9話
外に出たとき、夜の空気が肺に流れ込んできた。あの饐えた穴の匂いのあとでは、森の夜気は驚くほど澄んでいた。俺は生き返るような心地でそれを吸った。隣で剣を持ったほうも、大きく息をついた。だが、休んではいられなかった。ここはまだ、あいつらの巣のすぐそばだ。
俺は二人を自分のねぐらへ導いた。あの倒木の下の穴。俺が最初に隠れた、あの場所だ。ほかに安全な場所を知らなかった。俺は先に立って道を示した。剣を持ったほうが動かないもう一人を背負い、ふらつきながらついてきた。
どれくらい歩いたか。ようやくあの倒木のところへ着いた。俺は穴の中へ動かないほうを運び込むのを手伝った。狭いが雨露はしのげる。外からは見えにくい。あいつらの巣からもじゅうぶんに離れた。ここまで来れば、ひとまず。
動かないほうを穴の奥に横たえ終えた、そのときだった。剣を持ったほうが、糸が切れたように、その場に崩れた。
俺は驚いて駆け寄った。だが、すぐにわかった。倒れたのではない。気を失ったのだ。張り詰めていたものがここへ来てようやく切れたらしい。安全な場所に着いたと、こいつの身体が勝手に判断したのだろう。俺の身体が、いつもそうするように。
二人とも動かなくなった。静かだった。倒木の穴の中で、二人の規則正しい寝息だけが聞こえた。生きている音だ。俺はその音を、しばらく聞いていた。
妙な気分だった。俺のねぐらに、俺以外のものがいる。それも二つ。今日まで、ここには俺一人だった。誰も入れたことのない、俺だけの隠れ場所。そこに今、俺じゃないものが無防備に眠っている。追い出そうとは思わなかった。ただ、不思議だった。狭い穴の中が少しだけ狭くて、そしてなぜか、前より寒くない気がした。
夜が明けても、二人は目を覚まさなかった。
俺は穴の外で待っていた。何を待っているのかは自分でもわからない。腹は減っていたが、遠くへ食い物を探しに行く気にはならなかった。二人を置いて離れたくなかった。だから俺は穴の入り口の近くにしゃがんで、朝の森を眺めていた。
そのうち、目があの剣にいった。剣を持っていたほうが眠る前に、穴の入り口のそばにそれを置いていた。硬い覆いに納まった細長いもの。こいつが命がけで取り返して、赤ん坊みたいに抱えていた、あれだ。
俺はそれを手に取った。悪気はなかった。ただ、知りたかった。あんなに大事にされるものが、どういうものなのか。覆いから中身を引き抜いてみた。中から出てきたのは、細長い、鈍く光る、平たいもの。縁に触れると指がすっと切れて、血の玉が浮いた。慌てて手を離しそうになったが、離さなかった。危ないものだ、ということはわかった。危ないものを、こいつは大事にしていた。
俺は見よう見まねで、それを振ってみた。昨日、こいつが穴の中で握って振る仕草をしてみせた。あれを真似た。
その剣はこいつの手にはちょうどいい長さらしかった。だが、俺の身体には大きすぎた。柄を握って立ててみると、切っ先が俺の背丈とそう変わらない。こいつなら片手でも扱えそうなその一振りを、俺は両手で、全身を使って持ち上げるしかなかった。振り下ろす。重かった。剣に振り回されて切っ先が地面を叩き、俺はよろけた。もう一度。今度は地面を叩かないように。また、もう一度。腰から、肩から、腕の先まで、身体じゅうを使って、ようやく一振り。
何度か振っているうちに、妙なことが起きた。身体が熱くなってきた。
動いて温まった、というのとは違う。もっと奥のほうだ。腹の底か、胸の中か、うまく場所は言えない。剣を振るたびに、その奥の熱が少しずつ強くなる。昨日、穴の中でこいつの震える手を見たときに灯った、あの熱と同じものだった。逃げるためではなく、何かのために動きたい——あの、収まりの悪い熱。
それが、剣を振るたびに応えるように濃くなった。
なぜだろう、とは思わなかった。あのときの俺は、まだ何も考えなかった。ただ、剣を振ると身体の奥が応える。その感じが悪くなかった。だから振り続けた。朝の光の中で、下手くそに、何度も、何度も。
あれがただの素振りでなかったと知るのは、ずっと後のことだ。
背後で物音がした。
振り返ると、剣の持ち主が目を覚ましていた。穴の入り口に半身を起こして、こちらを見ている。俺がその剣を振り回しているのを。
俺は凍りついた。まずい、と思った。こいつの大事なものだ。それを勝手に持ち出して振り回している。奪ったと思われる。怒られる。あるいは——昨日あんなに必死だったこいつのことだ、取り返しに襲いかかってくるかもしれない。俺は剣を持ったまま動けなくなった。
だが、こいつは襲ってこなかった。しばらく俺のことをじっと見ていた。それから、ゆっくりと身体を起こした。まだ本調子ではないらしく、壁に手をついて。そして、俺のほうへ片手を差し出した。
返せ、と言われるのだと思った。俺はおずおずと剣を差し出そうとした。
だが、違った。こいつは剣を受け取ると、それをいったん自分で構えてみせた。両手で柄を握り、腰を落とし、切っ先をまっすぐ前へ。俺のめちゃくちゃな振り方とは、まるで違った。無駄がなくて、静かで、美しかった。ひと目でわかった。これが、本当の振り方だ。
そして、こいつはその剣を、俺のほうへ柄から差し出した。
やってみろ、と。言葉はなくても、わかった。




