしら」


「まずは、なくなっているものがあるかどうか確認しませんと。

 伯母様は、レディ・ジョルジェットの宝石やドレスを、ある程度は覚えていらっしゃるでしょう?」


 ベアトリスは頷いた。


 部屋は昨夜のまま。

 飾り棚がちょっと傾いているし、陶器人形が落ちて割れてしまったりしているが、これはテレサが暴れた時のものだ。


 おそるおそる、絨毯に残るジョルジェットの血痕を避けながら、ベアトリスは奥の寝室へ向かおうとして足を止めた。


「このあたり、片付けてはいけないの?」


 窓際のテーブルから落ちたらしい、編みかけの糸や道具が気になるようだ。


「ソレル。カゴがひっくり返っていたことは、記録したわよね?」


「はい」


 ソレルはメモ帳を繰って、頷いた。

 なら良いだろうと、ベアトリスはさっと屈み込んでカゴの中に糸玉や編み針を入れて、テーブルの上に戻す。


「伯母様。これは彼女が編んでいたものなんでしょうか」


「そうでしょう。この糸の取り合わせは、初めて見るけれど……」


 ベアトリスは、編まれた部分をそっと広げてみた。

 

 コスモスのモチーフが、いくつも連なっている。

 白、淡いピンク、赤みの強いピンクと色とりどりで、雄しべの黄色も微妙に異なる色を使い分けている。


「ああ……もしかしたら、来月のわたくしの誕生日にショールを編んでくれていたのかも。

 この間、ショールと扇のどちらが良いか聞かれて、ショールがほしいわって言ったのよ。

 コスモス、この城の周りでも良く咲くから、一緒にスケッチしたこともあるし」


 ベアトリスは、肩を落とした。

 二人の貴婦人の友情の深さに、一同言葉を失う。


「伯母様、少し見せていただけますか?」


 カタリナは編地を受け取り、表裏を返しながらガン見している。

 もしこれを編んでいる最中に襲われたのなら、犯人の痕跡が残っていてもおかしくない。


 カタリナは、いぶかしそうに眉を寄せた。


「伯母様。糸端が編地にくぐらせてあるわ。

 亡くなられた時、編み物はされていなかったのね」


「妙ね。普段、ジョルジェットは編み物や本を読む時だけ老眼鏡を使っていたから、てっきり編み物をしている最中に襲われたのかと思ったけれど」


 ソレルにはよくわからないが、編みかけの糸が解けないように編地に仮固定されているそうだ。

 ベアトリスによれば、少し手間のかかる処理をしているとのこと。

 編み物の最中に突然襲われたのなら、そんなことをしている暇はあるまい。


 しかし、この部屋には、本も雑誌も新聞も見当たらない。


「……寝室を見てみましょう」


 思いに沈んでしまいそうになるのを振り払うように、ベアトリスは寝室へ移った。

 一同、ついていく。


 窓に近いところに、四柱式のベッドと、ナイトテーブル。

 その傍に侍女を呼ぶためのベル紐。

 この部屋の場合は、テレサの部屋につながっているのだろう。


 居間の暖炉のちょうど裏側に、やや小ぶりな暖炉があり、その隣は大きな作り付けの鏡台になっている。

 鏡台の上のブラシや櫛、化粧道具はなぎ倒され、化粧水の瓶が床の上に転がっている。

 だから昨夜、部屋が荒らされているとカタリナは言ったのか。


 この部屋にも、本は見当たらない。


 寝室の廊下側は一面、造り付けのクローゼットになっている。

 ベアトリスは、クローゼットの扉を開いた。


 クローゼットの中は、びっくりするほどがらんとしていた。


 昼用のドレスが三着。

 夜用のドレスは、一昨日の夜に着ていたベージュのふわふわしたドレスと深い緑色のドレス。

 喪服が一着と、乗馬用のドレス。

 靴は、手入れされているが履き古したものが何足か並んでいる。

 上の棚には、帽子箱が5つと紙箱が4つ。


 しかし、ベアトリスは特になくなっているものはないと言う。

 もともと、そんなに物を持っていなかったようだ。


 カタリナが、クローゼットに組み込まれた衣装箪笥の引き出しを開いた。


「凄いわ。レースの襟飾りが、こんなにたくさん」


 引き出しは、どれを開いても丁寧に薄葉紙に挟んだ襟飾りやレース編みのショールが何枚も何枚も収められていた。

 デザインも色も、とりどりだ。


「わたくしのと一緒に、ドレスを作ろうと言ったこともあるのだけれど。

 ジョルジェットは、そこまで甘えられないと言って、テレサと一緒に色んなものを編んで、毎日毎日、雰囲気を変えていたの。

 神殿の慈善バザーにも、必ず出品してくれて……」


