27.死霊魔法師の思考
陽が落ちるまで粘り強く走り、騎士団の追っ手を何とか振り切った。
「ハァ……ハァ……やっと、撒けたか……!」
狭い路地の壁に背中を預け、荒げた呼吸を整える。
ここ最近はリブに鍛えられたとはいえ、元々俺は貧弱な方。
ガッチガチに本物の鍛錬を積んで来た騎士団を相手取るには、いささか無茶が過ぎるってものだ。
入り組んだ狭い路地に逃げ込むのは、我ながらいい案だったと思う。
お陰で騎士団達を分散させる事も出来たし、身を隠しながら逃げ回るのにちょうど良かった。
「城塞都市の地形に……助けられたな……ふぅ……ひとまず面倒な敵は撒けた……後は本命が来てくれるのを待つだけか……」
呼吸を整えながら、今後の方針について考える。
騎士団の追跡は、依然継続中。
その騎士団から身を隠しながら、本命である魔王の使徒が襲いかかって来るのを待つ訳だが。
「やっぱり人気のない所を徘徊するのがベストだな。その方が、奴等にとっても俺を仕留めやすい状況を作れる訳だし」
そう、俺の目的はあくまで魔王の使徒と接触する事。
騎士団の追っ手を気にして誰にも見つからないように隠れては、本末転倒だ。
つまり、この先は魔王の使徒が現れるまで、こういった人目のない場所を徘徊しつつ、騎士団と遭遇すれば逃げる、という行動が鍵になってくる。
「またリブの奴に行き当たりばったりとか何とか言われるな……」
我ながらお粗末な作戦に、ここ最近ですっかり聞き馴染みとなったアンデッドの小言が脳裏を過ぎる。
ちゃんと自分の行動に軸となる物を持っているアイツなら、もっと良い方法を思い付いて、それを行動に移せただろう。
今回の勝負だって、多分アイツは俺達の勝ち負けにこだわっちゃいない。
きっと、もっとその先——この都市が抱える目下の問題、魔水晶の不足について、何か出来ない事はないか。
そんな事を考えて、俺に条件をつけた勝負を持ちかけてきたんだろう。
つまり俺は、まんまと奴の思惑に引っ掛かり、見え見えな挑発に乗っかって、この都市の事を調べて回ってる訳だ。
「へっ。アンデッドが死霊魔法師を良いように扱いやがってよ」
そうでもしなきゃ、俺が自主的に動かないと踏んでの事だろうが。
実際、俺は魔水晶に関しての推測を立てた時も、自分から動く気は無かったし。
今後自分の行動に制限が付く事を全く気に止めていないのも、実にご立派な人間性のアイツらしい。
「……なんで、あんな奴が死んじまったんだろうな」
ふと、天に視線を向けると、建物の隙間から月が見えた。
今までアンデッドにしてきた死者達に対して、向けた事のない疑問だ。
確かに、冒険者としては異質だし、トラブルの元でしかないあの真っ直ぐな性格。
俺と同等、もしくはそれ以上の外道であるリースの奴が飼い慣らすのは無理だろう。
衝突も絶えなかったに違いない。
だが、リブのその人柄に救われた人間は、それなりに居たはずだ。
パーティメンバーは、まぁ、除外するにしても、例えばガイセル冒険者ギルドの職員はどうだろう?
アイツなら、ギルドの職員に対しても、礼儀を欠かさず察していただろう。
例えば、ギルド職員の小さな困りごとを解決したり、顔馴染みの職員に差し入れでもしていたり。
「ハハッ、おもしれーくらい目に浮かぶな……」
こんなのあくまで、リブのいう『俺個人の妄想』に過ぎない。
だが、そんな妄想の中で動いているアイツの姿が、妙にしっくりきてしまうのだ。
他人に対してこんな考えを巡らせた事なんて、一度もなかったはずなのに。
「……リブが助けてきた人間は、リブの事を助けなかったのか」
それと同時に、現実の残酷さや無情さも、垣間見えてしまう。
きっとリブは、これまで数え切れないほどの献身を、他人に施して来たはずだ。
そんなリブが、少しも報われる事なく、最期は他人に後ろから刺されて終わり……
そんなの、あんまりじゃないか。
リブは今まで、どれだけの人間を救った?
どれだけの人間を助けた?
具体的な数は分からないが、きっと今と同じように、他人の事を考えて動けるような奴だったに違いない。
そんな奴が、他人の都合に利用され、あっさり死ぬなんて、そんなのは間違っている。
「だから俺は、神って奴が嫌いなんだよ……!」
行き場のない感情が渦巻き、舌打ちをする。
たとえ受け入れ難い現実だろうと、なんとか飲み込んで生きて行くしかない。
こんな腐った世界に生を受けた以上、それが宿命だ。
どれだけ世界を恨んでも、神を憎んでも、俺にはこの世界を壊せる力なんてない。
俺が出来るのは、ただ外道の術に手を染めようとも、みっともなく生にしがみつき、生まれながらに『死ね』と突き付けてくる神の意思に背いてやる。
それが俺の唯一の、神に対する復讐の手段だ。
だから俺は、外道になっても、生き恥を晒しても、天寿を全うするまで生き延びてやる。
世界が、民衆が、神が、口を揃えた俺の生を否定しても。
俺だけは俺の生を肯定し続けてやる。
神に見放された忌み子の、みっともない悪足掻きだ。
けど、リブの生き方を見ていると、考えてしまう。
もし、俺がリブのように生きられたら——
誰かを救える、そんな生き方が出来たなら——俺は——
「何だよそれ……俺は外道で、『忌み子』だぞ……誰がそんな生き方を許してくれるってんだ……」
あり得ない考えを、頭を振って追い払う。
さっきから死霊魔法師らしからぬ思考に侵されている。
こんなんじゃ、師匠に見放されるのも無理ないよな。
「俺は死霊魔法師だ。死をひたすらに弄ぶ外道だ。救われようだなんて、考えるな」
自分に言い聞かせるように呟く。
そうでもしないと、自分の中に芽生えた、ふざけた思考を追い払えなかった。
——ブを、——へ、届ける事が、——俺が本当にやるべき事なんじゃないか?
——そうじゃないだろう。
俺はネクロ・グレイブス。
師匠に拾われ、外道になる事を志した時から決めたはずだ。
死霊魔法は人を救えない。
死を弄ぶ事しか出来ない。
師匠がはっきり、そう言っていたじゃないか。
だったらそれ以外の事は考えなくて良い。
考えるな。
その死霊魔法師としての思考が、俺本人の思考に蓋をしてしまっている事に、目を背け続ける。
——だって俺は、外道で忌み子なんだから。
余計な思考を振り払うように、俺はほとんど灯りのない路地を、歩き始めた。




