25.5.アンデッドの調査
「いやぁ〜、助かったよ嬢ちゃん!お陰で俺のスージーちゃんがこの通り!手元に戻ってきた!」
強面の大男は、砂色の毛並みが特徴のサンドランドキャットを愛おしそうに頬擦りしながら、私に礼を述べてきた。
私が声をかける前もかなり困った様子で探し回っていたし、相当大事な家族なのだろう。
件の愛猫は、不服そうな眼差しでこちらを見ている。
どうやら、大男の元から逃げ出した原因は、この過剰な溺愛っぷりにある様子だ。
……悪いことをしたな。
だが飼い主の不安を取り除く為だ、許せ。
「身体能力には、少しばかり自信があってな。すばしっこい相手を追いかけるのは得意なんだ。貴方の手元に、大事な家族が戻って良かったよ」
しかし、この性分には我ながら呆れるな。
今はネクロと勝負の真っ最中だというのに、困った人を見かけるとつい手を差し伸べてしまう。
奴はもう、お得意の魔法を駆使して死者から答えを聞き出しただろうか。
だとするなら、私はかなり不利な立場だ。
「本当に心配したんだよぉ〜!スージーちゃーん!」
だが、嬉しそうに愛猫を愛でる男の顔を見ていると、こちらの顔も緩んでしまう。
よほど大切に育てているんだろうな。
サンドランドキャットも、眼差しは鋭く不機嫌そうだが、細長い尻尾をゆっくりと左右に靡かせている。
ふふっ、ツンデレさんめ。
「何か礼をさせてくれ!愛しのスージーちゃんを連れ戻してくれたんだ!何か返さにゃ、俺の気が済まん!」
嬉しそうな声でそういう男。
……ふむ。
では忍びないが、せっかくならその厚意に甘えさせてもらうとしよう。
「なら、この都市で何か変わった事が起きていないか、教えてもらえるか?」
「えっ?そんな事で良いのかい?」
「あぁ。今の私にとっては、それよりも重大な事はないのでな」
何しろ、私はあの外道と互いのプライドを賭けた勝負をしているところ。
一刻も早く、奴より有益な情報を掴まなければ。
「嬢ちゃんがそう言うなら構わねえが、変わった事ねぇ……」
大男は愛猫を肩に乗せ、困ったように頭を撫でる。
しかし、大男と猫、見れば見るほど不思議な組み合わせだ……
「そうさなぁ……最近やけに魔法石の価格が上がった事かな?」
「魔石の値上がり?」
「いやな。俺はこの都市の冒険者なんだけどよぉ?ソーサラータイプの同業者が、最近そんな事を嘆いてやがったんだよ。これじゃあ非常時の魔力供給も出し渋っちまうって。俺ぁタンカータイプだから魔法のことはあんまり分からねえけどよ、そんなに困るもんなんかねぇ?」
「……冒険者は常に最悪を想定して備えておくのが、長生きの鉄則だからな」
「確かにそうか。俺ももうちょい治療用ポーションとか買い込んだいた方が良いかもな。愛しのスージーちゃんの為にも」
大男は肩に乗った愛猫に頬擦りし、文字通り猫撫で声でそう言う。
「あぁ、それが一番だ」
それにしても……魔石の値上がり、か。
「この都市は魔石や魔水晶なんかの魔力資源を、どうやって入手しているんだ?」
「ん?そんなモン、他都市との貿易か、アレビラ砂丘に生息する魔物から採取するんだよ。ウチは魔鉱山を領地に持たない都市だからな」
「そうか。なら、今は冒険者ギルドの依頼が潤沢なのではないか?」
「いやまぁ、それはそうなんだけどよ……」
「何か不都合が?」
大男は頬を掻き、どうも参った様子で口を開いた。
