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望まぬ転生をした俺は、三度目の生を生きる  作者: 放浪猫
緑の怪物

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8話

相手の身体がびくりと強張るのがわかった。当たり前だ。闇の中でいきなり緑の何かに触られたのだから。俺は動かなかった。相手の強張りが解けるのを待った。縄に指をかけて、けれどそれ以上は何もせず、ただ、俺はあんたを傷つけないと伝えるために、じっとしていた。


 どれくらいそうしていたか。相手の身体から少しずつ力が抜けていった。強張りが解けていった。そして、縛られた両手がほんのわずか、俺のほうへ差し出された。ほどけ、と言っていた。言葉はなくても、わかった。


 俺は縄に指をかけた。


 あいつらの縄は雑だった。硬く締めてあるが、結び方に工夫がない。俺は爪を立て、繊維を一本ずつ、切るというよりほぐしていった。時間がかかったが、焦る気持ちを抑えて、音を立てないよう少しずつ。相手は——縛られていたほうは、じっとしていた。俺のすることを邪魔しなかった。信じたわけではないだろう。ただ、それが今、自分にできる最善だとわかっていたのだと思う。


 縄がほどけた。


 自由になった手を、相手はすぐには動かさなかった。痺れていたのだろう。ゆっくりと握って、開いて、それから傍らの動かないほうへその手を伸ばした。もう一人の、ぐったりとしたほうの頬に触れて、何か小さな声で囁いた。動かないほうは答えなかった。だが、かすかに身じろぎした。生きている。それだけは、俺にもわかった。


 問題は、そこからだった。


 起きているほうは自分の足で立てる。だが、もう一人は立てない。運ぶしかない。この狭くて暗い、寝ているやつらだらけの穴の中を、動けない一人を抱えて抜けなければならない。

 俺には、それがどれほど無茶かわかっていなかった。わかっていたら、たぶん動けなかった。知らないというのは、時々、力になる。


 起きているほうが、動かない相方を背負おうとした。だが、身体が言うことを聞かないらしい。頭を打たれた傷のせいだ。ふらついて、膝をつく。その拍子に、肘が近くの岩に当たった。


 音が鳴った。


 小さな音だった。だが、静まりかえった穴の中では、じゅうぶんすぎるほど響いた。近くで寝ていた一体が身じろぎして、低く唸った。


 俺たちは凍りついた。

 そいつが頭をもたげた。寝ぼけた目でこちらのほうを見ようとしている。闇の中だ。まだはっきりとは見えていない。だが、あと少し目が慣れれば、あと一声物音がすれば——見つかる。そうなれば終わりだ。この穴の中の全部が目を覚ます。


 俺の心臓が激しく鳴っていた。逃げろ、と身体が叫んでいた。この二人を置いて今すぐ逃げろ、と。俺一人ならまだ間に合う。闇に紛れて消えられる。身体はそう言っていた。


 俺は逃げなかった。


 なぜかは言えない。あのとき俺の中にあったのは、言葉にならない、ただひとつの願いだった。頼むから、こっちを見るな。眠っていてくれ。この二人を見つけないでくれ。——祈るように、俺はそう思った。誰に祈ればいいのかも知らないくせに、全身でそう願った。


 そのときだ。穴のずっと奥のほうで、何かが崩れる音がした。

 積んであった骨か、がらくたの山が、ひとりでに崩れたような音。寝ぼけていたそいつの頭が、ぐるりとそちらを向いた。唸りながら億劫そうに立ち上がって、音のしたほうへのそのそと歩いていく。俺たちのほうを見もせずに。


 助かった。なぜあんな都合よく音が鳴ったのか、あのときは考えもしなかった。運が良かった。ただ、そう思った。俺は動けないほうへ肩を貸そうとした。だが、起きているほうが俺の腕を掴んで止めた。そして、闇の奥の一角を指さした。


 俺には最初、何を指しているのかわからなかった。そこにはがらくたの山があるだけだ。あいつらがどこかから奪ってきたものを無造作に積み上げた山。硬いもの、光るもの、布のようなもの——そういったものがごちゃ混ぜに積まれている。よく見ると、そのなかには、あの二人の身体を覆っていたのと同じ硬い覆いも混じっていた。あいつらは二人からそれを剥ぎ取って、ここへ放り込んだらしい。今の二人が下衣だけの薄い身なりでいるのは、そのせいだった。


