34話
通用口を出て、俺は走った。
石畳を蹴りながら、頭の中で図を順に並べ直す。輪が四つ。輪が三つ。放射。渦。格子。その先が思い出せない。走るたびに一枚ずつ薄くなっていく気がして、途中で足を止めて、目を閉じて、また走った。
クラウスの家の戸を、蹴るようにして開けた。
「紙!」
クラウスは何も訊かずに紙を寄越した。それから筆記具と、砂の箱と、盤を並べた。俺が息を整えるより先に、机の上が整っていた。
俺は座って、描いた。線は歪んだ。それでも、輪の数は覚えている。筋が輪と輪のどこを繋いでいたかも、大体はわかる。一枚描いては次を描き、次を描いてはさっきの一枚に戻って直した。
六枚まで描いて、そこで止まった。
「あとは」
「思い出せない」
クラウスは俺の手元を覗き込んでいた。六枚の紙が机に並んでいる。歪んだ円と、歪んだ多角形と、そのあいだを渡る線。
「……これは?」
「これらの陣には順番がある」
俺は紙を並べ替えた。歌が変わるたびに図が変わった。だから、この六枚は続いている。一枚ずつ切り離して集めたのでは、意味が分からないはずだ。
クラウスは絶句し、乾いた喉を鳴らした。
「三十年」
また、それを言った。
「三十年、私は一枚ずつ集めて、片端から表に押し込んでおった。同じ音なら同じ形になる。だから形ごとに音を割り当てて、並べて、分類して……ああ、なんということだ」
クラウスは自分の紙の山を見た。床から胸の高さまである、三十年ぶんだ。
「順番を、順番を考えたことがなかった」
声が、途中で掠れた。俺は何も言わずに、七枚目の紙を引き寄せた。思い出せないものは、また見に行けばいい。
それから、俺は大聖堂へ通った。
朝のうちにギルドで依頼を受けて片づけ、昼過ぎに通用口へ回る。エーリクが荷を数えている脇を抜けて、柱の陰に膝をつく。板を膝に置いて、砂を撒いて、歌が始まるのを待つ。
一日に三箱。歌は半刻ほど続く。そのあいだに、図は十四か十五だけ移り変わる。
初日は六枚しか持ち帰れなかった。二日目は、前の六枚を確かめるだけで終わった。三日目に七枚目と八枚目が入った。
覚えられる枚数には限りがある。走って帰るまでのあいだに、頭のどこかから零れていく。
四日目からは、やり方を変えた。一日に二枚だけと決めて、その二枚を何度も見た。歌の同じところで板が同じ図を出すのを確かめ、輪の数を数え、筋の渡り方を指で追う。他の図は捨てる。捨てたぶんは、また明日拾えばいい。
「遅い!」
クラウスは毎日そう言った。それでも、俺が持ち帰った二枚を、その日のうちに清書していた。
クラウスの描く線は、俺のものより整っている。三十年、こればかりやってきた手だ。俺が歪んだ円を描くと、それを見ながら定規を当てて引き直し、輪の間隔を測って書き込みを入れる。
七日目に十二枚、十日目に十六枚が並んだ。
そこで、俺たちは一度手を止めた。歌の最後がどこなのかが分からない。十六枚目のあと、砂は崩れたまま動かなくなる。それが終わりなのか、俺の集中が切れただけなのかが判別できなかった。
「エーリクさんに訊いてみる」
「訊けるのか?」
「歌が何節あるかくらいなら、答えてくれるかもしれない」
翌日、訊いた。エーリクは少し困った顔をして、それから「浄めの聖歌は十七節です」と答えた。節の中身は言えないが、数だけなら誰でも知っていると。
十七。俺が拾えたのは十六枚だ。一枚足りない。
十二日目に、最後の一枚が入った。歌の終わりぎわ、声が細くなって消える直前に、砂が一度だけ集まり直していた。ほとんど見えないほど薄い図だった。輪も筋もなく、中心に点が一つあるだけの。
俺はそれを描いて、クラウスの前に置いた。
クラウスは、その紙を長いこと見ていた。
机の上に、十七枚が並んでいる。
左端が最初の一枚で、右端が最後の点だ。並べて眺めると、輪が増えては減り、筋が伸びては畳まれ、最後に一点へ収束していく。順に見ていけば、何かが組み上がって、使われて、閉じられていく流れに見えた。
「これが」
クラウスの声が、震えていた。
「これが、浄化の陣だ」
俺は頷いた。三十年と、十二日。それだけかかって、教会が三百年隠していたものが、この机の上にある。
もっとも、これは形の話でしかない。この十七枚をどう使えば石が浄まるのか、何も分かっていない。歌わずにどう動かすのか。板一枚に収まる大きさでもない。
それでも、俺たちはしばらく黙って、並んだ紙を見ていた。




