31.生きながらの復讐者
倉庫の中に、どよめきが生まれた。
俺を囲う魔王の使徒達は、困惑したように互いを見合い、ヒソヒソと何かを語り合っている。
さっきのルシストの話で、俺が魔王信仰に下ると信じて疑わなかったようだが、当てが外れたな。
「そもそも俺は死霊魔法師。死者を弄んでも、他人の生を弄ぶのは師匠から禁止されてんだ。住民もろとも都市の破壊なんて血迷った計画に、手を出す訳にはいかねえのよ」
他人の生死に手を出さない。
それは、俺をここまで育て上げた師匠の教えだ。
破門されたって、俺は師匠の弟子。
その教えを破ってまで師匠の元に帰ろうなんて、それこそ絶縁してくださいと自ら申し出るようなものだ。
「キミは聖天教を恨まなかったのかい?」
勧誘を断った俺に、ルシストは尋ねてくる。
まるで理解出来ないものを目の当たりにしたように、目を見開いて。
「ただ魔王様と酷似した容姿で生まれた、それだけで僕たちを忌み子と罵り、存在を否定してきた聖天教が、奴等が崇め奉る神が、これっぽっちも憎いと思わなかったのかい?」
捲し立てるように、問い詰めるように、言い寄ってくる。
コイツも自分の勧誘が断られる事はないだろうと踏んでいたのか、動揺を隠せていない様子だ。
「確かに、俺も神は嫌いだ。俺が忌み子に生まれてなかったら、もっと違う人生があったんじゃないか。そう思ったのも、一度や二度じゃねえさ」
ルシストの問い掛けに、俺は少しばかり同意する。
そればかりは、否定しようもない事実だ。
どれだけ仕方ないと諦めても、神に対する怒りが、恨みが、消える訳じゃない。
この仕方ない状況を——忌み子なんていう差別の対象をこの世界に生み出したのは、世界の創造主である神に他ならないから。
それでも——俺はコイツらと、根本的に考えが違う。
「けどな、俺はアンタらみたいに、魔王を有り難がった事も一度だってねえよ。アンタは魔王からの恩恵を受けたと思っているようだが、俺は魔王の存在を迷惑にしか思ってないんでな」
コイツらと俺の、決定的な違いを突き付ける。
俺は魔王の思想とやらにも興味はないし、魔王から祝福されていると思ったこともない。
そんな奴が、どうやって魔王を崇めれば良い?
そもそも黒髪と赤眼を持って生まれた人間の立場を悪くしたのは、他でも無い魔王の愚行じゃないか。
俺がソイツと似た容姿で生まれたからといって、魔王信仰を掲げる義務はない。
だから俺は、コイツらに協力する気は微塵もない。
「アンタの救い主様を否定するようで悪いが、同じ忌み子だからって、俺をアンタらの勝手な思想に巻き込まないでくれ」
もう一度、ハッキリと突っぱねる。
俺は魔王信仰に入信するつもりも、魔王の使徒と手を取るつもりもない、と。
俺の答えを聞いたルシストは、俯いて肩を震わせた。
「……何故だい!何故キミは理解出来ないんだい!神が憎いというのなら、僕達に協力した方が復讐のチャンスがあるじゃないか!何故キミはそうしない!」
荒げた声を張り上げ、そんな戯言をぶつけてくる。
「忌み子だから殺す!魔王様と似ているから迫害する!こんな理不尽を受け入れて、神の敵という汚名を着せられたまま生きていくとでも言うつもりか!」
「——それこそが、俺に出来る神への復讐だからな。どれだけ罵声や理不尽を浴びせられても、俺は天寿を全うするまで生きてやるさ」
ルシストの投げ掛けに、俺は笑って答えてやった。
外道と罵られ、忌み子と蔑まれ、迫害されたままだったとしても、それで良い。
天に向かって中指立てて、『ざまぁみやがれ、クソ神が。俺は此処まで生きたぞ』、そう言い切れる最期なら、何も文句はない。
俺の意志を聞いたルシストは、思わずといった風にたじろいだ。
「……イカれてる。完璧にイカれてるよ……キミ」
ボソリと吐き捨てたそれは、さっき対峙した時の呆れたような言い方ではない。
どれだけ思考を回しても、決して理解出来ない考えを持った相手に向けた罵声。
いや、一種の拒絶、と言っても良いだろう。
