22.家族
治療用ポーションで火傷の治療を手早く済ませ、俺達は薄暗い森を抜けた。
2000ヤドルほど離れた場所に、防壁に護られた巨大な街が見える。
セガナドは、ガイセルから西に進んで森を抜けた先にある、巨大な城塞都市だ。
かつて魔王によって滅ぼされた一国の名残でもあり、魔王の脅威に負けぬようにと、跡地となった城塞に人々が住み始め、今のセガナドが形成されたらしい。
そんな物騒な歴史の街でも、視界に入れば安堵できる。
日が落ち切る前に森を抜けられて本当に良かった。
「しかしまあ、遠目に見てもデカいな。ガイセルより発展してるんじゃないか?」
セガナドを囲う黄色い煉瓦の防壁を眺めながら、何となく抱いた感想を口に出す。
ガイセルもデカい街だったが、此処と比べると霞んでしまいそうだ。
「当然だ。ガイセルにはない遠距離転移が運用できる余裕もそれが理由だな」
「そんな運用資金、どこが源になってんのかね」
「ここから更に西にあるアレビラ砂丘の観光資源や、そこで取れる魔物の素材がほとんどだそうだ。ガイセルほどの規模ではないが、冒険者ギルドの支部もあるぞ」
なるほど。
大陸いち巨大な砂丘の絶景を拝もうと、そこかしこから金持ち共が足を運ぶ訳だな。
あそこに生息する魔物も、独自の生態を持っていて珍しいと聞くし。
「運がよけりゃ、強力な魔物の死体もゲットできるかもな」
「そういう事だ。死霊魔法師の貴様には、中々打ってつけの街じゃないか?」
「言えてる」
無駄話もそこそこに、セガナドに向かって足を進める。
セガナドを囲う城壁には、東西南北それぞれの方角に門があり、出入りの際はそのいずれかを利用するそうだ。
俺達は東の門に向かい歩いて行く。
街に近づくにつれ、嫌な感覚を覚え始め、思わず顔を顰める。
そんな俺に気付いたリブは、不可解な目を向けて来た。
「どうした?」
「当然と言えば当然だが、死の気配が濃いな。それだけ何人もの命が奪われた場所って訳か……」
魔王がこの地で猛威を振るったのも大昔の話だというのに、その爪痕は完全に消え去ってはいないようだ。
「見る者が見れば、此処は大陸の負の遺産だからな。街おこしの際、このような場所は早々に取り壊すべきだという反対意見もあったそうだ」
「ごもっともな意見だな。ったく、魔王って奴はいい迷惑者だよ」
「ほう。外道にしては、真っ当な意見だな」
リブは腕を組んで、味の悪い目を向けてくる。
「うるせえ。こっちはソイツのせいで、散々な目に遭ってきたんだよ」
恨んでも仕方ないとはいえ、愚痴の一つくらいは吐きたくなる。
「とにかく、街に入ったら遠距離転移を使って、アンタの故郷の最寄り都市までひとっ飛び。アンタは早々に故郷へ帰れて満足。俺はアンタっていう厄ネタを手放せて満足。これで旅は終わりだ」
「あぁ、その為に此処まで来たんだからな」
「クッソ。これもガイセルの立地が悪いんだよ。なんであんな山岳地帯のど真ん中に遠距離転移用の魔水晶を置かないんだ」
「それだけ設置や運用のコストが馬鹿にならんという事だろう。なにせ、片道分の転移料で二万ゼル。盗賊退治の謝礼金三分の一を使う事になるからな」
「しかもそれが一人分だしな」
ったく、気軽に使える移動手段じゃねえ。
けど、この厄ネタアンデッドを手早くどうにかするには、これしか手がないのも事実だ。
背に腹は変えられない。
「だがこれで、無事に家族の元へ帰れる……」
しんみりした様子で、リブはそう呟いた。
「……なぁ、アンタにとって。家族はそんなに大事なのか?」
やたらと家族にこだわるリブに、俺はその理由が知りたくなった。
リブは問いかけた俺に、まっすぐな瞳を向けて来た。
「——当然だ。私を17まで育ててくれた母さんも、実家に残して来た四人の弟、妹達も、私にとってかけがえのない、大切な家族だ」
「だったら、あえて悲しますような死者の帰省に、意味はあるのか?」
会って話さずとも、詳しく聞かなくても、なんとなく察しはつく。
コイツの家族は、コイツと同じくらい善人で、優しい奴等なんだろう。
でなければ、コイツがこんなに真っ直ぐな人間に育つはずが無い。
そんな奴等が娘の、姉の死を聞いて、どう思うだろうか。
深い傷を残すのは確かだ。
だからこそ、コイツが死んで尚故郷に帰る意味が、果たしてあるのだろうか。
この先、安くない金を払って、コイツを故郷に送るんだ。
納得できる理由を聞いたって、バチは当たらんだろ。
リブは少しの間何も言わず、ただ俯いていた。
「……私の家には、稼ぎ柱となる父さんが居ない。一番下の妹が生まれてすぐ、故郷に出た魔物の討伐に向かい、そのまま帰って来なかった……だから、私が冒険者となって、稼ぎに出る事にした……家族が路頭に迷わないように……不自由なく暮らしていけるように……」
なんとなく察しはついていたが、やっぱり出稼ぎで冒険者をやっていたのか。
「私がガイセルに向かう時、家族達は快く送り出してくれた。『しっかりやって来い』、『いつでも帰って来て良い』、と。きっと、何も知らない今でも、私の帰りを心待ちにしているはずだ。私がダンジョンで命を落とした事も知らず、私の身を案じて……今も……」
話しているリブの声が、段々と震えてくる。
きっと、心では泣きたいのだろう。
生命活動を終えた肉体では、愛しい人達の為に流す涙すら許されない。
「だから、何も知らずに私の帰りを待ち続けるような余生を過ごして欲しくない!ちゃんと家族の元へ帰って、最後に言葉を交わし、家族の元で眠りにつきたい!だから私は、家族の元へ帰らなければならないんだ!」
「……そうか。どんな形でも、アンタの帰りを受け入れてくれると良いな」
皮肉でもなんでもなかった、自分でも驚くほど素直な感想だった。
それ以上は何も聞かず、俺はセガナドに向けて歩みを再開させる。
リブは理由を充分に話した。
だったら今度は、俺がコイツというアンデッドを生み出した責任を果たすべきなんじゃないか?
そんな、死霊魔法師らしくない考えが、俺の脳裏を過ぎった。




