42話
次の儀式は、六日後だと聞いた。
その日から、俺は石を数える仕事をしながら、別のことを調べるようになった。
石はいつ運び込まれるのか。儀式は何刻に始まるのか。堂の扉は誰がいつ閉めるのか。ハンネに訊けば一度で済むが、訊けば覚えられる。だから訊かずに、土間で交わされる話を拾って歩いた。
四日で、あらましが見えた。
石を運び込むのは、儀式の前日だ。当日ではない。前の日のうちに内陣の脇へ積み上げておいて、翌日の朝から儀式が始まる。運び手は受け入れ所から八人で、積み終われば追い立てられる。
つまり、運び手として入っても、歌は聞けない。
聞きたければ、その晩を堂の中で越すしかない。
考えるのは、そこからだった。
どこに身を置くか。石を運び込む大扉は日が落ちるまで開いていて、夕方には空箱を出す人足が行き来している。回廊には石材の積んである窪みがいくつかあり、そのうちの二つは、通路の灯りが届かない位置にあった。
扉が閉まるのは日没。閂を下ろす音は、坂の下からでも聞こえる。開くのは翌朝、聖職者が入るときだ。
その間、誰も入ってこない。
あとは、朝までそこにいられるかどうかだけだった。
「見つかったら、どうなる?」
五日目の晩、そう訊いてきたのはクラウスだった。この数日、この男は毎日のように聖堂へ通っている。ずいぶん信心深くなったものだ。
「おそらく捕まる。仕事は続けられなくなるし、最悪は国から追い出される」
「戻ってこられんかもしれんということか?」
「そうなる」
クラウスは指で卓を叩いた。三つのうちどれから訊くかを選ぶときの癖だ。
「ならば、私が行こう」
「無理に決まってるだろう。そもそも、あんたが教会に忍び込むのは無理だ。杖をついた老人が回廊をうろついていたら、隠れる前に顔を覚えられる。仮にできたとしても、一晩あそこで動かずにいられるか」
クラウスは口を開いて、そのまま閉じた。反論できないときにこの男がする顔を、俺はもう覚えている。
「その晩、板を貸してほしい」
クラウスの手が止まった。
「持ち込むのか? 真鍮の板を抱えて忍び込むつもりか。窪みへ入る前に、どこかへぶつけて音を立てるぞ」
俺は右の掌を開いて、握るような形に指を曲げてみせた。真鍮の板が一枚、掌の上に現れる。三日前に預かって、そのまま器に入れておいたものだ。
クラウスは、しばらく何も言わなかった。
「……忘れておった。まったく、忘れておった」
「砂も一緒に入れてある。あそこで盤を出して、歌を通す」
目で覚えて帰るつもりは、はじめからなかった。今回は、盤が作った形をその場で書き留めてくる。しかも今度は、俺が思い出した歌ではない。本物が鳴っている場所で、本物の声を通せる。
「隠れながらでは、そう何枚も取れんぞ」
クラウスが身を乗り出した。
「歌は十七節ある。次の節になれば、形は移り変わる」
「移り変わる様子を、できるだけ書き留めてくる。取りこぼしは仕方がない」
「何枚取れる」
「分からない。三枚かもしれないし、十枚かもしれない」
クラウスは椅子の背にもたれた。それから、腹の底から絞り出すような声で言った。
「十七より多いのかどうか。あるのなら、この目で確かめたかったのだがな……」
搬入の朝は、霧が出ていた。
夜明け前に受け入れ所へ集まると、土間に箱が並べられていた。数えるまでもない。四十箱、八百個。エルベルクで俺が一人で運んだのと同じ数が、明日の一回ぶんだった。
ハンネが手を叩いた。
「二班に分かれな。前の班から出るよ。明日の儀式に使う石だ。中では神官様の言うことだけ聞くこと。余計な口をきかない、余計なものを見ない。分かったかい?」
八人が声を揃えた。俺も揃えた。
坂を上るあいだ、箱の重さが肩に食い込んだ。強化すれば軽いが、他の七人が呻いているのに一人だけ平然と歩くわけにはいかない。強化を加減して、息を切らして、汗を出した。こういう嘘のほうが、口で言う嘘よりよほど疲れる。
堂の裏手から入った。
参拝の列が通る正面ではない。石を積んだ回廊を抜けて、幕の脇をくぐると、そこはもう柵の内側だった。
空気が違った。
瘴気の澱みではない。逆だ。ここには何もない。倉で感じたあの澱みが、この空間には一切なかった。腹の底が静かなのではなく、腹の底に入ってくるものがない。王都の大聖堂でも、ここまでではなかった。
箱を下ろす場所は、祭壇の手前だった。
俺は積みながら、上を見た。
六本の柱が、輪を描いて立っている。手前に据えられた六つの像は、この柱を背にしていたわけだ。それぞれの柱は天井の近くで枝のように分かれ、隣の柱から伸びたものと組み合って、傘の骨のように上を支えていた。
その輪の真ん中に、七本目が立っている。
参拝の列からは像に隠れて見えなかった根元が、ここからは見えた。細い。六本のどれよりも細く、そのぶん高い。
そして、断たれて見えた梁。
断たれてはいなかった。
伸びている。ただし、そこから先は他の梁と質が違った。石ではなく、黒っぽい別の材が継いである。継ぎ目の処理が粗い。ここだけ、あとから足したものだ。
王都のあれは、折れたまま放ってある。ここのは継がれている。
誰が? いつ?
「そこ、手が止まってる」
神官の声で、俺は箱を置いた。
積み終わるまで、十を数えるほどの余裕もなかった。前の班が幕の向こうへ出ていき、うちの班も追い立てられる。列になって、通路へ向かって歩き出す。
入り口で、神官が人を追い立てていた。
俺は列に従って、外へ出た。
坂を下りながら、俺は日の高さを見ていた。
儀式は明日の朝だ。今夜、あの堂は閉じられる。閉じられる前に中にいれば、開くまで誰も入ってこない。
石を運び込む大扉は、日が落ちるまで開いている。