「勝手に言ってろ。神に復讐を企てて、無関係なこの都市を滅ぼそうなんて寝ぼけてる連中から拒絶されたって、何のダメージにもならねえよ」
イカれた考えだって事は重々承知。
肯定も理解もされないのは、分かり切ってる。
師匠に『おまえはどう生きていきたいか』と問われてこの答えを出した時も、1時間くらい笑われたしな。
誰に理解されなくても良い。
俺は俺の生きたいように生きて、神に抗ってやるさ。
「つーわけで、コッチはアンタの勧誘には乗らねえし、考え方に賛同もしねえ。やりたきゃ自分らで勝手にやれ。そんで自滅しな」
「……何だと?」
俺の言葉に、ルシストの目が鋭くなる。
「そのままの意味だよ。神に刃を向けるって事は、聖天教に喧嘩を売るって事だ。これまで魔王信仰を謳う団体が、どれだけ奴らに潰されてきたか、知らない訳じゃねえだろ?」
聖天教は、魔王の存在を絶対に許さない。
何しろ生まれて間もない忌み子ですら、浄化という名目で聖火に焚べるような連中だ。
魔王信仰を掲げるという事は、そんな血も涙もない奴等相手に、果たし状を叩き付けるようなもの。
神の名の下、如何なる暴力も厭わない聖職者が、浄化と称した制裁を与えにやってくるのは目に見えている。
「生憎、俺はアンタらを装って、民衆の前で堂々と魔王の使徒を名乗った。その情報はすでに聖天教にまで行き届いてるだろうよ。果たしてアンタらは、『聖女ミカーラ』の聖拳から逃れられるかな」
「フン、『聖天教最凶の聖女』か。偽りの支配者である神の戯言を盲信する雌犬なんか、僕らの敵じゃないさ」
ルシストはそう言うと、俺に向けて手をかざした。
同時に、倉庫に霜が立ち込める。
大気中に、ガラス細工の様な刃物が、数十本。
俺の周りを漂う様に、顕現した。
「さっき、キミと僕は同じ福子だと言ったが、アレは撤回だ」
そのうちの一本が、俺の足に突き刺さる。
「ぐぅっ!!あぁ、クッソ痛ぇな。オイ、やるなら一撃でやれやヘタクソ」
鈍い痛みに呻き声を漏らしながらも、俺はルシストへの挑発をやめない。
「嫌だよ。キミは僕達に喧嘩を売って、あまつさえ魔王様を否定したんだ。その報いは、たっぷり受けてもらうよ」
ルシストは笑いながら、今度は左肩に、氷の刃を突き刺してきた。
「がっ!」
——いいぞ、怒れ。
そのまま冷静さを欠いて、せいぜい俺への報復に頭を使え。
「キミは魔王様からも、腐れ切った神からも見放された、正真正銘の『忌み子』だ。だと言うのにそんな容姿で生まれた、存在そのものが魔王様への冒涜だ!」
左腿、右腿、左の二の腕、右肩。
氷の刃が次々と、俺の体に突き刺さっていく。
痛みで手放しそうな意識を必死で繋ぎ止め、ルシストに嘲笑う顔を見せつける。
——まだだ。
まだ折れるな。
「同胞を持たず、ただの1人にも理解されず、孤独を抱えたまま、この世を彷徨い続けるが良い!キミの大好きな、アンデッドにでもなってな!」
「——んだよ、神を否定するクセに……その教えだけは一丁前に覚えてんだな……ツンデレかよ」
「ッッッッッッッ、このッッッッッッックソヤロォォォォォォォォォォォォ!!!」
あ、やっべ。
意識が朦朧として、煽り加減を間違えた。
天井に届きそうなほどの巨大な氷の刃を見て、俺は自身のミスに気が付いた。
最後の煽りでルシストが完全にプッツンしたようだ。
報復の為の嬲り殺しから、即殺に変更しちまったらしい。
このままじゃ、間に合わないな。
「死ぃぃぃぃぃぃねぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーっっっ!!!」
氷の巨剣が、眼前に迫ってくる。
——悪いな、リブ。
アンタとの契約は、守れそうにない。
氷剣が俺の腹をぶち抜く、その瞬間——
「——このっ、大馬鹿野郎がぁぁぁぁぁっ!!!」
倉庫の窓が割れ、何かが飛び込んでくる。
俺の首根っこを掴み、椅子ごと後ろへ引き摺られる。
俺を貫こうとしていた氷剣は、俺の足元に深く突き刺さり、静止していた。
「……ハハッ、ナイスタイミング……」
俺の襟首を掴み、眉間に皺を寄せるリブの顔に、俺は安堵の笑い声を漏らした。




