30.勧誘
「——起きたまえ。忌み子の死霊魔法師、ネクロ君」
相変わらず柔らかい口調なのにゾッとするほど冷酷な喋り方に、意識が引っ張られる。
目を開けると、俺は椅子に拘束されていた。
足首までガッチリ縛られて、手首を捻る程度にしか動くことが出来ない。
ここは、建物の中か?
光源が足元に置かれたランタンのみで分かりづらいが、見たところ広い倉庫だ。
周囲にフードを被った連中が、俺を囲うようにして見つめている。
ざっと50人くらいか?
で、目の前にはさっきまで相対していた氷結魔法師。
つまり、この場所は——
「……なるほど、アンタら魔王の使徒の活動拠点、てところか?」
「ご名答。ここが僕たち、魔王の使徒が保有する拠点。そして、キミを同志として迎え入れる為の、神聖な契りを交わす場所さ」
あ?
何言ってんだコイツ。
「おいおい、いつ誰が仲間になるって言ったよ。俺はアンタの配下にくだった覚えはないぜ」
そう強めに答える俺に、氷結魔法師は二本指を立てた。
「二つ、キミは勘違いしているようだから教えてあげよう。まず一つ。僕らには配下も陛下もない。皆等しく、志をもって集まった者達だ。そこに上下関係を作るなど、愚の骨頂だよ」
「そうかい。俺が下した雑魚二人とさっきの魔力弾狙撃部隊、あまりにも実力差があったから勘違いしちまったよ」
思わず指摘してやると、周りのフード達が殺気立った。
そのざわめきを、氷結魔法師は手で制する。
「そして二つ目、キミは魔王様そのものを誤解しているようだ。だからこれから、この僕、ルシスト・フロージアが直々に、魔王様の偉大さを教えてあげよう」
あー、そういや俺を凍らせた時に言ってやがったな、そんな事。
「遠慮したいところだな。俺はアンタらの行く末に も、この都市の行く末にも微塵も興味ねえ。だから、さっさとこれ解いて帰してくんね?あと転移場の魔水晶。あれも渡してくれりゃ、アンタらにこれ以上干渉しないでやるよ」
「キミ、自分の置かれている状況を理解した方がいいよ。キミがさっき使っていた蒼炎の魔具、あれは僕らが預かっている。そしてその縄には魔法式構築阻害の効果付き。つまり、今のキミは何も出来ず、僕の話に従うしかないって事だ。分かったかい?」
ルシストの口調は、まるでヤンチャな子供をなだめるようなそれだが、その奥には殺気が渦巻いている。
なるほど。
道理でさっきから死霊魔法を施せねえ訳だ。
手首だけ自由なんで色々試してはみたが、魔力の動きを感じるだけで、魔法式を組む事が出来ない。
確かに、こんな状況じゃ反撃の手も無いな。
「チッ。わーったよ。ホラ、聞いてやるから話せ。時間が惜しい」
だが、あくまで下手に出るつもりはない。
この手の人間は、人の心の操り方を知っているはず。
少しでもこっちの弱みを見せれば、そこに恐怖という支配で無理やり食い込んでくるはずだ。
だから、こっちの精神的な隙は、絶対に見せてやらない。
「まったく……これから同志になる相手だっていうのに、随分と横柄な態度だね。まあいい、それも、僕の話を聞けば変わるはずだ。何故なら、キミは魔王様より恩恵を賜りし、祝福された命、なのだからね」
「——あ?」
——コイツ、今なんて言いやがった?
——忌み子が、生まれて来たことを疎まれ続けて来た俺が、祝福された命だと?
ドス黒い感情が迸り、震えそうになる眉を必死に抑える。
「聖天教は、魔王様の特徴を持って生まれた人間を、等しくゴミのように見下している。穢れた血だと、呪われた霊魂だと、そして……『忌み子』だと!」
ルシストは衝動に任せるように、足元にあったランタンを一つ、蹴り飛ばした。
倉庫の中に、甲高く破砕音が鳴り響く。
「違う!そうではない!奴等が『忌み子』と呼ぶ者は皆、『福子』なのだ!魔王様より受けた恩恵なのだ!英雄などと見当違いに讃えられし愚者によって葬られ、世界から拒絶されてしまった魔王様からの、お恵みなのだ!」
——さっきから訳のわからねえ事をゴチャゴチャと。
煮え沸りそうな頭を、何とか落ち着ける。
「故に!キミには魔王様の意思を受け継ぐ資格がある!否、それはもはや資格ではない!責務だ!魔王様の福子として生を受けたキミの、存在意義なのだ!」
氷結魔法師の演説に、周りの信者達も「そうだ!」と口々に同調する。
俺の心は、砥石で端からガリガリと削られているように、不愉快だった。
——忌み子が、祝福された命だと?