 起きているほうは、その山と俺を交互に見た。それから、何かを握って振るような仕草をしてみせた。何度も。 欲しいものが、あの山にある。言葉はなくても、それはわかった。こいつはあの山から何かを取り返したがっている。それがないと駄目なのだと。理由まではわからない。だが、その目の必死さが、これはただの欲じゃないと俺に伝えていた。


 俺はその山に近づいた。

 起きているほうも、ふらつく足でついてきた。動かないもう一人をいったん壁際に寝かせて。俺たちはがらくたの山の前に並んでしゃがんだ。

 探すといっても、簡単ではなかった。山は崩れやすく、うかつに引き抜けば上に積まれたものが雪崩れて音を立てる。あの崩れる音の恐ろしさは、さっき身に沁みたばかりだ。俺は一つずつそっと持ち上げては下を確かめ、また戻した。起きているほうも同じようにした。俺のやり方を見て、すぐに真似た。賢いやつだ、と思った。


 暗くて、手触りだけが頼りだった。硬い、冷たいもの。角のあるもの。俺にはそれらが何なのかわからない。だが、隣のこいつにはわかるらしい。俺が何かを持ち上げるたび、こいつは首を伸ばしてそれを確かめ、違うと小さく首を振る。俺は戻して、次を探す。そのやりとりを何度も繰り返した。


 途中で一度、手が触れた。


 同じものに同時に手を伸ばして、俺の指とこいつの指が重なった。こいつの手は俺のよりずっと大きくて、冷たくて、そして細かく震えていた。怖いのだ、と思った。当たり前だ。こんな穴の底で、緑の化け物とがらくたを漁っている。怖くないはずがない。それでもこいつは手を引っ込めなかった。震えたまま、俺の隣で探し続けた。

 その震える手を見ていたら、俺の中のあの収まりの悪いものがまた動いた。


 守らなければ、と思った。


 その言葉を、俺はまだ知らなかった。だから正確には、そう思ったのではない。ただ、この震えている大きな手を、この必死な目を、あいつらに見つけさせてはならないと、身体の芯が熱くなった。逃げろと言い続けていた身体の、その同じ奥のほうで、初めて別のものが灯った。逃げるためではなく、何かを守るために動きたいという熱が。


 それが、最初のひとかけらだったと、今なら思う。


 剣は、山の下のほうにあった。

 起きているほうの手がある一本に触れた瞬間、その動きが変わった。息を呑んで、そっと、けれど確かに、それを引き寄せた。細長い、硬い覆いに納まった一振り。こいつはそれを両手で抱えて、しばらく額を寄せるようにしていた。まるで、失くした身体の一部を取り戻したみたいに。


 それから、こいつはもう一本を探した。今度は迷いのない手つきだった。同じような一振りを引き抜くと、それは抱えなかった。ただ、しっかりと脇に確保した。動かないもう一人の——きっと、あれの得物だったのだろう。自分のものと、仲間のもの。二本とも、こいつは取り返した。


 俺はその様子を見ていた。


 あんなふうに何かを大事そうに抱くやつを、俺は初めて見た。俺には大事なものなんて何もなかった。腹を満たすもの以外、失って困るものを俺は持っていなかった。だからそのとき俺は、少しだけ不思議だった。あんなに大事なものがあるというのは、どういう気持ちなんだろう、と。


 その答えを知るのは、もっとずっと後のことになる。


 穴を抜けるまでのことは、あまり覚えていない。

 動かないほうを運ぶのは、剣を取り戻したほうの役目だった。俺にはとても無理だった。あの大きな身体を背負うには、俺は小さすぎたし、力もなかった。だから俺は運ぶ代わりに、先を行った。安全な道を選び、危ないものの気配を探り、進む先を示す。それくらいしか、できることがなかった。だが、それが俺の役目だった。


 狭い穴の中を、寝ているやつらを避けて、火のそばの見張りの目を盗んで、少しずつ、少しずつ。何度も心臓が止まりそうになった。だが、そのたびになぜか、うまくいった。見張りがふいに欠伸をして顔を背けたり、寝返りを打ったやつがこちらに背を向けたり。今から思えば、あまりにうまくいきすぎた。


 だが、そのときは、そんなことを考える余裕はなかった。

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