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福音の日

 古本まつりからの帰り道を、僕たちは手ぶらで歩いた。絵本は見つからなかった。


「今日、来て良かったよね。色々教えてもらえたし」

 小松原さんは言った。


 一縷の望みをかけて、絵本ブース以外も隈なく探した。熱心に見て回る僕たちが珍しかったのか、途中でひとりの出店者が声をかけてくれた。事情を話すと、こうしたイベントはあちこちで行われているから、他でも探してみるといいと教えてくれた。


「後で調べて、場所と日にちが近いイベントをピックアップしようよ」

 僕は提案した。


 小松原さんに、がっかりした様子は見られなかった。

「うん。諦めなければ、そのうち見つかるかもしれないしね」


「そうだよ、想乃ちゃん」

 蒼介が声を張り上げた。出し抜けに両足を開いて踏ん張ると、決めポーズのようなものを作り、

「明日がある限り、可能性はゼロじゃない! だから突き進むのだ!」

 右腕を伸ばし、前方を指差した。


「え?」

 一瞬きょとんとした後で、小松原さんは笑い声を上げた。

「あはは、何そのポーズ」


「面白い? ねえ、元気出た?」

 蒼介はぴょんと小松原さんに近づき、尋ねた。


「あはは、元気出たよ。ありがとう蒼介くん」

「良かったー」


 僕は小さな引っかかりを感じながら、二人のやりとりを眺めた。


(蒼介の今のセリフ、前にどこかで聞いたような……)


 俗にいうデジャブというやつだろうか。蒼介の見せたアクションを、僕は以前どこかで見聞きした気がした。


「綾人くん?」

 僕がぼうっとしていると思ったのか、小松原さんが肩を叩いてきた。

「どうしたの? 疲れた?」


「ううん、全然。平気だよ」


「ねえ、兄ちゃん。駅に着いたらハンバーガー食べようよ」

 蒼介が信じられないことを言う。


「え? 出店であれだけ食べたのに?」

「それはお昼でしょ? 今はもう夕方だよ? 俺お腹空いたよ」

「こんな時間にハンバーガー食べたら、夕飯入らなくなるよ」

「ええー?」

「祥子さんに怒られるぞ。いいの?」


 そうやって僕がたしなめているのに、小松原さんという人は裏切り者だ。完全に蒼介の側について言う。

「駅前にパン屋さんあったよね。パン屋さんの作るハンバーガーはバンズがふわふわで香ばしくて、すっごくおいしいんだよ」


「そうなの? 食べたい! じゃあ兄ちゃんパン屋さん行こう、パン屋さん」

「的場くん、是非行きましょう。わたし、あそこのパン屋さんずっと前から気になってたの」

「そんな、小松原さんまで……」


 少しの間抵抗したが、結局二人に押し切られるかたちで、その日はハンバーガーを食べて帰った。




 ■ ■ ■




 翌日から早速、古本市の開催情報を集めはじめた。実際に足を運んだりもした。結果は空振りだったが、何度か通ううち、古本市の雰囲気を楽しめる余裕が出てきた。


 八月も中頃になると、宿題をためこんだ蒼介が半泣きでやって来た。

「兄ちゃん、手伝って」


 毎年のことなので、僕は焦らなかった。夏休みが終わる直前ではなく、まだ余裕のある時期に泣きついてくる辺り、蒼介はちゃっかりしている。今年は小松原さんも、蒼介の宿題に協力してくれた。


「実はこうなることを見越して、読書感想文を書きやすそうな本を何冊か探しておいたんだ」

「うわあ、さすが兄ちゃん様」

「だけど読むのはちゃんと自分でやるんだよ。あらすじだけ調べて感想書くのはなしだからね」

「書き終わったら一度見せてよ。わたし、誤字脱字がないかチェックしてあげる」

「うん。ありがとう想乃ちゃん」

「それで感想文はどうにかなるとして、一番は問題は自由研究よね。蒼介くん、何かテーマ決めてるの?」

「ううん、まだ決めてない」


「それじゃあ今からテーマ探して、研究して、それをまとめて……」

 指を折りながら、小松原さんが言う。

「夏休み中に終わるのかな」


「間に合わなそう?」

 蒼介が絶望的な顔になった。


「僕と小松原さんも手伝ってやるから」

「ほんとに? でも大丈夫かな」


 僕は蒼介の背中を軽く叩いた。

「そんなふうに心配している時間が勿体ないよ。とにかく今はやるしかないんだから」


「そっか、そうだよね」蒼介はつぶやくと、「あ!」と何やら思いついた顔になった。そうして両足を開き、古本まつりの帰りにも見せたポーズをとった。右手のひとさし指で前方を示し、