——コイツらは、何を分かったようにほざいてやがる?
それを必死に己の中で押し留めるよう、歯を食いしばる。
ルシストはそんな俺を見て、薄気味悪いほど優しい目を向けて微笑んだ。
「憤っているね。分かるよ。キミの気持ちは痛いほどよく分かる。キミも聖天教の教えなどと騙る妄言に、耐え難い屈辱を受けてきたのだろう。あぁ、そうとも、僕にはよく分かるよ。何故なら——」
氷結魔法師は、自分のフードを取り、素顔を晒した。
丁度いい。
その胸糞悪いニヤケヅラを拝んで、報復対象として忘れないように——
ルシストが剥いだベールの奥には、赤い瞳と黒い髪、そして、焼け跡のようなもので痛ましく傷付けられた左目があった。
「僕も、キミと同じ福子だから」
唖然とした俺に、忌み子は気味が悪い笑みのまま続ける。
「この焼き跡は、聖天教から受けたモノだ。生まれて間もない僕を、母親の手から取り上げて、聖火にくべた。だが、その時に僕は、魔王様の恩恵に目覚めた。強力な魔力と、この氷結魔法を身に宿して下さったんだ」
顔の左側を押さえながら、ルシストはそう言う。
忌み子として生を受けた者は、聖天教によって聖火にくべられ、浄化される。
聞いた事はあった。
そういう方法で、忌み子を排除する地区があると。
「僕の泣き声は聖火を凍らせ、街に氷塊を生やし、聖天教の妄言に操られた愚民共を、氷の世界に閉じ込めた!こうして、僕は救われたんだ!魔王様の導きによって!」
「……」
魔王信仰が、この組織が生まれた原因が、理解できた気がする。
歪みだ。
この世界そのものに蔓延る歪みが、この狂人を生み出したんだ。
神の絶対敵である魔王。
その子孫だ、生まれ変わりだと烙印を押された人間は、たとえ赤子だろうと容赦なく排除される。
「分かったかい?これが忌み子——福子の真実なんだよ。教会が捻じ曲げ、無きものにしようとしている、世界の真理なんだよ」
ルシストは、椅子に縛られた俺の肩に、そっと手を添えた。
「だから魔王様は、300年前、間違った神を引き摺り下ろし、この世界を解放するために、生を受けたんだ。けれど、神に洗脳を受けた聖天教は、愚かにも自分たちを救済してくれる魔王様を、自らの手で滅ぼした」
微笑みながら、魔王の意思を説いてくる。
周りの信者達も、神妙な顔で頷く。
「今度は、僕達魔王の使徒が、魔王様の意思を、大義を、叶えるんだ。その先駆けとして、虚偽に紛れた平和の象徴として栄えるこの都市を、完膚なきまでにぶち壊す。勿論、此処に住まう神に洗脳された愚民も、巻き添えにね」
聖天教が作り出した歪みは、新たな歪みを生む。
穏やかに凪いだ水面に投じた一石が、数々の波紋を作り出すように。
これが、魔王信仰の——魔王の使徒の全貌か。
「キミも分かっただろう?僕達は、魔王様の意思を受け継ぐ為に生まれた、福子なんだと。キミには、僕等と手を取り、聖天教を、神を、滅ぼす使命があるのだと」
納得は出来た。
このルシストが狂気の道に走った動機も、魔王の使徒が都市をぶっ壊そうっていう理由も、そして、その全ての元凶が聖天教が作り出した歪みにあるって事も。
だから俺は——
「悪いな。アンタらのイカれた思想に、手を貸すつもりはない。『リブ。俺の声を辿って、此処へ来い』」
ルシストの提案を突っぱね、ルーツ語で扱いづらいアンデッドの名を呼んだ。




