21.窓の外の人魂
ベアトリスは、昔はイレーナとジョルジェットは仲が良かったと言っていた。
なのに、今は、ほぼ無視しているような冷たい態度。
たとえば──
昔、道ならぬ恋でもしたイレーナが、ジョルジェットに相談したとする。
恋はやがて醒め、気がつけば、イレーナは自身の名声を汚すような裏事情を握っているジョルジェットを忌避するようになった。
そして、ジョルジェットに脅迫されたか、あるいは彼女にその意図はなくとも、脅迫するつもりだと思い込んだとしたら──
イレーナには、アリバイはある。
だが、侍女は一緒に部屋を出たが、本館で別れたと言っていた。
そこからイレーナが取って返し、ジョルジェットを殺してから、改めて控えの間に向かったとしたらどうだろう。
さっと部屋に入って、室内にある花瓶を掴んで殴り、さっと外に出る。
ギリギリ、間に合ったのかもしれない。
カタリナも同じことに気づいたのか、微妙顔だ。
ルシアンは、しれっとコーヒーを啜っている。
どうも得体のしれない人だ、とソレルは改めて思った。
人当たりも良く、いかにも紳士的なのに、どこか底が知れない感じがある。
というか、彼だって容疑者候補の一人だ。
カタリナは彼を捜査に巻き込むつもりのようだが、本当によいのだろうか。
それともあれか? 有力な容疑者だから、手元で監視しようと、あえて同行させるつもりなのか?
「……ソレル。あなたも、なにか気になることはないのかしら?」
カタリナは、ソレルに振ってきた。
「あー……私も、秘書のクレールさんですね。
19時半に遺体を発見したとしたら、メイドが呼びに行った20時20分過ぎまで1時間弱、遺体と二人きりだったことになります。
ちょっと長いといえば長いですよね。
見るからに繊細なタイプだし、さっきのショック状態は本物だと思いますが」
「そうねぇ。カトー大尉がテレサに目をつけなければ、真っ先に犯人扱いされていたと思うわ。
ただ、彼女は伯父様に仕えているんだし、レディ・ジョルジェットとそんなに接点はなかったんじゃないかしら」
「そういうあなたは、なにが気になりますか?」
ルシアンはカタリナに訊ねた。
「クレールの証言もだけれど、襟飾りとドイリーがなくなっているのが。
特に襟飾りね」
「確かに、不審といえば不審ですが……
犯人が殴った時にでも、引っかかったのでは?
カフスボタンなり、ブレスレットなり」
ルシアンは首を傾げた。
「犯人、花瓶で殴っているでしょ?
あの花瓶、30cmくらいはあったし、首を握って胴で殴ったのだから、レディ・ジョルジェットの身体に直接触れたわけじゃないと思うのよ。
もちろん、倒れてから彼女に触れて、そこで引っかかったのかもしれないけれど、あの遺体、ほぼほぼ動かされてなかったじゃない。
明日、テレサに似たような襟飾りを見せてもらうつもりだけど、ああいう襟飾りって、襟の裏側にしっかり留めるから、遺体をひっくり返さなきゃ外せないんじゃないかしら」
ソレルとルシアンは顔を見合わせた。
襟飾りなどつけたことがないので、いまいちピンと来ない。
「ええと、要するに……
レディ・ジョルジェットが立っている状態で、むしり取った可能性が高い、ということですか?」
「じゃないのかな? と思うのよ。
なんでそんなことをしたのか、わからないけれど。
襟飾り自体になにか意味があったのか、それとも全然別の理由なのか……」
三人、揃ってため息をついた。
パズルのピースらしいものは転がっているのだが、欠落が多すぎて、なにをどうつないでいいのか見当もつかない。
「……今夜は、これからどうしますか?」
時計をちらりと見上げて、ルシアンが訊ねた。
時刻は22時過ぎ。
