44話
外へ出られたのは、昼を過ぎてからだった。
儀式が終わっても、堂からは人が引かなかった。倒れた司祭を運び出す者、受け皿の石を数え直す者、床を拭く者。柱の陰で、俺は膝を抱えたまま待った。
人の出入りが緩んだ頃、扉が開いて、浄め終わった石を倉へ戻すための人足が入ってきた。十人ほど。今朝の顔ぶれではない。
俺は列の後ろについて、灰色の石を詰めた箱を担いだ。
誰にも咎められなかった。石を運ぶ人間が石を運んでいるだけだから、咎める理由がない。幕をくぐり、回廊を抜け、外へ出た。坂を下りながら、そこまで来てようやく息を吐いた。
クラウスは、受け入れ所の門の外に立っていた。
杖代わりの棒に体重を預けて、坂の上を見ている。着ているものが昨日と同じだった。
「まさか、昨日からここにいたのか?」
「寝られるか」
俺は箱を土間へ置いた。ハンネが帳面から顔を上げて、俺を見た。何も言わなかったので、俺も何も言わずに外へ出た。
それから、二人で坂を下りた。
宿の部屋に入るなり、クラウスは卓の前に座った。俺が器から紙束を出すのを、瞬きもせずに見ている。
十四枚あった。
十七節のうち、三枚は取り損ねている。それでも、四枚目から先はほとんど落とさなかった。
クラウスは一枚目を手に取って、そのまま動かなくなった。
長い時間だった。俺は水を汲んできて、パンを切って、それでもまだ動かないので、寝台に腰を下ろして待った。
「……線が、細いな」
やっと出てきたのが、それだった。
「板は同じだ。俺の写しが下手なわけでもない。聖堂が歌に共鳴して、こうなった」
「分かっとる。分かっとるから言っておるのだ」
クラウスは二枚目を並べ、三枚目を並べた。十四枚が卓の上に扇のように広がっていく。三十年ぶんの紙束を器に納めたときと、手つきが同じだった。
「王都の陣と、どこまで同じだ?」
クラウスは自分の荷から、王都で写した十七枚を出してきた。並べて、突き合わせていく。
ほとんどが重なった。
十四枚のうち十一枚は、王都のものとぴたりと同じだ。残り三枚も、輪郭は同じで線の密度だけが違う。堂が大きいぶん、細かく割れているらしい。
「同じ設計だな」
「そのようだ」
当たり前といえば当たり前だった。同じ教会が、同じ目的で建てたものだ。大きさは違っても、組み方まで変える理由がない。
俺は、堂の中で見たものを話した。魔力が柱へ吸い込まれ、柱と柱のあいだが埋まっていったこと。太鼓の皮を張るように、何もない空間に膜が渡されたこと。張り終えたとき、堂の内側そのものが一枚の盤になっていたこと。
クラウスは目を閉じて聞いていた。聞き終えてから、卓の上の真鍮の板を指で弾いた。
「では……石が鳴っているのでは、ないのだな」
「鳴っているのは、張られたほうだ」
「……道理で、道理で合わんはずだ」
この老人は、三十年ずっと材質を疑ってきた。木では出ない形が真鍮で出る。ならば石ではどうなるかと、そこを追い続けてきた。だが石は鳴っていない。鳴っているのは魔力で張られたもので、そちらに材質はない。あるのは形と、大きさだけだ。
「板を何で作ろうと、同じか」
「形と寸法が同じなら、たぶん」
クラウスは板を裏返して、しばらく眺めていた。何を考えているのかは、そのときは分からなかった。
問題は、そこではなかった。
「もう一つある」
俺は、五枚目から先の紙を指した。
「一つの節で、砂が二度動いた。形が立って、崩れて、すぐに別の形が立つ。歌は同じ節を歌い続けているのに」
クラウスの手が止まった。
「……何度だ」
「六度。数えた範囲では」
「十七節で、形は二十三か?」
「たぶん」
