↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
望まぬ転生をした俺は、三度目の生を生きる  作者: 放浪猫
緑の怪物

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/41

6話

 その日、森の音が、いつもと違った。


 俺は、匂いより先に音でものを知る。水がそうだったし、危ないやつが近づくのもそうだ。だからその日、遠くのほうで鳴りはじめた音に、俺はすぐ気づいた。聞いたことのない音だった。硬いものと硬いものがぶつかる、甲高い音。それが、何度も響いた。


 鳥が、いっせいに飛び立った。俺のいた木のあたりから、森じゅうの鳥が音のするほうと反対へ逃げていく。獣たちも動いていた。俺の足元を、小さいのから大きいのまで、みんな同じ方向へ走り抜けていく。逃げろ、と森の全部が言っていた。俺の身体も、同じことを言った。膝から下が冷たくなる、あの感じだ。あっちへ行くな、と背中が言い張っている。


 なのに、俺は動かなかった。逃げる群れと反対を向いて、その音のするほうをじっと見ていた。

 変な話だが、俺はその音を、もっと知りたかった。怖いのに、知りたい。この二つが同時に来るのを、俺はそのとき初めて経験した。腹が減っているわけでもないのに、俺の中の何かが、あの音のほうへ引っぱられていた。

 理由は、やっぱりわからない。今になっても、うまく説明できない。ただ、あのとき俺は、逃げる代わりに歩きだしていた。音のするほうへ。森の全部が逃げていくほうへ。


 近づくにつれて、音が増えた。さっきの甲高い音に混じって、別の音が聞こえてきた。声だ。何かが叫んでいる。低い声、高い声。俺と同じ緑のやつらの、耳障りな喚き。それから、それとは違う、聞いたことのない響きの声。細くて、鋭くて、何かを必死に言っている声。意味はわからない。ひとつも。だが、その声を聞いた瞬間、俺の足が、勝手に速くなった。


 茂みの陰まで来て、俺は足を止めた。


 木々の切れ間に、開けた場所があった。そこで、何かが終わったところだった。俺と同じ緑のやつらが、何十といた。今まで見たどの群れより多い。そいつらが、地面に転がった幾つものものを、囲んだり、蹴ったり、引きずったりしていた。


 地面に転がっていたのは、人間だった。もっとも、それが人間と呼ばれるものだと知ったのは、ずっと後のことだ。あのときの俺の目には、俺やあいつらより大きくて、身体を硬いもので覆った、見たこともない生き物としか映らなかった。その硬い覆いのあちこちから赤いものが流れて、もう動かなくなっている。動かないそれを、緑のやつらが棒でつついて、喚いて、笑っていた。あの、俺を追いかけたやつと同じ、あの笑い方で。


 見ていて、胸のあたりが、ざわついた。


 なぜだかはわからない。動かないものたちは、俺の仲間でも何でもない。見たこともないものだ。なのに、そいつらが棒でつつかれて笑われているのを見ていると、俺の中で、あの狩りのときの——虫を食ったあとの、収まりの悪いものが、また持ち上がってきた。それの、もっと大きいやつが。


 そのとき、緑の群れの真ん中で何かが動いた。


 動かないものばかりの中で、それだけが動いていた。二つ。硬いものに覆われた、俺やあいつらより大きな身体が、二つ。緑のやつらに腕を掴まれ、引きずられながら、それでも暴れていた。


 片方は、ぐったりして、ほとんど動かない。もう片方が、暴れていた。


 掴まれた腕を振りほどこうとして、脚で地を蹴って、抵抗していた。何体ものやつらに押さえつけられ、頭を打たれたのか、こめかみから赤いものを流しながら、それでも、そいつは屈しなかった。喚くやつらのただ中で、顔を上げて、何かを鋭く叫んでいた。細くて、高くて、必死な、あの声で。


 俺は、その姿から目が離せなかった。


 わからなかった。あいつは、どう見ても負けていた。囲まれて、掴まれて、血を流して、これからどこかへ引きずられていく。俺なら、とっくに諦めている。倒木の下で丸まって、ただ嵐が過ぎるのを待つ。それが俺の生き方だった。奪われたら、奪われるままにする。逃げられなければ、竦んで、終わるのを待つ。


 なのに、あいつは諦めていなかった。


 負けているのに、折れていない。もう終わりだとわかっているだろうに、まだ終わらせていない。そんな生き物を、俺はそれまで見たことがなかった。俺の知っている生き方の、どこにもないやり方だった。

 緑の群れが、その二つを引きずって、森の奥——あいつらの巣のあるほうへ、移動しはじめた。暴れる声が、だんだん遠ざかっていく。


 俺は、まだ茂みの陰にいた。動けなかった。ここから先へ行けば、あの数の中に、自分から入っていくことになる。膝から下は、とっくに冷たくなっていた。背中は、行くなと言い続けていた。全部が、留まれと言っていた。


 それでも、遠ざかっていくあの声を聞いていたら、俺の足は、また、勝手に一歩を踏み出していた。




 あの声を追って、俺は森を進んだ。


 まっすぐには行かない。それは身体が許さなかった。緑の群れの、そのすぐ後ろについていくなんて、俺の身体が全力で拒んだ。だから俺は、離れて追った。声と、大勢の足音と、踏み荒らされた下生えの跡。それを頼りに、じゅうぶんな距離を空けて、風下を選んで、藪から藪へ移りながらついていった。


 こういうのは、得意だった。思えば、森に来てからずっと、俺はこれをやって生きてきた。見つからないように動く。気配を殺す。相手が気づかない場所を通る。今まではただ、死なないためにやっていた。それが初めて、別のことに使われた。誰かを追いかけるために。


 俺の覚えた生き延びる術が、生き延びる以外のことに使われたのは、あれが最初だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。