7話
群れは森の奥へ奥へと進んでいった。やがて木々のあいだから、それが見えてきた。あいつらの巣だ。岩肌に大きな穴が開いていて、そのまわりに粗末な囲いや骨や食い散らかした跡が散らばっている。饐えた匂いが風に乗って流れてきて、俺は思わず顔をしかめた。血と腐ったものと大勢の身体の匂いが混ざった、ひどい匂いだった。
俺はじゅうぶんに離れた斜面の木の根の陰に腹ばいになって、その巣を見張ることにした。
群れは引きずってきた二人を穴の奥へ連れ込んだ。それきり二人の姿は見えなくなった。あの暴れていたほうの声も、しばらくして聞こえなくなった。生きているのか、そうでないのか、俺にはわからない。わからないのに、その声が聞こえなくなったことが、俺の胸のあの収まりの悪い場所をぎゅっと縮ませた。
俺は待った。何をどうするかなんて考えていなかった。考える頭は、まだ持っていなかった。ただ、あの声が聞こえた場所から離れられなかった。それだけだ。腹ばいのまま、俺はあいつらの巣を見つづけた。
見ているうちに気づいたことがあった。あいつらは落ち着きがなかった。何十もの緑の身体が穴の周りをうろついて、小競り合いをして、喚き、突き合っている。統率がまるでない。何かを恐れているような、抑えつけていたものがなくなって箍が外れたような、そんな殺気立ち方だった。
あのときの俺には、その意味はわからなかった。あの巣には、いちばん大きくていちばん恐ろしいもの——群れを力で抑えつけていた何かが、いなかったのだ。それを知るのはずっと後のことだ。ただ、統率のない群れというのが忍び込むのにどれだけ助けになるか、俺の身体だけがなんとなく察していた。
俺は日が暮れるのを待った。
夜が来た。
あいつらは火を持っていた。穴の入り口のあたりで赤いものがゆらめいて、そのまわりに何体かが集まっている。
今なら知っている。あの群れが火を扱えたのは、あいつらが特別だったからではない。あの巣を率いていたもの——ずっと後に俺が向き合うことになるあいつらが、飛び抜けて知恵の回る変異ものだったからだ。群れの他のやつらは、そいつが遺した火を絶やさないよう薪をくべることしかできない。
だからその夜の火は、ただ燃えているだけの火だった。誰かがそれを使うでもなく、消えないように守られているだけの。今から思えば、あれはあの巣を統べていたものが今そこにいない、何よりの証だった。
その火を守る役目のやつらが見張りだった。数はさっきより減っていた。多くは穴の奥で寝ているらしく、喚き声も昼間よりずっと少ない。
俺は腹ばいのまま、少しずつ近づいた。
風下を選んだ。火のあかりが届かない、闇の濃いところだけを通った。地面に身体を貼りつけて、指先で土を探って、音の出ない場所を選んで、そこに体重を移す。片手、片膝、また片手。数を数えるほどゆっくり進んだ。
急ぎたい気持ちはあった。あの声のことを思うと、身体の内側が急かした。だが、急いで音を立てればそこで終わりだということも、身体が知っていた。だから俺は急ぐ気持ちを押さえつけて、ただ遅く、遅く、進んだ。
見張りのそばを通るとき、心臓が口から出そうだった。
火のそばにいる一体の、すぐ後ろの闇を、俺は通らなければならなかった。手を伸ばせば届くほどの距離だ。そいつの体臭が鼻をつく。喉の奥でそいつが低く唸るのが聞こえる。俺は息を止めた。止めて、動きも止めて、そいつが火のほうへ向き直るのをただ待った。
どれくらいそうしていたか。そいつが火に何かをくべるために身体をそちらへねじった。その、ほんのわずかな隙に、俺は闇の中を滑り抜けた。背中を冷たいものが伝っていた。
穴の中は暗かった。奥へ進むほど火のあかりが遠くなって、代わりに匂いが濃くなった。あの饐えた匂い。何体もの寝息があちこちから聞こえる。俺は壁づたいに、寝ているやつらを避けながら奥へ進んだ。どこにあの二人がいるのかわからない。ただ、進むしかなかった。
やがて匂いが変わった。あいつらの匂いに混じって別の匂いがした。血と、汗と、それから、あいつらのものではない何か。俺はその匂いのするほうへ、闇の中を手探りで進んだ。
いた。
奥まった岩の窪みのようなところに、二つの影があった。大きな身体。片方は壁にもたれてぐったりと動かない。もう片方が、その動かないほうを自分の身体で庇うようにして座っていた。手を後ろで縛られているらしかった。それでもそいつは起きていた。闇の中でじっと、何かを睨むように顔を上げていた。
俺が近づくと、その顔がこちらを向いた。
目が合った。
暗くて、互いの姿はよく見えなかったはずだ。それでも俺には、その目が見えた。焦点は定まっていなかった。頭を打たれたせいだろう、その目は俺をまっすぐ捉えきれずに揺れていた。それでも——朦朧としながら、その目はまだ警戒を解いていなかった。昼間、群れのただ中で叫んでいた、あの目と同じものが、その奥に残っていた。負けて、意識も濁って、それでも折れていない目だった。
その揺れる目が俺を捉えようとして、わずかにみひらかれた。
俺は動きを止めた。どうすればいいのかわからなかった。俺は言葉を持たない。こいつが何を考えているのかも、こいつに俺のことをどう伝えればいいのかも、何ひとつわからない。ただ、縛られたその手をなんとかしなければ、とだけ思った。それだけは、はっきりしていた。
俺はその手にそっと触れた。




