28.本命登場
「——止まれ。そこのローブの男」
後ろから声をかけられ、薄暗い路地を徘徊していた足を止める。
「貴様だな。ネクロとかいう、我々を騙ってふざけた宣戦布告をやってくれたのは」
振り返ると、俺と似たり寄ったりな格好をした男が、短剣をこちらに向けていた。
ようやく本命が現れやがったか。
「だったら何だ?」
「知れた事っ!」
男は勢いよく、こちらに突っ込んでくるように駆け出した。
その手に握られているのは、短剣。
——だよな〜。
襲いかかってくる男が突き出した短剣を、魔具の鞘で受け止める。
「貴様っ、何が目的だ!何故我々を騙り、無用な騒ぎを起こそうとする!」
「ハッ!これから命を奪おうって相手に、聞く事じゃねえだろ!」
歯を軋ませながら問いかけてくる男の足を払う。
「うぉっ!?」
「フンッ!」
バランスを崩しよろける男の胸部を、鞘に収めた魔具を叩き付け、殴打する。
「がはっ!?」
勢い余って壁に叩きつけられた男は、よろけながらも立ち上がり、尚も向かってくる。
短剣の扱いは単調。
大振りで切ってくるか、突進するように突き出してくるかの二択。
短剣の特徴である、搦め手のような素振りは一切なし。
テロでも起こそうって連中の割には、刃物の扱いに慣れていない。
こんなザマで、よく俺を暗殺しようとかかって来たもんだな。
「死ねぇーーーい!」
短剣を突き出し、バカみたいに向かってくる男の刺突をいなし、背後から魔具を当てがい、地面に叩きつける。
男は短く悲鳴をあげ、短剣を手放した。
それを遠くに蹴り飛ばし、男が逃げられないように強く押さえ込む。
「逆に聞きてえのはこっちの方だ。アンタら、何を考えてこの都市で魔王の使徒を名乗る?」
「き……さま、騎士団の、手先か!?」
「ンな訳ねえだろ。正義の騎士団様が、市民の不安を煽るような行動を起こすもんか。俺は通りすがりの魔法師。転移場が使えねえってんで迷惑を被ってる、ただの旅人だ」
「ならば……目的は魔水晶か!?」
「ほーん、やっぱりアンタらが絡んでやがったのか。いやぁ〜、分かりやすく反応してくれて助かったぜ。俺はアンタに、一言も魔水晶の事なんか聞いちゃいねえのによ」
リブの奴、何が三流探偵だ。
やっぱ俺の推測は当たってたんじゃねえか。
俺の言葉に、男は自分の失言に気づいたように息を呑む。
本当に分かりやすい奴だな。
「まぁ、安心しろよ。さっきも言った通り、俺はただ転移場が使いたいだけの旅人だ。アンタを騎士団に放り込もうって気はない。アンタらがこの都市で何を企もうが、結果この都市がどうなろうが、知った事じゃない。ただ、盗んだ魔水晶の在処を聞きたいだけさ」
そう、俺の目的はリブを故郷に送り届ける事。
この都市には愛着もクソもないし、貢献しようとも思わない。
ただ目的の為に立ち寄って、用が済んだらさっさと立ち去るだけの、通過地点に過ぎない場所だ。
だから、この城塞都市がどうなろうが、コイツらがどうなろうが、どうでもいい。
「だから知ってんなら教えてくれよ。アンタらが盗んだ魔水晶が、何処にあるのか」
押さえつける力を強めながら、男に問いかける。
「ならば、その目的ごと、貴様を葬ってくれる!我が命と引き換えに!」
そう叫ぶ男の魔力が、一点に集まろうと流れるのを、魔具越しに感じ取った。
そうはさせるかよ、バーカ。
「………!な、何だ!?何故、『マテリアルバースト』が起こらない!」
「当たり前だ。起爆剤の魔石を、俺が初手で砕いたんだから」
この連中が自爆特攻を仕掛ける事は想定済み。
