29.狂人
「一斉射撃」
真ん中に佇む男が合図を出す。
周りに立つ男達が、俺に向けて手を翳した。
——瞬間、俺の体は光弾の雨に晒された。
「ぐわぁぁぁっ!?」
師匠お手製の、ヘル・ブレイズの蒼炎にも耐えたローブを持ってしても、その一撃一撃を完全に受け切ることは出来ない。
光弾を受けた箇所から、骨まで響くような鈍痛が走る。
絶え間なく浴びせられる、ローブ集団からの集中砲火。
このままではヤバい。
——頼むから今だけは大人しくしててくれよ、死霊ども!
「『プロテクトボーンズ』ッ!」
収納魔法から骨を取り出し、正面に防壁を形成する。
ローブの集団が放つ光弾は、骸の壁に阻害された。
——忌ミ子メ!
——死ンデ尚、我ラハ貴様ニ弄バレルノカ!
——外道ガッ!
「クッソ……!」
そこかしこから聞こえる怨嗟の声に、思考が乱される。
やっぱりこの都市内にいる間は、死霊魔法を使うとこうなっちまう。
「フン、下手な小細工だね。旋回っ!」
男の合図に、ローブの集団が正面の屋根から四方の建物に分散し、こちらを狙ってくる。
多方向から囲まれた形で、俺は頭上から狙われる形となった。
「チッ!」
コイツら、隙がない。
さっきの男と同格なんて考えちゃ駄目だ。
仕方ねぇ、こうなったら——
さっきからガヤガヤとうるさい死霊を一つ、手元に手繰り寄せる。
——恨み言は後でいくらでも聞いてやる!だから今は大人しくしてやがれっ!
ソイツに魔力を込め、顔を伏せて頭上一直線に打ち上げる。
青白く光る死霊の球体が、屋根までの高さに到達した。
「『ゴーストフラッシュ』!」
——瞬間、辺りが青白に染まる。
ゴーストボールに過剰な魔力を与え、爆散させて強烈な光を放つ。
死霊魔法師の目眩し戦法だ。
「ぐあっ!?何だっ!?」
「ま、眩しすぎるっ!何だこの光はっ!?」
「目がっ!目が開けられんっ!」
「チッ!悪あがきを!」
突如目の前で発生した閃光に、魔王の使徒達による攻撃の手が、完全に止まる。
——今だっ!
その隙をついて、俺は骸の壁を飛び出した。
怨嗟の声にふらつく頭を押さえながら、路地を駆ける。
「何なんだよあれ!魔力弾なんて王国直属の魔法師団が扱うような超精密魔力操作による攻撃手段を持った集団が居やがるだと?何の冗談だよっ!聖天教は、こんなアホみたいに危険な魔王信仰集団を放置してやがったのか!」
アイツらみたく、魔王の思想に感化された奴等が、魔王を崇拝し、その絶対敵となる聖天教、ひいては神の教えを否定せんとするのが、魔王信仰。
過激な思想を抱える奴が多く、一般人にも被害を出す事から、聖天教が邪教として取り締まり、多くの団体を解体したって話だが……
そんな連中の中に、軍事採用もされる超高等技術の魔力弾を会得してる魔法師が複数人居る?
聖天教の眼を掻い潜って、そこまで組織を拡大したっていうのか?
どうやら魔王の使徒は、他の魔王信仰団体と訳が違うらしい。
素人集団だと甘く見るのはやめだ。
「あーもークソッ!これだから魔王って奴には迷惑してんだよ!300年も経ってるってのに、いつまでも大陸に影響を残しやがって!」
つーか、俺が下した二人と戦力差ありすぎだろ。
何で同じ組織でそこまで優劣ついてんだ。
あんなもん、誰だって素人集団だと思うに決まってんじゃねえか。
まさか、そう思わせるように、わざと戦闘の素人を組織に加えてやがるのか?
とにかく、あんな高等技術を連携して放ってくるような奴等と正面切ってやり合うのは、あまりにも部が悪い。
リブとの勝負は俺の勝ちって確定した訳だし、ここは逃げの一手あるのみ。
入り組んだ路地を疾走する身体が、ブルっと震える。
クソッ、冷や汗かいて体が冷えちまったぜ。
おかげで吐く息も白く——ってはぁ?
