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19.不愉快なこと

「……カタリナ。なんとかならないか?」


「なんとかって……伯父様。

 まさか、わたくしに犯人を見つけろとおっしゃるの?」


 カタリナは、呆れ顔で聞き返した。


「そうだ。このままでは、テレサが起訴されかねない。

 トレヴィーユ荘事件のほかにも、お前はいくつか事件を解決しているのだろう?」


 は? とイレーナが片眉を上げて、カタリナを二度見した。

 カタリナは、深々とため息をついた。


「確かに、わたくし、何度かそういう役回りになったことはあります。

 でも今までは、身内の間で収められる状況だったから、なんとかなったようなもの。

 この事件、もう内々では収められないじゃないですか」


「……無理だというのか?」


 カタリナは、小さく頷いた。


「はっきりした証拠がなければ、あの頭の硬そうな大尉は説得できません。

 それが見つけられるかどうか……」


「レディ・カタリナ。あなたもテレサが犯人だとは思っていないのですね?」


 ルシアンが、少し身を乗り出して訊ねた。


「……ええ。彼女がうたた寝をしていたというのは、本当でしょう。

 頬に、変な筋がついていたのよ。

 きっと、枕の皺かなにかね」


 ああ、と皆、嘆声をこぼして顔を見合わせた。

 確かに、ソレルも見た。


「それに、カトー大尉が言うように、お茶の時間に殺していたとしたら、とっくの昔に全力で逃げているはず。

 よほどの馬鹿でなければ、発見が遅れるように小細工の一つもするでしょう。

 レディ・ジョルジェットが晩餐は失礼したいと言っていると誰かに伝えておくだけでも、しばらく時間が稼げるはず。

 あの部屋の扉を開けたまま、ぬけぬけとうたた寝していただなんて、いくらなんでもありえない。

 アリバイ造りのために、わざとそんな跡をつけたのなら、誰かに気づいて貰うように誘導していたでしょうし」


「なるほど。だがしかし、真犯人を明らかにしない限り、カトー大尉は納得しないでしょう。

 このままでは、テレサは罪に問われることになる」


 その先は、テレサの身分が平民なら火炙り、貴族籍があるなら絞首刑だ。

 減刑された判例はなくもないが、自首した場合に限られる。


「もし、レディ・カタリナが動かれるのなら、私も及ばずながらお助けしたいと思いますが」


 ルシアンの言葉に、カタリナは黙り込んだ。


「カタリナ、お願いよ。

 テレサが犠牲になるのは間違っている。

 それに、可哀想なジョルジェットをあんな目に遭わせた者が、のうのうと大手を振って生きていくだなんて、わたくし許せない」


 ベアトリスも切々と訴える。

 

「……いつまでに、真犯人がわかればいいんですか?」


 硬い表情のまま、カタリナは公爵に訊ねた。


「検死審問の時には、目処がついていた方がいい。

 審問は、明日、告示するとして……

 少なくとも、明々後日(しあさって)には開かねば」


 検死審問とは、事件性が疑われる死体が見つかった時に開かれるものだ。

 陪審員の前で証拠や証言が示され、殺人だったのか、事故死だったのかなどを判断する。

 これが終わらないと、遺体を埋葬することができない。


「御前。今回の事件では、御前も故人の関係者とみなされるはずです。

 判事は、近隣の者に頼まねば」


 傍にいた執事が、公爵に耳打ちした。

 検死審問の判事は、貴族もしくはその地域の首長が務めることになっている。


「そうか。早急に動かねばならんな。

 誰に頼むべきか……」


 公爵は考え込んだ。


「あなた、ジョルジェットの兄君にも連絡しなければ。

 甥のエドモン卿にも。

 彼は、ジョルジェットの唯一の相続人なのですし」


 ベアトリスが、心配そうに言い出した。


 ジョルジェットの場合、婚家とは縁が切れていたようだし、生家が引き取って先祖代々の廟に葬るべきところだが、それもどうなるのかわからない。

 いずれにせよ、こちらでいったん仮の葬儀をするしかないが、その手配もどうすればいいのか。

 遺言の執行の問題もある。

 公爵夫妻には、あれやこれやと煩瑣な手続きが降り掛かってきそうだ。


 意を決したように、カタリナが眼を上げた。


「……伯父様、伯母様。

 わたくし、誰があんなことをしたのか、調べてみます」


「おお!」


「もちろん、真犯人を明らかにするとお約束はできません。

 それに……かえって不愉快なことになるかもしれませんけれど」


 ほっとした公爵夫妻に、カタリナは釘を刺した。


 不愉快なこと。

 つまり、公爵夫妻と親しい者が、ジョルジェットを殺したのかもしれないということだ。


 公爵夫妻は、戸惑ったように顔を見合わせる。


「いくつか、お願いしたいこともあります。

 まず、明日の朝一で、庭師や馬丁など外回りの者も含めて、全使用人に、今日の午後、どこでなにをしていたのか、誰と一緒にいたのか、いつもと違う出来事がなかったか、すべて書き出させてください。

