24.怨嗟の声
リブが言う探偵っていう奴のキャラクター像は、あまり理解していない。
そもそも俺は文芸書の類を読まないし、探偵が何をするのかもよく分かっていない。
何となく、現実世界における騎士団にも解決できない怪事件を調査して、謎を解き明かす人物、というイメージはリブから聞いた。
けど、その大変さだけは理解できた。
「——なぁ、ちょっと良いか?」
「うわぁっ!?不審者!」
こうやって声を掛けただけで逃げられるようじゃ、情報収集もクソもあったもんじゃない。
「……物語みたいには行かないよな」
逃げ去る通行人の背中を眺め、途方に暮れる俺。
まあ、こんな裏路地みたいな場所で、四六時中フードかぶって街中を彷徨いてる人間に声かけられたら、そんな反応もされるわな……
手当たり次第に声かけてみて、これで9人目。
全員から見事に逃げられ、乾いた笑みが漏れ出す。
9回もこんな調子だと、だんだん虚しくなってきた。
かと言って、フードを取って忌み子の特徴を露出させたとて、結果は同じなんだろうけど……
なんせ此処はセガナド。
魔王に待つ恐怖や恨みは、大陸の中でも随一の都市だろうから。
「リブの奴は、上手くやってるだろうな……」
対決相手の事を考えながら、ため息を溢す。
アイツは見た目が良い。
死体である事を除けば、色町の娼婦にも引けを取らない程の美人だ。
そんな奴から急に声を掛けられて、悪い気を起こす男はそう居ないだろう。
リブが色仕掛けをするしないに関係なく、あのルックスは相当な武器になるはずだ。
実際、冒険者がギルドで各種手続きを行う際、男の受付係より女の方に長蛇の列が出来てるのを見た事あるし。
つまり、情報源を得るにあたってアイツは俺より遥かに有利な立場にある。
ったく、これだから美形はよ。
しかもオマケに、アイツはアンデッドの中でも比較的生者に近いリビングデッドだ。
最大の難点、死体である事も、アイツが下手な言動を起こさない限り、そうそうバレるような事はない。
「……なんかムカついてきたな」
もしやアイツ、自分が有利になると見越して、この勝負を受けたんじゃないか?
そう考えると、なんかこう、良いように扱われている気がして腹が立ってくる。
この勝負、ますます負けられなくなったな。
「あんのクソアンデッドめ……!絶対吠え面かかせてやるからな……!」
沸々と闘争心が湧いてくる。
これまである程度の自由を許してやったが、この勝負に勝った時はもう容赦しない。
リブを故郷に送るまでの短い間だが、これまでのアンデッドと同様に、散々こき使ってやる。
「フッフッフッフ……覚悟しとけよクソアンデッド。真の死霊魔法師の恐ろしさ、知らしめてくれよう……」
「——おいオマエ!こんな所で何をしているっ!」
勝利後の愉悦感を想像していたら、後ろから大声をかけられた。
振り返るとそこには、俺と同じようなローブを身に纏い、深くフードを被った人物。
声の低さからおそらく男だと思われる。
「丁度良い。アンタに聞きたいことが——」
「その格好、我々の事を模倣しようとでも言うのか?」
魔水晶の在庫切れについて聞こうとしたら、いきなりそんな事を言われる。
「……はい?」
「事を起こす前に騒ぎ立てられては面倒だ。ここで死んで行け」
困惑する俺に突然短剣を向け、突っ込んでくる男。
いきなり過ぎやしねえか!?
「血の気の多い奴だなっ!」
突っ込んできた男の短剣を躱す。
クッソ!
時間稼ぎに最適なリブが居ない今、アンデッド精製なんて隙だらけの儀式やってらんねえ!
こんな時に絡んできやがって!
「おい!俺はアンタに命を狙われる覚えはねえぞ!一体何のつもりで、俺を殺そうってんだ!?」
「我々の障害になりうる危険因子だ!排除するのは妥当だろう!」
ダメだ、会話にならない。
これまで濡れ衣やら白い目やら向けられてばかりの人生だったが、ここまで不透明な理由で攻撃を受けるのは初めてだ。
「じゃあ、俺がアンタに攻撃するのも正当防衛ってことで!」
近くを漂う死霊を手繰り寄せ、男に向けて飛ばす。
——サナイ……許サナイ!魔王ノ因子!俺ハオマエヲ許サナイ!
チッ!死人がうるせぇな……!
「『ポゼス』ッ!!」
「うわぁぁぁぁぁっ!?」
男は短剣を落とし、頭を抑えながら悶え苦しむ。
まともな精神を持った人間なら、こうやって死霊を取り憑かせるだけで、精神錯乱を引き起こす。
死者の怨恨なんて、常人が聞くもんじゃない。
やがて、死霊を取り憑かせたローブの男は、精神的攻撃に耐えきれなくなったのか、白目を剥いて意識を手放した。
男が落とした短剣を、遠くに蹴っ飛ばす。
せいぜい悪夢に魘されてろ。
——許サナイ!許サナイ!許サナイ!
「クッソ……!ちょっと死霊を操っただけでこのザマかよ……!」
頭に鳴り響く憎悪の声に目眩を覚え、よろける。
やっぱりこの都市内で死霊魔法を使うのは、リスクがデカ過ぎるな。
この大陸で、最も魔王による被害を被った都市。
その跡地となれば当然、魔王に恨みを持つ死霊なんて、山ほど居る訳だ。
そいつらの怨嗟を察してか、死の気配を感知する力が、敏感になってやがる。
お陰で、死霊を操ろうとするだけで、奴等の声を拾っちまう。
魔王に対する恨みと、それに似た容姿の俺に対する憎悪の声が、そこかしこから聞こえてきやがる。
頭がおかしくなりそうだ。
——魔王ノ血筋!忌ミ子!世界ノ敵!
——呪ワレロ!呪ワレロ!魂朽チ果テルマデ、未来永劫呪ワレ続ケロ!
「勝手に言ってろ……!どうせお前らは、肉体がなければ生者には何も出来ないだろ……!何と言われようが、俺が生きてる限りは俺の一人勝ちだ……!俺は、死なねえ……!」
額の脂汗を乱暴に拭い、頭に響いてくる怨嗟の声を、俺は嘲笑ってやる。
死者の妄言に惑わされるな。
耳を傾けるな。
怨嗟の声なんて、ガキの頃子守唄に散々聞いたじゃないか。
こんなもの今更聞いたって、何ともないだろ!
「忌み子……魔王の子……上等だ……!世界を敵に回してでも、俺は生き続けてやる……!」