「嬢ちゃんの言う通り、最近は魔石納品の依頼がやたらと多くてな。しかも、いつもより報酬金も高い。お陰でアレビラ砂丘は今、冒険者でごった返し。魔物の数もみるみる減って、このままじゃ生態系が崩壊するかもしれねぇ。つー訳で、今はギルドが制限をかけちまって、整理番号を発行しないと依頼を受けられない、なんて状態になっちまったのよ。依頼を受けたくても受けられねえで、逆に冒険者の首が絞められてんのさ」
「それは、中々に深刻だな……」
なるほど。
生態系を壊しかねない勢いで、ギルドへの依頼が舞い込んでいる。
この都市は、それ程深刻な資源不足に陥っている訳か。
「俺が知ってるのはこんくらいだ。どうだい?役に立ったか?」
「充分すぎる情報だ。ありがとう」
大きな手掛かりの収穫に、私は大男へ頭を下げた。
男は笑いながら、そんな私の肩を軽く叩いた。
「良いって事よ!嬢ちゃんに貰った恩に比べれば、安いもんだからな!じゃ、また何かあれば、遠慮なく俺を頼れよ?」
そう言って、大男は愛猫を肩に担いだまま、歩いて行った。
男が話してくれたのは、かなり有益な情報だ。
大陸内で魔力資源が不足しているなんて話は、今のところ出ていない。
つまり、この都市で起きた魔石の不足は、あくまでこの都市内に起きた問題が要因だ。
「貿易相手と何か不都合が起きたか、もしくは都市の備蓄が無くなったか……」
しかし、セガナドの貿易情勢が悪化すれば、それなりの騒ぎとなって広まるはず。
今の所そんな話は聞かないので、その線は除外して良いだろう。
「ならば、備蓄不足の原因は、魔力資源の運用の仕方ではなく、外的要因……魔力資源が突然無くなったことか?」
備蓄はある日突然無くなったりしない。
誰かの手で、意図的に減らされない限りは。
考えられる可能性は、やはり——
「——勝負は私の負けだな」
どうやら、三流探偵の雑な推理も、案外的外れではなかったようだ。
この都市に起きた異常の原因は、奴の見立て通り、何者かが起こした窃盗事件。
ははっ、これは、奴に謝らなければな……
「まあ、結果がどうあれ、私達の情報収集が無駄になることはないか。なら、勝敗の結果は甘んじて受け入れようじゃないか……」
きっと、今のネクロなら、私にそんな酷な命令を下すこともないだろう。
ヘル・ブレイズの魔具を手に入れた時、奴は驚いた事を言った。
強力な力を得る手段だとしても、死霊を無理やり上位魔物に作り変えることはしない、と。
死を弄ぶことに何の躊躇もないはずの、死霊魔法師が。
もしかしたら奴は、ネクロは——
「——いや、今はよそう」
かぶりを振って、余計な思考を遮断する。
今は奴の心境を考えている暇はない。
「そろそろネクロと合流するか。今得た情報を奴とも共有しよう」
もしかしたらこの事態、私達の転移がどうこう言っていられないほど、深刻な話かもしれん。
「おい聞いたか!?転移場にイタズラ書きが貼られたってよ!」
立ち話をしていた住民達が、何やら騒ぎ始めた。
聞き慣れた場所が挙がり、私は思わず足を止める。
「なんだそりゃ?」
「誰だそんなことした奴?」
「犯人は見つかってねえけど、なんか黒いローブが転移場の入り口に貼り付けられて、赤文字で変な文章が書いてあるんだってよ!」
——なんだとっ!?
騒ぎに聞き耳を立てていた私に、嫌な予感が走る。
黒いローブ?
それは、ネクロの特徴と一緒だ。
考えすぎかもしれんが、奴の身に何か起きたのか?
まさか、何か情報を掴んだ矢先、トラブルに巻き込まれて——
「くそっ!まずは現場の確認だ!」
私は駆け足に、転移場へと向かった。
まさか私が、外道の身を案じる事になるとは。
生きている頃なら、思いもしなかっただろうな。