 これは、仲間内でおしゃべりしながら書くのではなく、一人ひとりで書くよう、徹底していただきたいと思います。

 人の記憶なんて、簡単に引きずられますから」


「あ、ああ。わかった」


 公爵は、気圧されたように頷いた。

 カタリナは「書式は寝る前に届けさせるから」と執事に言い、執事が「承りました」と頭を下げる。


 本気だ。

 カタリナは、本気で捜査するつもりだ。


 しかし大丈夫なのだろうか。


 確かに、カタリナは、ソレルの眼の前で30年前の毒殺事件を解決した。

 だがあの時は、残された令嬢の日記から、関係者の心理を読み解いた、安楽椅子探偵的な立ち位置。

 たくさん使用人がいる大きな城で、物証を中心に捜査するのとは話が違う。


「それから、わたくしに公爵家の仮の職位をください。

 関係者に質問し、証拠を集められるような……『特任捜査官』とかなんとか、そんな名目で。

 カトー大尉に対抗するには、正式な立場が必要です」


 ソレルの懸念をよそに、カタリナは淡々と要求した。


「職位か……

 わかった。なにか考えて、朝一で辞令を作ろう」


 公爵は頷いた。


「しかし、カタリナ。いくら使用人でも、個人の私物を勝手に暴くのは好ましくない。

 警察だって、市民に対して、そんなことはしないのだから。

 このサロンのような、皆で使う部屋や、故人の部屋は自由に捜査して構わない。

 だが、私的な空間を捜索する必要が出てきたら、私に説明してからにしてほしい」


 む、とカタリナは眉を寄せた。


 今からでも、城の中を根こそぎ家探しして、なくなった襟飾りやドイリーが誰かの私物から出てくれば、犯人だと指弾できる。

 だが、それはダメだと公爵は縛りをかけてきたのだ。

 もちろん、正当な縛りではあるのだが。


「わかりました。

 では、城内の巡回警備を強化し、ゴミのチェックもしっかりやらせてください」


「警備はわかるが……ゴミ?」


「レディ・ジョルジェットの襟飾りとドイリーがなくなっています。

 他にも、なくなっているものがあるのかも。

 犯人が持ち去ったものの、手元に置いておくのはマズいと、処分しようとするかもしれません」


 カタリナは、内部犯説を採っているようだ。


「そうか。わかった」


「では、今夜はこれで。

 お部屋で、夜食をいただいて休みます。

 明日は、朝からフル回転で動かないと」


 カタリナは立ち上がった。

 続いてルシアンも立ち上がって一揖し、ソレルも慌てて真似をする。


「そうだな。私たちも戻ろう。

 イレーナ、部屋を二階に移すか?

 食事は、どうする?」


「……そうね。『ミモザの間』にでも移るわ。

 用意してから、兄様達の居間にお邪魔するわ」


 イレーナの部屋は一階らしい。

 殺人があった部屋と同じフロアで、一人で寝るのはさすがに気味が悪いだろう。


「そうだ。ソレル君。君はどうするんだ。

 君の立場では、記事を書かねばならんだろう」


 腰を上げてから思い出したのか、公爵は不意に射るような眼でソレルを見た。


「……いえ。今の段階でスクープにするつもりはありません。

 公式発表が出た後に、可能であれば独自記事を書きたいとは思いますが」


 ソレルは慎重に答えた。


 「日刊王都新報」は、カタリナがトレヴィーユ荘で開く「サン・ラザール公爵家の至宝展」のチケットの販売や宣伝、グッズの製作も請け負っている。

 ジョルジェット殺しをスクープとして報道すれば、その号の部数は伸びるだろうが、それでカタリナや公爵の信頼を失えば大損。

 ある意味、ソレルと「日刊王都新報」は、既にカタリナとずぶずぶなのだ。


 それに、事件報道は、加害者だけでなく、その家族の人生まで破壊する。

 ルシアンのリュイユール伯爵家だって、ルシアンの叔母マリー・テレーズが毒殺魔だと疑われたために、家が絶える寸前まで追い込まれている。


 誰が、なぜジョルジェットを殺したのか、まだわからない。

 なにが出てくるかわからない以上、安易な行動はできない。


「そうか。ならば、カタリナを助けてやってほしい」


 公爵は頷いた。


 公爵夫妻と別れ、イレーナと一階に降りる。

 イレーナの部屋は、主棟の中庭側で一番本館寄りのジョルジェットの部屋とは反対の外庭を向いた側。

 しかも2つ空き部屋を挟んでいる。

 これだけ離れていては、叫び声など聞こえなかっただろう。

 執事が手配したのか、屈強そうな従僕が一人、廊下に立っている。


 ルシアンが、念の為、二階までお送りしましょうと言い出し、イレーナと侍女が、とりあえず今日寝支度をするのに必要なものを持って来るまで、廊下で待つ。


 こんなこともあろうかと侍女が用意していたのか、すぐにイレーナは出てきた。

 彼女の部屋には、特に異状はないそうだ。


「カタリナ。あなた……本気で事件を調べるつもりなの?」


「ええ。ああそうだ、晩餐の前、控えの間に向かわれたのは何時くらいでした?」


 カタリナはごく軽い調子で訊ねた。


 イレーナは、年配の侍女と顔を見合わせた。


「19時20分すぎです。

 お客様だけおまたせするのは良くないと、早めに出られました。

 私も一緒にお部屋を出て、本館の半地下にある、上級使用人用の食堂に参りました」


 イレーナの視線に促されて、侍女が答える。


「レディ・ジョルジェットの部屋の扉は、開いてました?」


 部屋の配置からして、ジョルジェットの部屋の前を必ず通ったはずだ。


「まさか。先に言っておくと、わたくしはお茶が終わった後、部屋に戻った。

 この人と晩餐の支度の相談をしたり、雑誌をめくったりしていたのだけれど、おかしな物音を聞いた覚えもない。

 あなた、なにか気がついたことはあった?」


「いえ。いつも通り、静かだったとしか……」


 侍女は、首を横に振った。


次回から、しばらくお昼に更新します。

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― 新着の感想 ―
いよいよ我らがカタリナ様の捜査開始ですね! カトー大尉も上手く場を引っ掻き回してくれそうですし、とても楽しみです。
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