25.手掛かり
怨嗟の声は、気が付くと静まり返っていた。
ローブの男を撃退してから、さほど時間は経っていない。
「……ったく、こういう時は本当に邪魔でしかねえな。死の気配ってヤツは」
狭い路地の中、グラグラする頭を抱えながら、外壁を支えに体を起こす。
気分が悪い。
死の気配にあてられ過ぎたか。
あれだけ怨嗟の声を浴び続けたんだ。
無理もないだろうけどな。
この地に蔓延る死者達は、よほど魔王を恨んでいるらしい。
俺には関係のない話だってのに。
まあ、この都市にいる間は死霊魔法をまともに使えないと知れただけ、儲けって事にしておくか。
後はコイツから色々情報を聞き出せれば、もっと良いんだけどな。
死霊に取り憑かれ、未だ気を失っているフードの男を見下ろす。
さて、コイツは一体何者だ?
俺と同じような黒いローブに、顔を隠せるほど深いフード。
素性を知られたくない様な身分なのは、火を見るより明らかだが。
フードをめくってみると、白目を剥いて意識を手放した男の間抜け面。
もちろん、拝んだこともない顔だ。
やっぱりこの都市に着いた時、冒険者ギルド覗いとくべきだったな。
コイツがお尋ね者かどうかも、今の俺には分かりゃしない。
もしコイツが市民に害なす悪党だったら、冒険者ギルドにも捕縛推奨のお尋ね者として、人相書きが出回っているだろう。
貴重な手掛かりを手に入れる機会を、俺は初めから手放していた訳だ。
まあ、コイツが魔水晶の一件に関わってる保証はないが。
「唯一の手掛かりは、コイツが何かしらの集団に入って、人目を忍ばなきゃならん事を成そうとしてるって事ぐらいか」
襲いかかってきた時の男の言葉を思い浮かべる。
『我々の事を模倣』、『事を起こされたら面倒』、コイツが口から吐く言葉は、何やらきな臭いものばかりだった。
下手に外部に騒ぎを起こされるのは御免。
そして、それを止める為の行動が、注意や説教ではなく殺害。
この辺を踏まえてみても、真っ当な組織ではなさそうに思う。
この男に問い詰めればその全貌の何割かには到達できそうだが、この手の連中は下手に追い込めば何をするか分からない。
忠誠心を変に振り切った奴なら、それこそ自決すら選択肢に入れかねないからな。
最初に俺を殺そうとしたくらいだ。
可能性としては充分あり得る。
仮にこの男が死んだ所で、死霊魔法師の俺には死霊から情報を得るくらいは訳ない。
が、この都市にいる間に死霊魔法を使おうものなら、またさっきみたいに意識を手放す羽目になるのは明白。
それに、仮に尋問中に命を断とうとする場合、その手段によっては俺にまで被害が及ぶ可能性も無視できない。
なら、下手に問い詰めるより、他の情報源を探した方が良さそうだろう。
とはいえ、通行人に片っ端から声掛けて逃げられるような現状では、新たな情報源など得られそうにないが……
——ザッザッザッ。
金属音の混ざった、規則正しい足音がこちらに接近してくる。
どうしようかと広げていた思考を中断し、気絶したローブの男を抱えて、物陰に身を潜める。
お早い登場だ。
声を掛けた通行人の誰かが通報しやがったな。
ゾロゾロと路地に入ってくる、銀の甲冑に身を包んだ男達。
法と秩序の番人——あるいは権益者の飼い犬——騎士団のご登場だ。
数は3名。
漏れなく全員、腰に剣を下げて武装している。
「なんだ、誰も居ない普通の路地じゃないか」
団員の一人が、拍子抜けと言わんばかりにつぶやいた。
俺の存在に気付いていないあたり、どうやら上手く隠れられているらしい。
「そりゃ、ヤッコさんも犯行現場に長居する程間抜けじゃないだろうよ」
「そりゃそうだ。俺達がこんなに手を焼いてるんだから。ふざけたローブの集団にな」
——ほう?
「ていうか、何で団長達は、あの集団の特徴を大々的に公開しないんだろうな?」
「魔王の使徒を名乗る、危険分子共だ。下手にそんな連中の存在を仄めかせば、都市内に大きな混乱を招く。下手をすれば、観光収入もガタ落ち。都市は壊滅的な大打撃だ」
「あぁ。さっさと摘発しないと、お上がまた高血圧で倒れられるぞ」
「あのオッサン、キレたらめんどくさいんだよなぁ……人員不足だったのに、騎士団に毎度毎度無茶ふっかけて来てさ……」
「おいっ!気持ちは分かるがその発言は不快だぞ!」
「まあまあ、コイツの言いたい事は、割とセガナド城砦騎士団の総意なんだし、多めに見てやれよ」
「団長も副団長も、お上に詰められてピリピリしてるからな。さっさと手柄を上げて、胃痛を和らげてやろう」
「だな。ほら、目撃情報を洗うぞ」
団員達はあれこれ愚痴だったり嘆きだったりを吐き出した後、路地を後にする。
「魔王の使徒……怪しげなローブの集団……ねぇ」
なかなか面白い事を話してくれたじゃないか。
魔王に壊滅させられた歴史を持つ城塞都市に、その魔王を崇め奉る集団が現れた。
そいつらが何やらこの都市内で、悪巧みを働いているらしい。
コイツはかなりデカい手がかりだ。
リブは根拠が無いと切り捨てたが、俺の仮説はやっぱりいい線行っていたんじゃないか?
「騎士団がこの連中を公にしてない以上、リブの奴はここまでの情報を掴めていないはず。勝算はあるな」
核心に迫る為、もう一つ大きく打って出てみるか。
何せ、俺の手には、真相に迫る為の、生きた手掛かりがあるのだから。
「悪く思うな。アンタの怪しい身分、せいぜい利用させてもらうぜ」
まだ意識を取り戻す気配のない男のローブに手を伸ばし、俺は呟いた。




