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神殺しの罪人は、三度目の生で壊した世界に償う  作者: 放浪猫
三度目の生

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95/96

51話

 依頼の場所は、領都から北へ半日の森だった。

 樹海そのものではない。樹海の縁から染み出すように広がった林で、地元では外森と呼ばれているらしい。畑を荒らす犬型が三頭。それだけの依頼だった。

 朝のうちに町を出て、昼前には林の入り口に着いた。


 一歩入って、足が止まった。

 濃い。

 領都でも濃いと思っていたが、比べものにならなかった。下生えのあいだにも、木の根元にも、澱みが溜まっている。息を吸うだけで喉の奥に膜が張るような感じがして、それが不快ではないのが自分でも不気味だった。


 俺の身体は、これを歓迎している。

 歩くたびに流れ込んでくる。腹の底で受けて、上へ回して、器へ落とす。考えなくても回る。この森は、俺にとっては餌場のようなものだった。


 そして、懐かしかった。

 理由は分かっている。分かっていて、それでも肌の感覚が覚えていた。

 腐葉土の柔らかさ。日の差し込み方。木の皮に爪を立てたときの、あの引っかかり。踏むと音の出る枝と、出ない枝の見分け方。誰にも教わっていないのに、身体のほうが先に選り分けている。


 百六十年ぶりの森だ。


 犬型は、林の中ほどで見つけた。

 三頭。札のとおりだった。風下から近づいて、一頭目の首を落とし、振り向いた二頭目の脚を薙いだ。三頭目が逃げようとしたので、追って背骨を断った。

 どれも二十を数えるほどで終わった。動きを強化すれば、犬型にも後れを取ることはない。


 核を三つ、取り出して袋へ入れた。

 これは、そのまま納める。浄めた石を持っていけば怪しまれる。二年前に一度やって、ギルドの職員に問い詰められた。

 依頼の分は、早々に終わった。ここから先は散歩のようなものだ。

 俺は、もう少し奥へ入った。

 札に書かれていない個体を探して、片づけて回る。半日で、犬型が二頭と、猪型が一頭。どれも畑の側へ下りてくる前に始末した。


 核を三つ、掌で握る。

 瘴気が抜けていく。腹の底へ落ちて、上へ回って、器へ収まる。石が黒から灰色へ変わるのに、三つ数えるほどもかからなかった。

 足元の土に、穴を開ける。

 土を掘る手間は要らない。退けと決めれば、その分の土が脇へ寄る。死骸が三つ入るだけの穴が、木の根の下に開いた。


 犬型を二頭、猪型を一頭、そこへ落とす。灰色になった石も一緒に落とした。決めたものを戻せば、土は元のとおりに閉じる。落ち葉を蹴って、上からかけておいた。

 浄めた石は、ただの石だ。放っておいても害はない。売れば小銭になるが、売れば出どころを訊かれる。埋めるのがいちばん静かだった。


 この森から出ていく石が、三つ減った。

 教会の木箱は千に届こうかという量で、明日も明後日も増える。三つ減らしたところで、大した違いにならないのは分かっていた。

 分かっていて、そのまま森を歩いた。

 日が傾くまでに、合わせて十頭。核はどれも浄めて、埋めた。


 ふと、俺は林の奥を見た。

 木々の向こう、北東の方角。そちらへ行くほど木が太くなり、間隔が詰まって、日が入らなくなる。あれが樹海だ。

 巣穴があったのは、もっと奥だった。

 覚えているのは、岩が三つ重なった場所と、その下の窪み。雨の日でも濡れない、狭くて暗い穴。

 もうないだろう。百六十年あれば、岩も動く。木も倒れる。あの窪みが残っているとは思えない。

 それでも、方角だけは間違えていない。


 あいつを埋めたのは、巣穴から少し離れた、平らな場所だった。

 石を積んだ。手が小さかったので、大きな石は運べなかったが、積み終えるのに半日かかった。そのあいだ何も食べなかったのを覚えている。

 あの石も、もうないだろう。


 俺は、そちらへ向かって少しだけ立っていた。手を合わせる作法をこの世界で見たことはないし、前の世界の作法も、いまさら意味があるとは思えなかった。

 だから、気持ちが落ち着くまで、ただ立っていた。それから背を向けて、林を出た。


 ギルドに戻ったのは、日が落ちてからだった。

 受付に石を三つ出すと、職員は何も言わずに帳面へ書き込み、銅貨を数えた。三頭で銅貨四十五枚。犬型としては悪くない値だ。魔物が多い土地は、討伐の値も上がる。

 建物の半分が酒場になっていた。

 安い麦酒と、煮込みと、硬いパン。頼んで隅の卓に座ると、隣の卓の話が勝手に耳へ入ってきた。

 探索者が四人。四十代くらいが二人と、若いのが二人だ。


「外森が、また広がってやがる」


「去年の測りより、三十歩ぶん出てるとよ」


「木が勝手に生えてくるんだ。どうしようもねえだろうが」


 俺は椀を置いた。

 樹海が広がっている、という話は聞いていた。だが、測っている人間がいるとは思わなかった。


「毎年、測るんですか?」


 声をかけると、四十代くらいの一人が顔を上げた。俺の札を見て、それから顔を見る。


「あん? 新入りか。……ああ、測るさ。領のお達しでな。畑がどこまで削られるかって話だ」


「そうなんですか。……広がる速さは、変わっていますか?」


 男は麦酒をあおって、少し考えた。


「早くなってるとも。俺が若いころは、十年で十歩てえところだった」


 十年で十歩が、一年で三十歩。


 何倍になったのかを考えかけて、やめた。数えても仕方のないことだ。

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