 非業の死を遂げた友人の人となりを心に刻むように、ベアトリスは呟いた。


「そうだったんですね……」


 カタリナは、ドレスの襟をめくった。

 昨夜、テレサが言っていたように、襟裏にはループが前中心、後ろ中心、両肩線の計4箇所つけられている。

 襟飾り側には、小さなボタン。

 カタリナは比較的シンプルな襟飾りを、ドレスに実際にくっつけてみた。

 軽く引っ張ってみるが、それくらいでは外れない。


「相当引っ張らないと、これはとれないわね……」


 カタリナは考え込みながら襟飾りを元に戻すと、今度は鏡台の引き出しをそっと開けていった。

 一番下の深い引き出しに、鍵つきの宝石箱が入っている。


 カタリナは、宝石箱を鏡台の上に出した。

 試しに開くと、宝石箱は苦もなく開く。


「鍵の代わりに、封印魔法で閉じていらしたみたいね」


 封印魔法とは魔力を持つ者の多くが使えるもので、名前の通り、箱や封筒、扉などを魔法で封印するものだ。

 術者よりも魔力が強い者なら、無理に開けることもできるが、破られたことはすぐに術者に伝わる。

 宝石箱のように日常的に開け閉めするものなら、封印魔法を使った方が、鍵の管理をするより断然便利だ。

 ただし、術者が亡くなれば、封印魔法は解けてしまう──


 ベルベットのクッションの上に、指輪やブローチ、ネックレスが整然と並んでいた。

 貴族の女性としては数が寂しいし、大きな石のついたものもない。

 おそらく、金に困った時に換金性の高いものを処分して、思い出の品を手元に残していたのだろう。

 ベアトリスは、自分が贈ったカメオのブローチを見つけて、涙ぐんでいる。

 宝石類も、なくなっているものはないそうだ。


 やはり、これは強盗ではないとソレルは確信した。


 犯人が、ここまで来たのなら、一番価値のある宝石箱に手をつけないはずがない。

 

 しかし、犯人が寝室に入らなかったのなら、なぜ鏡台の上が荒らされていたのだろう。


「……例の帽子箱を探してみませんか?」


 そっと、ルシアンが提案した。


「お願いするわ」


 カタリナは、すすり泣いているベアトリスの肩に手をかけて慰めている。

 ルシアンとソレルは、クローゼット上部にある棚から静かに帽子箱を下ろした。


「……あれ?」


 普通に、帽子が入っているものが3つ。

 そして、手紙の束が入っているものが2つ。

 肝心の、盗品を貯めた帽子箱がない。

 紙箱か? と下ろしてみたが、こちらはすべてレース糸や毛糸、モチーフ、ビーズなどの資材のようだ。


「その棚、ジョルジェットには手が届かないでしょう。

 どこか、別のところにあるのよ」


 涙をこらえながら、ベアトリスが言う。


 さっそく二人で探す。

 ソレルが、寝台の下をのぞくと、帽子箱があった。


「なるほど……」


 放り込まれていたのは、主に銀製のスプーンやカトラリー類。

 靴かなにかから脱落したビジューや、切れたチェーン、使用人のものらしい安物の指輪などもいくつか混ざっている。

 銀食器以外はがらくたばかりで、特に引っかかるものは見当たらない。


 ベアトリスは、深々とため息をついて顔を上げた。


「ちょうどいいわ。

 それぞれ、持ち主を探して返してしまいましょう」


「ええ。それがいいと思います」


 このままにしておけば、事件調書などに書かれてしまうだろう。

 カタリナもルシアンも頷いた。


「そうだ。手紙も送り主に返さなければ」


 カタリナが慌てた。


「伯母様。お返しするにしても、一度目を通したいのですけれど」


「は? どうしてそんなことを?」


 ベアトリスは、きょとんとしている。


「わたくし、一番わからないのが、レディ・ジョルジェットがなぜ殺されたかなんです。

 お友達からの手紙に、なにか手がかりがあるかもしれないじゃないですか」


 ベアトリスは眉を寄せた。


ノアルスイユ「ちなみに、読者の皆様の世界には、『カタリナ』という名の黄薔薇があるそうです。鮮やかなレモンイエローで、花弁がぎっしり詰まったロゼット咲きと、なかなかド派手な品種だそうで…」(眼鏡くいー)

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― 新着の感想 ―
黄色に輝くロゼット咲きの薔薇、カタリナの画像をさっそく検索いたしました。カタリナ様のイメージぴったりで嬉しいです。
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