21.亡者の残り火
「おい、ネクロ!生きているか!?」
「生きてる……ていうか、アンタの霊魂に異常がなかったら、生きてるに決まってんだろ……」
声を上げながら駆け寄ってくるリブに、俺は片腕を上げて答えた。
とはいえ、流石に無傷とはいかないか……
ローブのあちこちが焼け焦げ、その下の皮膚にも火傷が出来ている。
師匠お手製ローブの耐久性をも上回るとは。
上級の魔物ってのは、つくづく規格外だな……
身体上ではアサルトベアと戦った時以上にボロボロだが、魔力には余裕がある。
念の為ガイセルを立つ前に数本用意しておいた治療用ポーションを使えば、すぐに快復して動けるだろう。
「良かった……まったく、無茶な事をする奴だ……」
心底ホッとしたような顔でため息をつくリブ。
まあ、俺が死んだらコイツもどうなるか分からないからな。
「俺だって、もうあんな大物とやり合いたくねえよ……」
俺は大の字の姿勢のまま答えた。
いつもなら、たとえどれだけ死体のストックを揃えていても、上級の魔物に出会した時点で逃げに転じる。
あんな奴等に切った張ったし合おうなんて、命が幾つあっても足りないからな。
今回は状況が状況だったし、相手がこっちに気づいていないっていう好条件も揃っていた。
そうじゃなきゃ、あんな無茶は俺だって御免だ。
「ところで、ヘル・ブレイズを討伐したら、周囲の炎は消える。それで間違いないな?」
「あぁ……あの蒼炎は、奴の魔力によって撒き散らされるものだ。その魔力源が消えれば、自然とその炎も消える……現に辺りの火事は収まったろ?」
蒼炎が消え、炭化した木々が倒れた周囲の森の様子を見渡しながら、俺はリブの疑問に答えた。
ヘル・ブレイズという火元を排除したからといって、焦げた森がすぐさま再生する訳ではない。
こればかりは、自然の修復力に委ねるしかないだろうな。
火の手が森全体に回る前に仕留める事が出来たのは幸いだ。
「——では、その剣に残っている炎は何だ?」
リブが指差し、問い掛ける。
その先を目で追うと、俺の手の近くに転がった剣の刃が、蒼炎に包まれていた。
「はぁ!?な、何だこれ!?」
火傷跡が痛む体を無視し、手を伸ばして剣を手に取る。
まるで剣先だけが燃えるように蒼くゆらめいたそれは、ヘル・ブレイズが放つあの蒼炎に間違いなかった。
「……魔力だ。この剣……魔力で発火してやがる」
ヘル・ブレイズの原理と同じ。
剣を包む高密度の魔力が、蒼い炎を形成している。
「魔力残滓が、その剣に収束したという事か?」
「それって、魔物が死ぬ時、ソイツが持ってた高密度の魔力が漏れ出すっていう、あれか?」
かつて師匠に叩き込まれた知識の一つを、脳の奥から引っ張り出す。
魔物は人間と比べて、桁違いの魔力を持つ。
その密度が高ければ高いほど、死した魔物の肉体から離れる時、霧散せずに体内で結晶化したり、周囲のものに取り込まれたりするらしい。
「それが、この剣に起こったっていうのか?」
寝そべったまま、ヘル・ブレイズの炎が灯る剣を顔の上で掲げなが、俺は問いかける。
するとリブは、澄まし顔で口を開いた。
「そうでなければ、突然剣に火がつく説明が付かんだろ」
確かに。
俺には炎魔法なんか扱えないし、この剣もヘル・ブレイズを貫くまでは何の変哲もない剣だった。
だとするなら、考えられるのは魔力残滓による発火しか無い訳だ。
「でも、こんな現象初めて見たぜ。今までそれなりに魔物を倒しては来たけどよ」
改めて剣に宿った炎を眺めながら、俺は呟いた。
とは言っても、俺の戦闘は作成したアンデッドによる自動戦闘。
自分の手で魔物を倒した経験なんか、ほとんど無いけどな。
「高位の魔物ほど、内に宿す魔力は多い。比例して、その魔力の密度も高くなる。こんな大規模な火災を起こすほど高密度な魔力の塊なら、尚更な。そういった敵を単独で、しかもほとんど魔力を消費させなかった状態で倒したんだ。その魔力が剣に収束したのは、まあ納得出来る」
「たまたま良い条件が揃っていた、って事か?」
「そういう事だ。運のいい男だな」
リブは腕を組みながら、俺と同じく蒼炎の剣を眺める。
俺は試しに腰の鞘を外し、納刀してみた。
剣先の炎は鞘に納まると消え、刃を抜くと再び灯る。
なかなか便利な武器が手に入った。
「そういった武器は『魔具』と呼ばれ、魔物の権能を扱う事が出来るようになる。その剣の場合、ヘル・ブレイズが持つ蒼い炎を斬撃に乗せる、といったところか」
「火力不足の俺達にとって、うってつけな武器だな」
「そうだな。これから先もああやって上級のアンデッドを生み出し、自らの手で仕留めれば、貴様の戦力強化に繋がるぞ?」
リブは意地の悪い顔を作り、らしくない提案をしてくる。
確かに、そうやって『魔具』なる武器を精製していくのは、単独では戦闘能力皆無な俺が格上とやり合える手段として、合理的な選択肢だろう。
これから先の旅路、上級の魔物と出くわして死ぬよりは、ずっと。
——だけどな。
「——そんな事はしない。何があっても、絶対に」
俺は、リブの提案をはっきりと拒否した。




