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20.犯人のあて

 イレーナを送り届けた三人は、本館を経由して客室棟に向かった。


「フレデリック卿達、まだ見つかってないのかしら」


「そのようですね」


 窓から、庭の向こうをうろうろしている近衛騎士達らしき灯が見える。

 雨は止んでいるのが、せめてもの救いだ。


 客室棟に入ったあたりで、アドバンが待っていた。

 1階と同じく、小さなサロン風の空間になっている。


「……大変なことが起きたそうで」


「ええ。わたくしが調査することになったわ。

 正式な立場を貰ってね」


「……お嬢様。どうしてそんなことをお引き受けになったのですか」


 アドバンは苦り切った顔で言う。


「仕方ないじゃない、伯父様がおっしゃるんだもの。

 とにかく、夜食にしましょ。

 ここで一緒にいただくのでいいかしら?

 意見交換もしたいし」


「そうしましょうか」


 ルシアンはカタリナを小サロンのテーブルにエスコートし、自分も座った。

 ソレルも、こそっと座る。


 すぐに、アドバンは夜食を運んで来た。


 まずは、冷菜とサラダをてんこ盛りに盛った皿。

 大きなカップに注がれた、スパイスの効いたガスパーチョ。

 晩餐として出されるはずだったものを、食べやすいようアレンジしたようだ。

 パンも温めなおされている。


 気がつけば、もう21時半を回っている。

 ソレルは、急に空腹を覚えて、ガツガツと食べた。

 遺体をがっつり観察していたカタリナも、しっかり食べている。

 一番、食が進まない様子なのは、ルシアンだった。


 最初の皿が終わったあたりで、アドバンは次の皿を持ってきた。

 蓋を取ったら、食欲をそそる香ばしい香りが漂う。

 トマトソースで和えたパスタに、ほぐした鴨のコンフィを加えたものだ。


 塩気の効いたほろほろの鴨と、濃いめのソースがめちゃくちゃに合う。

 意見交換がどうとか言っていたのに、皆、無言のまま夢中で食べてしまった。


 ようやく腹が落ち着いたところで、コーヒーと桃のブラマンジェが配られる。


「ところでレディ・カタリナ。犯人のあてはあるのですか?」


 ルシアンが単刀直入に訊ねた。


「まさか。いくらなんでも情報が足りないもの。

 お茶と晩餐の間の時間帯に、誰がどう動いていたのかも把握できていないし」


 特にあてはないのか、とソレルは内心がっかりした。

 ま、確かに現時点で言い当てるのは、過去視なり読心術なり、魔法ではどうにもならない超常的な能力が必要そうだ。


「ルシアン卿。逆に、これまでわかったことで、なにか気になることはあります?」


「気になるのは……クレールの証言とレディ・イレーナの証言ですね。

 彼女の証言だと、19時半前後にレディ・ジョルジェットの遺体を発見したことになる。

 その時、扉は少し開いていたとも言っていた」


 ルシアンは考え考え言った。


「しかし、レディ・イレーナと侍女は19時20分頃、レディ・ジョルジェットの部屋の前を通って、異状はなかったと言っている。

 レディ・イレーナの通過が先、犯行が後、その直後、クレールが来たとすると、矛盾しませんが……

 出来事が詰まりすぎている気もする。

 少しタイミングがズレていたら、犯人はレディ・イレーナと出くわしていたかもしれない」


「それとも、犯行が先で、犯人はイレーナ様が本館に行くのを部屋の中で待ってから、抜け出したか。

 どちらにせよ、イレーナ様が19時半までに本館へ向かうことは、この城の者には容易に推測できたはず。

 犯人が内情を知っているのなら、危ない橋を渡ってるのよね」


「え? 『内情を知っているのなら』って、レディ・カタリナは外部犯も想定しているのですか?」


 ソレルは引っかかった。

 てっきり、内部の者だと思っていた。


 うううむ、とカタリナは考え込む。


「外部か内部かで言えば、内部でしょ。

 社交界ではほぼ消えている彼女を、わざわざ外から殺しに来る者がいるとは思えないし。

 けれど、この城、こっそり入ろうと思えば入れなくもないのよね。

 今の段階では、一応、可能性はみておかないと」


 カタリナは、城の周辺の様子をざっくり説明してくれた。


 城の南東から北西にかけて、街道に面しているところは、大人の背の高さの石垣が続いている。

 北は、まぁまぁ高い崖になっている。

 ただし、草地と森が広がる東北から南東にかけては、石垣や空堀がだいぶ崩れているところもあり、気づかず紛れ込んでくる者もいるという。

 近衛騎士が詰めているのは、基本的には街道沿いにある検問所。

 もちろん、城の周辺の巡回はしているが、隙をついて接近することはできなくもない。


「じゃ、強盗説もありえるといえばありえるんですか?」


「それはどうかしら。

 部屋はいくつもあるのに、よりによって人がいる部屋を襲うの?

 普通は、人がいない部屋で金目の物を漁るのものなんじゃない?」


「確かに」


 ルシアンは頷いた。


「仮に、レディ・ジョルジェットがたまたま席を外していた隙に、無人だと思った強盗が入り込み、そこに彼女が戻ってきた……としても、相手は身動きしにくい晩餐用のドレスを着たほんわかマダムよ?

 普通に、入り込んだところから逃げればいいじゃない。

 わざわざ花瓶で殴りつける必要もないでしょ」


「あー……そうですね」


 ソレルも納得した。


「ま、パニックに陥ってやってしまったという可能性もゼロではないけれど、そっちはフレデリック卿やカトー大尉になんとかしてもらうとして……

 なにがわからないって、犯人の動機よ。

 レディ・ジョルジェットを殺さなきゃならない理由が、全然思いつかないわ。

 殺人なんて、喧嘩してカッとなって殺してしまったみたいなのは別として、基本的には金か色恋でしょ?

 あとは、恨みとか?」


 カタリナは、ぶっちゃけたことを言い始めた。

 その背後で、アドバンがしかめっ面をしている。


「彼女には、たいした資産はなかったようですし。

 色恋は……考えにくいですね」


 ルシアンが苦笑しながら頷いた。


「いやいやいや。そうとは限らないです。

 入社してしばらくの間、警察廻りをしたり、裁判の傍聴記事を書いていたんですが。

 中高年の男女の三角関係から殺人、とか、なにげにありますよ。

 それに、三年前だったか、わずかな遺贈を目当てに、真面目だと思われていた従僕が主人を殺した事件もありましたし」


「あー……あったわね」


 カタリナは頷いた。


「なら、金銭目的、色恋のトラブルもありえるとして……

 あとは……恨み、それに口封じ、かしら。

 ほら、推理小説でよくあるじゃない。

 小間使がたまたま犯人の不審な行動を目撃していたために、殺されてしまう、とか」


 と言われても、別にこの城で殺人事件が起きていたわけではない。


 だが、ルシアンは頷いた。


「なるほど。公爵夫人のお話では、レディ・ジョルジェットは共感性が高く、プライベートなことを相談されやすい女性だったようでしたし。

 うっかり彼女に打ち明けてしまったことが、後から脅威となってしまった……

 そんなこともあるかもしれませんね」


 ソレルはぎょっとした。


 ルシアンは淡々と言うが、その説明で思い当たるのはイレーナだ。


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― 新着の感想 ―
 美味しそう……夜食めっちゃ美味しそう……!  特にトマトソースパスタ鴨のコンフィ和え、食べたくて仕方ありません。  このシーンを見てから、「鴨のコンフィ レストラン」で検索しています。どこも高いので…
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