「いやいやいやいや!冷や汗程度でそんな事になるもんか!明らかに周りの温度が下がって——」
逃げるための足が、止まる。
目の前に現れた、異常な冷気の正体に、逃げ道を塞がれて。
路地を分断するように出現した、巨大な氷壁。
そこから発生する霜が、外気の熱を奪っていた。
「氷壁創生魔法『コールドラビリンス』。チョロチョロと逃げ回るネズミの退路を奪い、閉じ込める魔法さ」
後ろから、ゾッとするほど冷酷な声。
口調だけは明るいのが、余計に悍ましい。
さっきの集団のリーダー格が、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
コイツ、氷結魔法師だったのか。
「まさか、何の用意も無しに、キミをただ包囲しただけだとでも?取り囲んだネズミが妙な策を講じて、包囲を突破される事も想定済みさ。策はこうやって、二重三重に敷いて、進めていくものなんだよ」
「だとしても……なんつー魔力量だよ……こんな、建物よりデケェ壁を作り出せるなんてよ……」
あまりにも巨大な氷壁を前に、俺は思わず言葉を漏らす。
この氷の大きさは、そのまま施法者の魔力量を表す。
コイツ、下手したら師匠にも届くほどの魔力量なんじゃ……
すると、フードの男はクックックッと喉を鳴らすように笑って見せた。
「当然さ。僕は魔王様に見そめられた、特別な人間だからね。キミのようなちっぽけな魔力しか持たない外道の死霊魔法師風情とは、格が違うんだよ」
「傷つくなぁ……人が気にしてる事を、そんな風に。俺だってまだ鍛錬中なんだよ」
「そんな、修行の身である外道が、なぜ僕らの計画をお釈迦にしてくれたんだい?死ぬ前に聞かせておくれよ」
男の背後に、ガラス細工のような氷塊がいくつも出現する。
先端が剣のように鋭利になっており、殺意むき出しだ。
「……知りたかったのさ。転移場が使えない理由、俺の立てた仮説が、何処まで正しかったかをな」
「……イカれてるね、キミ」
呆れたような、それでいておかしなものを見たような声で、男はそう言う。
今度は俺が、男を笑ってやった。
「イカれてなきゃ、死を弄ぶ魔法を覚えようとするもんかよ」
いつだったか、リブにも似たようなこと言われて、こんな風に返したっけな。
「なるほど、キミの狂気は、死霊魔法が保証してるって訳か」
男はふむふむと呟くと、地面を強く踏み鳴らした。
その靴底から、氷柱が伸びて俺の方に向かってくる。
「でも生憎、僕らの大義は魔法様という絶対的な存在によって保証済みなんだ!下賎な死霊魔法氏のちっぽけな狂気、僕らの、魔王様の大義の元では、何の価値もないんだよ!」
俺は魔具を引き抜き、魔力を流して炎を灯す。
「平穏な都市をぶち壊そうってのが、アンタらの語る大義かよ!アンタも十分イカれてんじゃねえか!」
迫り来る氷柱に、蒼炎をぶつける。
冥界の炎は氷柱を溶かして、水蒸気が立ち込める。
「甘いんだよ、バカが」
男の背後から、氷の刃が飛来する。
「アンタもな」
それが到達する前に、俺は魔具の炎を斬撃に乗せて飛ばす。
こちらに向かってきた氷が瞬時に溶け、水蒸気が押し寄せてくる。
空気の流れに揺られて、俺のフードが脱げた。
俺の素顔を見た男の動きが、止まる。
「……キミ、その目、その髪、まさか……」
「見ての通り、『忌み子』だよ」
どういう訳か動揺を露わにする男に、俺は短く答える。
何だ?
魔王の使徒の間でも、『忌み子』は差別対象か?
ったくホント、敵が多い事この上ないな……
だから俺は師匠の元から離れたくなかったんだよ。
「計画変更だ。想定外だが、まぁ、どのみち宣戦布告は必要な通過点だった。計画が早まったのはいただけないが、目を瞑ろう」
コイツ、さっきから一人で何盛り上がってんだ?
俺に背を向け、ブツブツと何か言ったかと思うと、俺に手を向け、指を鳴らした。
「『フリーズゲージ』」
突如、俺の体が氷塊に覆われる。
「なっ!?」
しまった、完全に油断した!
「キミに教えてあげよう、魔王様の偉大さと、高潔さ。そして如何に、聖天教の教えが無意味で、愚かなのかを」
氷塊の外から、男のくぐもった声が聞こえる。
「っざけんな!ここから出しやがれ!オイ!このイカれ野郎!オイッ!」
クソッ!
体温が奪われて、だんだん意識が……
魔具で解凍を……ダメだ……氷が邪魔で……魔力が……流せない……
氷塊に囚われた俺は、ロクな抵抗も出来ずに意識を手放した。