「明日がある限り、可能性はゼロじゃない! だから突き進むのだ!」

 再び同じ台詞を口にした。


 僕と小松原さんはぽかんとして、蒼介を眺めた。


「――てことだよね? 今の段階ではまだ、宿題を終わらせられる可能性はゼロじゃない。よおし、俺やるぞ。絶対宿題終らせてみせる!」

 先程とは打って変わり、蒼介はやる気になっていた。


「え、ちょっと待って何今の」

 前回、蒼介のアクションにデジャブのようなものを感じた。さすがに二度目となると、聞き流してはいられない。

「なんの真似?」


「サバサバくんの台詞だよ」と、蒼介は答えた。


「サバサバくんて?」

「うっわぁ……!!」

 小松原さんの疑問の声と、僕の叫びが重なった。


 思い出した。

『お騒がせ!サバサバくん』

 僕が昔、夢中になって読んだ漫画だ。どうりで既視感があったわけだ。蒼介は、主人公のサバサバくんの決め台詞とポーズを真似していたのだ。


「懐かしい。蒼介、サバサバくん知ってるんだ?」

「うん、まだ読み途中だけどね」

「はー、すごい、よく読めたなあ」


 僕はびっくりして言った。蒼介は僕の反応を見て、不思議そうに首をひねった。

「え? 普通に読めるけど?」


「あ、どこまで読んでる?」

「今ね、七巻」

「じゃあまだ、サバサバくんの叔父さんは出て来てないんだな」

「おじさん? 海外に行ったまま行方不明になってる人? 嘘、帰って来るの?」

「そうそう、ある日突然サバサバくんの学校に現れて――、」

「待って待って兄ちゃん、まだ読んでないんだから言わないで」

「あ、そうだったね。ごめん」

「八巻はまだチケットたまってないから、読めないんだよー」


 蒼介はリュックの中から、少し前に買ってもらったというスマホを取り出した。すっかり慣れた手つきで操作をはじめ、僕に画面を向ける。

「ほら、このアプリで読んでるんだ。無料のチケット使って読んで、どうしても続きが読みたい場合はお母さんにチケット買っていいか相談するって約束で、設定してもらった」

「へえ、ちょっと見せて」


 蒼介からスマホを借り、アプリの説明を読んだ。一日に二度、ログインボーナスとしてチケットが配られる仕組みらしい。利用者はチケットを消費し、途中まで無料で漫画を試し読みできるのだ。気に入れば、続きを購入することもできる。


「いいな、これ。僕も入れようかな。久しぶりにサバサバくん読み直したい」


『お騒がせ!サバサバくん』は、僕が小学生の頃に初めて読んだ漫画だから、およそ十年前の作品だ。まさかこんな形で再びサバサバくんと出会えるとは、夢にも思っていなかった。

 以前にふと思い立って、全巻揃えようとしたことがあったが、調べると、コミックスはすでに絶版となっており現在は入手困難ということがわかった。だから蒼介がサバサバくんを読んでいると知り、驚いたのだ。


「幻の名作、読みたかった作品があなたの元に」

 気がつくと、僕の横で小松原さんが画面の文字を読んでいた。

「すごいね、このアプリ。他にも絶版になった漫画いっぱい配信されているみたいだよ。的場くんは漫画好きなの?」


「そんなに読むほうじゃないけど、サバサバくんは懐かしくて」


 他にどんなものがあるのだろう。ラインナップを調べようと、画面をスクロールしたとき、

「あ、ちょっと待って」

 小松原さんが言った。

「ちょっと戻して」


「うん?」

 僕は一度蒼介に目で尋ねてから、小松原さんにスマホを渡した。気になる作品があったのだろうか。


 小松原さんはなぜだか真剣な顔で、操作をはじめる。

 しばらくすると、ふーっと深く息を吐いた。「見つけた」と声を震わせる。

「見つけたよ、的場くん」


 向けられた画面には『ヒナちゃんのいと』という文字があった。その少し上に、配信予定作品と表記されている。


「どうしよう、見つけちゃった」

「ええ? でもこれ絵本だけど」

「漫画だけじゃないみたい。このアプリ、小説とかビジネス書とか、他にも絶版になった作品を色々扱ってる。ここに絵本ってカテゴリーがあるでしょ? 試しにタイトル検索してみたら、ほら」

「え、じゃあ読めるの?」

「読める……んだよね? すごい、どうしよう。読めるんだ……」


 意外なところから、絵本に辿り着けた。


「配信日は来週だけど、今すぐダウンロードだけしておこう」

「アプリのダウンロードってどうやるの?」

「教えるよ」

「ありがとう。うわあ、すごいなあ。なんかもう今から落ち着かない」


 興奮する僕たちを、蒼介は置いてけぼりにされたような顔で窺っていた。だがすぐに目を輝かせ、

「ねえもしかして俺、お手柄? すごい? 二人ともうれしい?」


「うれしい!」

 僕と小松原さんは両脇から蒼介を抱きしめた。

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