本来なら、晩餐が終わったところだ。
普段なら、これから歓談を楽しむところではあるのだが──
「んむむむむ……
本当は、テレサやクレールの部屋の位置を確認したいのだけれど。
今から、いきなり使用人部屋の近辺をうろうろしたら、怯えさせてしまいそう。
皆、ショックで疲れているでしょうし。
遺体の検分も……明日にしたいわ」
「確かに」
ルシアンは頷いた。
使用人達を慮るカタリナ自身も、表情が曇っている。
いつも背筋を伸ばしているのに、さりげなく背もたれに身を預けているのにソレルは気がついた。
破天荒令嬢と謳われるカタリナだって、生身の女性だ。
さすがに、疲れているのだろう。
昼食の時、ジョルジェットを傷つけてしまい、少しずつ償おうとしていた矢先に、肝心のジョルジェットが殺されてしまったのだし。
と、ここでどやどやと階下から足音が響いた。
アドバンが、さっと様子を見に行く。
「フレデリック卿、バティスト卿のお戻りのようです」
カタリナに報告した後ろから、二人が上がってきた。
二人とも、せっかくの夜会靴が泥まみれだ。
バティストはつんのめりでもしたのか、膝下まで泥が散っている。
「おかえり。どうだった?」
フレデリックは、肩を竦めて両手を広げてみせた。
「どうにもこうにも。
カトー大尉に捕まって、御身を大切にって叱られたよ。
7歳の時、樫の木に登って、降りられなくなった時以来だ」
そういえば、カトー大尉は「フレデリック坊ちゃま」という言い方をしていた。
彼は、この城が最初の任地だったと公爵が言っていたし、イレーナや子どもたちとのつきあいも長いのかもしれない。
「そう。ああ、そうだ。わたくし、この事件の調査をすることになったから。
明日から、よろしくね」
「え」
フレデリックとバティストは、驚いて顔を見合わせた。
「カタリナが捜査するなら百人力だ!
僕も手伝うよ!」
「私もぜひ!」
二人の貴公子は前のめりで協力を表明し、カタリナは「少年探偵団じゃないのよ」と苦笑した。
貴公子達が夜食を食べるのに流れで付き合い、明朝、使用人に配る質問票を作ったりして、なんだかんだで部屋に戻ったのは23時を回っていた。
とにかく、ポマードを落としてさっぱりしたい。
シャワーを浴び、寝間着に着替えたソレルは、灯を消すと、ばたんとベッドに倒れ込んだ。
夢も見ないまま眠り落ちたソレルは、ふと眼が覚めた。
枕元の旅行用時計を見ると、3時だ。
常夜灯のわずかな光を頼りにマッチを見つけて蝋燭を灯し、トイレから戻ったところで、カーテンが開きっぱなしだったことに気づく。
閉めに行くと、雲はまだ低く垂れ込めているのか、外は真っ暗だ。
だが。
ソレルはカーテンを閉めようとして、手を止めた。
ぼうっとしたごく小さな青白い光が、右手の方でゆらゆらと動いている。
眼がどうかしたのかと、ソレルは何度か眼をしぱしぱさせた。
違う。
実際に灯っている光だ。
夏だし、光虫だろうか?
いや、光虫は小川や池など、水場に近いところで群れて飛ぶものだ。
結局、庭園にはまだ降りていないが、朝見た時には、あんなところに水場はなかったはず。
光が見えるのは、ソレルの部屋の南。
公爵夫妻達が眠る主棟は真っ暗だから、距離感が全然掴めないが、ソレルの部屋のすぐ外という感じではない。
それなりに距離がある感じだ。
ちょうど、ジョルジェットの部屋のあたりなのでは──
「ま、まさか……」
人魂か?
突然殺されてしまったジョルジェットの魂が、まだ地上を彷徨っているのか?
ぎょっと固まったソレルが見ているうちに、光はすっと消えてしまう。
ソレルは反射的にシャッとカーテンを閉め、布団の中に立てこもった。