クラウスは椅子の背にもたれて、天井を仰いだ。それから、低い声で笑った。笑い方が乾いていて、あまり気持ちのいい音ではなかった。
「王都の盤は、六つぶん応えていないということだ」
「そうなる」
「待て。設計が同じで、寸法だけが違う建物だぞ。それで六つも欠けるものか」
俺は、王都の堂で見たものを思い出していた。
真ん中の柱。てっぺんの折れた断面が、剥き出しのまま放ってある。あちらは折れたまま、こちらは黒っぽい材で継いである。違いはそこだけだ。
「継いであるからだ」
俺がそう言うと、クラウスは口を開けたまま止まった。
「王都のあれは折れている。ここのは継いである。粗い仕事だが、繋がっている。……六つは、そのぶんだ」
言いながら、自分の声が遠く聞こえた。
継ぎ足しは失敗したのだと、俺は思い込んでいた。違う。十七の上に、さらに六つを取り戻している。届かなかったのは、その先だ。
「では、王都以外は」
「もっと悪い」
辺境の教会は、王都よりさらに小さい。折れたところを継いだ形跡もないだろう。エルベルクの司祭が三人で倒れたのは、人数の問題だけではなかったのかもしれない。あの建物が、そもそも何割かしか応えていなかったとしたら。
「歌が終わるまでのことも、話しておく」
俺は、祭壇の上に開いたものを話した。
図が組み上がったあと、祭壇の真上の一点に穴が開いたこと。石の山から黒く濁ったものが立ちのぼり、柱と梁の線を伝って昇り、その一点へ吸い込まれて消えたこと。抜けたあとの石が、端から灰色に変わっていったこと。
「石から出たものが、上へ行ったのか」
「そうだ。降りてきたものは何もない」
クラウスはしばらく黙っていた。それから、ゆっくりと言った。
「では、あれは浄めておらんな」
「浄めていない。よそへ送っているだけだ」
二年前、王都の堂で同じものを見たときから、俺はそれを知っていた。だが、口に出したのは初めてだった。この国のすべての教会が、瘴気を消しているのではなく、穴の向こうへ押しやっている。誰も消していない。
クラウスは何も言わずに、卓の上の十四枚を見ていた。
「……その穴の向こうは、どうなっておるのだ」
「知らない」
嘘だった。だが、これ以上は言えなかった。あそこがどうなっているかを話せば、なぜ知っているかを話す羽目になる。
「もう一つ、見たものがある」
俺は、内陣で見上げたものを話した。
六本の柱と、その真ん中に立っている七本目。像も花もない一本。それだけが細く、そのぶん高いこと。てっぺんから伸びる梁の先が、周りとは違う黒っぽい材で継がれていたこと。継ぎ目が粗く、明らかにあとから足されたものだったこと。
クラウスは、途中から俺を見ていなかった。
立ち上がって、寝台の下から自分の背嚢を引きずり出している。中を掻き回して、油紙の包みを出した。何重にも巻いてある。埃の匂いがした。
開くと、一枚の紙が出てきた。
古い。角が丸くなって、折り目の部分が擦り切れている。俺が写してきた紙とは比べものにならないほど傷んでいた。
「三十二年前だ」
クラウスは、それを卓に置いた。
「古物商の屑籠から拾った。束の一部だったらしいが、残りはどこへ行ったか分からん。私はこれを、こういう線が引ける人間がいたという証拠として持っていた」
俺は、その紙を覗き込んだ。
図が一つ、描いてある。線の細い、込み入った形だ。俺が昨夜写した十四枚のどれとも違う。
だが、中心の処理が違った。
他の図は、どれも中心に向かって線が集まっている。この図だけ、中心から線が外へ出ていこうとしている。出た先は、紙の端で切れていた。
「三十二年だ。この一枚の意味が、三十二年分からんかった」
クラウスは指で紙の端を叩いた。
「たった今までは、な」




