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20.冥界の炎


 植物型魔物相手に暴れ狂うヘル・ブレイズの背後、木の陰に隠れながら、俺達は様子を伺う。


 目に映る全てを灰燼と化す、蒼炎の獣。

ルーツ語で冥界の炎、なんて大袈裟な名前を付けられたもんだと思っていたが、あの有様を見れば納得が行く。


「危機は脱したが、アレは制御できているのか?見境なく暴れ回っているようにしか見えんぞ」


 剣の柄を握りしめ、リブが尋ねてくる。

まあ、制御できているかどうかと聞かれれば——


「できてないな。上級のアンデッドなんて、俺の腕じゃ使役できねえし」


「はぁ!?」


「静かにしろ。俺達がまだ消し炭になってないのは、アイツに見つかってないからなんだぞ」


 大声を出すリブを、唇に人差し指を当てて諌める。


 確かに、アンデッド型魔物の使役は、死霊魔法の一種として存在している。

それは、ゴーストボールやナイトメアテラー、あのヘル・ブレイズのような、肉体を持たないアンデッドだって例外じゃない。


 けど、それはその魔法が施せる腕あっての話。

あんな上級のアンデッドを使役できる魔法を、俺は施法できない。


「本っっっ当に詰めが甘いな貴様は!行き当たりばったりで行動するのも大概にしておけ!」


 ヘル・ブレイズが繰り出す戦闘の余波に合わせて、リブは大声で詰め寄ってくる。


「仕方ねえだろ。実際、あの状況を切り抜けるのにアイツの力は必要だったんだから」


「ッッッッッ、はぁ……まあ、今更貴様を責めても仕方ない。で、どうする気だ?」


「このまま炎のどさくさに紛れて逃げる?」


「却下だ!放っておくとこの森が焦土になるぞ!」


「だよなぁ〜。バレたら最悪、冒険者ギルドから追放されちまうし……」


「貴様、どこまでも自分本位に……!」


 リブが歯軋りしながら、剣を握りしめてすごい形相をする。

おーい、せめてその殺気はヘル・ブレイズに向けてくれー。


「見ろ。奴はまだ、雑草共を蹴散らすのに夢中だ。つまり、コッチから見れば隙だらけって訳だな」


 木の陰から、ヘル・ブレイズの様子を指差す。

奴は今、俺達を包囲してきた無数の蔦を、炎を吐き散らしながら駆除していた。


 ていうかアレ、どこから伸びてんのかと思ったらデッカい植物の一部だったのかよ。

うわぁ〜……触手みたいに何本も何本も生やして、相手を拘束しようと伸ばしてやがる。


 500ヤドルは下らないアホみたな緑の巨躯。

頂点で二枚貝のように重なった大葉には、牙のような棘が幾つも並んでいる。


 ビッグマンイーター。

触手のような蔦で獲物を捕らえ、口のように重なった大葉で直接貪る、植物型の上級魔物だ。


「あの雑草をヘル・ブレイズが倒したら、後ろから奇襲をかけて、一撃で奴を仕留める。奴が消滅すれば、熱源が消えて引火した蒼炎も自然消滅するだろう」


「一撃でって、どうやって?」


「——接近戦の基本は、相手の隙を突く、なんだろ?」


 俺は剣を握りしめ、切先を蒼炎の獣のゴツい背中に向ける。


 どんなアンデッドでも、自身を形成する死霊が心臓部——急所となる。

そこを何らかの方法で叩き潰せば、仕留める事が可能だ。


 俺がこの剣に魔力を込めて突けば、その弱点を破壊できる。


 死の気配を辿れば、(アンデッド)急所(霊魂)も手に取るように分かる。


 問題があるとすれば——


「まさか、あの炎の中に突っ込むつもりか?」


「まあ、そうなるな。このローブの耐久性なら、軽い火傷で済むだろうさ」


 森の中が蒼く爆ぜる。


 ビッグマンイーターが蒼炎に包まれ、悲鳴を上げる。


 そろそろ奴等の生存競争に、決着が付きそうだ。

迷ってる暇はない。


 俺は木陰から身体を出し、突きの姿勢に構え、ヘル・ブレイズの体を凝視し、意識を集中させる。


——感覚を研ぎ澄ませ——耳を澄ませろ——あの化け物の中に蠢く、亡者達の声を聞け——


 普段は無意識に感じていた死の気配を、五感全てで強く感じ取る。


——ケテ……助ケテ……神様……——


 周囲の音が遠くなった所に、幼子のような声が微かに混ざる。


——見つけた!


 握る剣に魔力を込め、地面を蹴る。


——散々死者を弄んだ、俺が言うのも何だけどな——

——そんなに苦しいなら、今すぐ解き放ってやるよ!


 狙うは、ヘル・ブレイズの胸部中心。

そこにある、死霊の塊。


 助走で勢いをつけ、飛び上がる。


 奴はまだ、こちらに気付いていない。

あるいは、気付いてもこちらを脅威と見做さず、敢えて無視しているのか。

強者の余裕が見せる油断を、人間(弱者)は見逃さない。


「——ここだぁぁぁぁぁぁッ!!」


 飛び上がった勢いも乗せて、蒼炎の背中に剣を突き立てた。


『グルゥオン!?』


 背中に食い込んだ剣に反応し、蒼炎の獣は身を捩る。


——今更気付いたか?

だかもう遅い!


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」


 炎で形成された体を、魔力を込めた剣で突き進む。

胸部の心臓部(霊魂)目掛けて、一直線に。


 ローブの端が、黒煙をあげて焦げていく。

圧倒的な熱量に、肌が焼ける。


 それでも、俺は止まらない。


「——届けぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」


 蒼炎の渦の中、剣先で青い球体を捉えた。

——そのまま、突き抜ける。


 青い球体が、泡のように弾けた。


 ヘル・ブレイズの胸部を突き抜け、蒼炎の外に出た。


『ギャオォォォォォォォォォォォォォン!!』


 心臓部を失い、蒼炎の獣が苦痛の雄叫びを上げる。


 蒼炎の肉体を突き抜けた俺は、宙に放り出されて地面に落ちた。

受け身を取り損ねて、不恰好に転がる。


 地面を転がった俺の前で、蒼炎の獣の姿が崩れていく。

存在を形成する霊魂の塊が消えた事で、炎の肉体を形成出来なくなり、消滅していく。


 それに伴って、森を焼いていた蒼い炎も小さくなっていく。


——アリガトウ……


「は?」


 消え去る炎の中、幼子の穏やかな声が、耳に入ってきた。

さっき、あの霊魂の塊の中で苦しんでいた声と同じだ。


 感謝する事もないだろ。

その霊魂をこの世に縛り付けて、あまつさえゴーストボールに作り替えて弄んだ、俺なんかに。


「……けどまあ、せいぜい安らかに、アッチで祝福ってやつを受けな……」


 地面に横たわり、空を見上げながら、俺は呟いた。

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