夕方俺を襲って来た男のフードを拝借する時、胸元付近に爆破魔法の魔法式が組み込まれた魔石を見つけた。
下手に追い込めば、それを使って自分ごと敵を吹き飛ばそうという魂胆だ。
だから、尋問中にその巻き添えを喰わないよう、最初に砕いた。
この男の胸元を、魔具で強打する事によって。
「魔法式を組み込んだ魔石が壊れたんだ。式は破壊され、その魔法はもう発動しない。アンタにこの場面を切り抜ける手は、残されてねえよ」
状況を理解させてやると、男は悔しそうな声を漏らした。
「さて、質問の続きだ。アンタらがくすねた魔水晶は、何処にある?」
押さえつけながら、先ほどの問いを繰り返す。
「我々は……『魔王の使徒』……!かつてこの地に君臨した、偉大なる魔法師、魔王様の権威をこの地に蘇らせる者だ!」
聞いてもいない変なことを勝手に喋り出す、魔王の使徒。
「この地を、魔王様が権威の象徴としたこの聖戦跡地を!勝手に平和の象徴の地と定めた愚民共に!世界の裁定者を気取る盲目な神の奴隷——聖天教共に!再び魔王様の権威を思い出させてやるのだ!あのお方がどれだけ偉大で!どれだけ優れた存在であったかを——」
聞くに耐えない話をやめさせる為、男の指を踏みつけて折る。
悲鳴を上げる男の頭に、踵を落として黙らせた。
「好き勝手な妄言をベラッベラと。そんな喋る元気が残ってるなら、体力削りゃ無駄話も削れるか?俺の質問に答えろよこのイカレ野郎。アンタらが崇拝してる魔王ってのは、人の話を聞かないことを良しとした狂人なのか?『魔王信仰』が聖天教に淘汰されるのも道理だわな」
神は嫌いだが、この判断だけは素直に賛同だ。
「もう一回聞くぞ。アンタらが盗んだ転移場の魔水晶は、どこに保管してんだ」
言葉に圧をかけて、もう一度、強く尋ねる。
「我々の悲願は達成される!この地に魔王様の権威が返り咲くのは、もうすぐだ!」
痛みで震えながらも、男はそう言うばかり。
「チッ。聞く耳持たずかよ。だったらもう永遠に寝ぼけてろ」
狂ったように思想を述べるばかりの男の顎を蹴り飛ばし、路地の端に放り出す。
「組織の末端じゃ話にならねえか。もっと上の奴を押さえれりゃ良いが。まぁ、こんな素人集団なら、上層部も大したことねえだろ」
「——酷い言い草だなぁ。魔王様に見そめられた僕達を、素人集団だなんて」
頭上から掛けられた声に、悪寒が走る。
——何だコイツ。
声を聞いた瞬間、死の気配が一斉にざわつく。
周囲の死霊が、騒いでやがる。
魔法も使ってないのに、勝手に頭の中に入り込んでくる。
——ヤツダ。
——ヤツガキタ。
——魔王ノ申シ子。
——狂人。
視線を上げると、民家の屋根に立ち、こちらを見下ろしている複数の影。
その中心に、屋根に腰掛けこちらを見下ろす、フードの男。
「それにしても、やってくれるよね、キミ。僕らの大いなる聖戦の幕開けを、台無しにしてくれちゃってさ。今まで影ながらひっそりと、計画を立てて来たってのに。ホンット、良い迷惑だよ」
さっきの男より、夕方襲って来た男より、幼く、軽く、柔らかな口調。
だというのに、その男からは底知れない冷酷さしか感じ取れない。
なんだ、雰囲気か?
奴が醸し出す雰囲気が、そう感じさせているのか?
声を発した男から発せられる、深淵のように広がる、得体の知れない残酷さと狂気。
対面しているだけで、冷や汗が止まらない。
「ネクロとか言ったね。そろそろ、おイタの制裁を受けてもらおうか?」
得体の知れない狂気を内包したまま、男は子供をあやすような口調で言い放った。




