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再会する日(2)

「あ、うん」

 僕は戸惑い、妙な間をあけて返事をした。


 距離を置いたというのに、どうしてまたこんなところで会ってしまったのだろう。

 タイミングの悪さを呪うと同時に、本当にこの女性は祥子さんなのかという驚きがあった。


 僕の目の前で、祥子さんは明るい色のTシャツとデニムに身を包み、やわらかく微笑んでいる。

 同じ家に住んでた頃と比べると、別人のようだった。

 以前の祥子さんはもっと笑顔が硬く、服装も地味な色のものばかり選んで着ていた。


「蒼介を連れて来てくれたのね。ありがとう」

 祥子さんが笑いかけてくる。

「わたしは店番あるから、どうしても手が離せなくてね。朝早くから準備もあったし。だから本当、助かっちゃったよ」

 と、並んだアクセサリーを差し示した。


「あ、えっと、もしかしてこれ、祥子さんが出店してるの?」

「ううん、わたしはただの手伝いだよ。ここにあるのは全部、わたしの友達が作ったんだ」

「あ、そうなんだ」

「ハンドメイド作家ってやつ? すごいでしょう」

「うん、すごいね」

「ネットでも販売してたりするよ。興味あるなら、今度チェックしてみてね」


 滑らかに話す祥子さんに対し、僕の舌はうまく回らない。

 何事もなかったかのような態度で接してくれる祥子さんを前に、罪悪感が募っていく。

 例え祥子さんから敵意を向けられたとしても、文句は言えない。それだけのことを、僕は祥子さんにしてきたのだから。


「今日暑いわねー。店番するのきついよ」

「この後、まだ気温上がるって」

「そうなの? うわあ、きっつーい」


 祥子さんは手の平で顔を扇ぎ、ペットボトルの水をごくごく飲んだ。

 僕があの家に居続けていたら、こんな祥子さんは見られなかっただろう。

 溌溂と喋り、笑う彼女の姿は、とても眩しかった。


 何か言わなければと焦り、喉がつかえるのを感じた。僕は全身から嫌な汗をにじませた。本当は祥子さんを気遣ったりしたいのに、上手に振る舞える自信がない。

 顔を伏せそうになったとき、背中に熱が伝わった。小松原さんの手だった。大丈夫。そう言う代わりに、僕の背中をそっと押してくれていた。


「あ、あのさ」

 勢いをつけ、口を開いた。鞄から飴を取り出し、祥子さんに手渡す。

「これ舐めるといいよ」


「飴?」

「塩飴。熱中症対策。水分だけじゃなくて塩分も摂らないと」


 祥子さんはきょとんとした顔の後で、「ありがとう」とはにかんだ。

「綾人くん、相変わらずしっかりしていて、よく気がつくね」

 そこで、祥子さんの視線が小松原さんへと移った。

「ところで、お隣の彼女は?」


 僕は祥子さんに小松原さんを紹介した。小松原さんはちょっと緊張した様子で、ぺこりと頭を下げた。

「初めまして」


「想乃ちゃんはね、探している本があるんだってー」

 横から、蒼介が言った。駅で僕を待つ間にでも、小松原さんから聞いたのだろう。


「この会場で見つけられたらなって思って、来たんです」

「それじゃあ古本市のほう行くんだね。うちの蒼介、お邪魔じゃない? うるさいでしょ?」


「俺お邪魔じゃないよー。俺と想乃ちゃん、仲いいし」

 蒼介が不服そうに口を挟む。

 ねえ? と蒼介から同意を求められ、小松原さんは微笑んだ。

「うん、そうだね」


 そのとき、祥子さんがお客さんに呼ばれた。商品について質問に答える祥子さんを視界に入れつつ、僕たちは並んだアクセサリーを眺めて時間を潰した。


 お客さんが去った後で、祥子さんは言った。

「思っていたより売れ行きが良くてね、店番大変なんだ。蒼介、後で手伝ってくれる? お小遣いはずむから」


「よっしゃ、いいよー。ついでにジュースもつけてね」

 蒼介が両手をパチンと叩く。


 現金な息子を呆れたように一瞥してから、祥子さんはこちらに顔を向けた。

「悪いんだけど綾人くん、出店巡りが終わったら蒼介ここまで連れて来てくれる? 店番手伝わせるから。綾人くんたちはその間、古本市のほう見て来るといいよ。帰るときになったら蒼介迎えに来てね」


 祥子さんが気を利かせてくれたのがわかった。やっぱり彼女には敵わない。

 敵わなくていい。

 自然に、そう思えた。


 それから出店が並ぶエリアに向かった。かき氷を買い、木陰に入って食べた。祥子さんとの再会でやけに汗をかいた僕は、勢いよくかき氷を食べ、頭痛に襲われた。悶える僕を見て、小松原さんと蒼介が笑い声をあげた。


「大丈夫? 一気に食べちゃだめだよ、的場くん」

「兄ちゃん慌てすぎだよー」


 かき氷を食べ終えると、いよいよ出店で遊ぶことにした。蒼介は張り切って射的に輪投げ、くじ引きと回っていく。遊びの合間にお好み焼きとフライドポテトを食べた。蒼介ははしゃぎ、くるくると忙しく表情を変えた。


「なんかこういうの楽しいね」

 こめかみの汗を拭いながら、小松原さんがしみじみと言った。先頭立って歩いていた蒼介が、僕と小松原さんを振り返り、「ねえ次、ラムネ飲もうよー」と呼んだ。


「待ってて」

 蒼介に向かって答えてから、僕は小さく小松原さんに伝えた。

「さっきはありがとう」


「さっき?」

「祥子さんと会って話すの、家を出たとき以来だったから、緊張してたんだ。だけど小松原さんのお陰でちゃんと話せた」


 僕の言葉に、小松原さんはふるふると首を振った。


「え? 僕、ちゃんと話せてなかった?」

「ううん、ちゃんと話せてたよ。でもわたし、的場くんからお礼を言われるようなことなんて」

「背中、押してくれただろう? すごく心強かった」


 そこで小松原さんは僕からそっと顔をそむけた。すぼめた肩を小さく揺らし、ふふっと息を洩らした。

「それじゃあわたし、的場くんの役に立てたのかな」


「うん、すごく助かったよ」

 僕はうなずき、もう一度礼を述べた。

 再び蒼介が僕たちを急かす。

「兄ちゃーん、想乃ちゃーん! 早くー!」


「はーい」

 僕たちは揃って駆け出した。

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