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神殺しの罪人は、三度目の生で壊した世界に償う  作者: 放浪猫
三度目の生

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33話

 翌朝、俺は一人で大聖堂へ向かった。

 クラウスは来ない。連れて行くと言ったら、支度をしかけて、途中で手を止めた。


「私が入れば、断られる。学者が陣を見せろと言って通った例はない」


「俺なら通るのか?」


「石を運んだ探索者なら、まだ目がある。……見てこい」


 この男が三十年欲しがったものを、俺が代わりに見に行くことになった。板の抱え方を三度直された。持ち方で音が変わると言われれば、そのとおりなのだろう。


 王都の中央広場に、大聖堂は建っている。

 白い石を積んだ塔が二つ、そのあいだに屋根の高い堂。三百年前に建てられて、今の職人にはもう組めないと言われている建物だ。子供のころ、俺は年に一度だけここへ連れてこられた。王族の席は正面の壇に近く、俺はその端に座らされて、床の模様を眺めていた。

 あの模様は、陣の一部だ。床に現れている一面にすぎず、本体は柱の並びと梁の走りごと、建物として組み上がっている。


 正面の階段を上がる前に、俺は一度だけ立ち止まった。

 中には、俺の顔を知っている司祭が何人もいる。十の年から毎年、祭礼のたびに壇の上から俺を見ていた連中だ。

 だが、あの席に座っていたのは、左袖の空いた子供だった。

 俺は袖の中で左手を握った。指が全部ある。背も伸びたし、髪も切ったし、王子は乱心して出奔したことになっている。それでも足りない気がして、上がりきるまでに二度、深く息を吸った。

 脇の通用口で、エーリクは荷を数えていた。

 三日前と同じ神官服だ。裾がまだ泥で汚れている。俺を見つけると、数えていた指をそのまま止めた。


「ヴァルドさん」


「石は、どうなりました?」


「昨日から始まっています。三日で三百ほど。……全部で二十日かかると言われました」


 二十日。ギルドの女が申請したのと同じ数字だ。エーリクは、この日数を最初から見込んでいたのかもしれない。


「見せてもらえませんか」


「浄化をですか?」


「はい」


 エーリクは、俺の抱えている布包みを見た。中身は訊かなかった。


「……運び手として入るぶんには、咎められません。堂の奥へは通せませんが、脇の柱の陰までなら」


「充分です」


「あの」


 彼は少し声を落とした。


「なぜ、見たいのですか?」


 嘘は思いつかなかったし、つきたくもなかった。


「あなたたちが削られない方法を探しています」


 エーリクの手から、帳面が落ちた。

 拾ってやると、彼はそれを胸に抱えたまま、しばらく俺の顔を見ていた。

 堂の中は、思っていたより暗かった。

 高い窓から光の筋が落ちて、床の模様を切り取っている。その模様の上に、木箱が並べられていた。エルベルクから運んだ箱だ。俺が釘を打ち直した板の継ぎ目が、そのまま残っている。

 箱の周りに、聖職者が立っていた。数えると十一人。奥の壇に司祭が三人、その手前に神官が八人。

 脇には、俺と同じような服の人間が二十人ばかり座らされている。


「あれは」


「奉納の方々です」


 エーリクが小声で言った。


「魔力を納めていただきます。日当が出ます」


 二十人。俺がエルベルクへ持っていった紙と同じ仕事だ。市場で日雇いを募るのと同じ調子で、この国は魔力を集めている。

 柱の陰に膝をついて、俺は板を膝の上に置いた。砂を薄く撒く。指を裏の支点へ当てて、そこで待った。


 歌が始まった。男の声が一つ、低いところから入る。声が石の壁に当たって返り、堂の全体で鳴った。すぐに別の声が重なって、また別のが乗った。言葉は聞き取れない。この国の言葉ですらないのかもしれない。

 指先の板が、震えはじめた。俺は撫でていない。魔力も流していない。堂に満ちている音が、板をそのまま鳴らしている。

 砂が走った。中心に一つ、それを囲む輪が四つ。細い筋が輪と輪のあいだを繋いでいる。真鍮でしか出ない細かさの図だ。俺はそれを目に焼きつけた。


 歌が変わった。声の一つが上がり、別の一つが下りる。音が組み替わる。

 図が崩れて、砂が別の場所へ集まり直す。輪が三つになり、そのあいだに新しい筋が現れた。さっきの図とはまるで違う。


 また変わった。六本の放射。次は渦。次は格子。

 俺は息を止めていた。

 一枚じゃない。陣は、動いている。歌が進むたびに次の形へ移って、前の形は消えていく。クラウスが三十年かけて集めていたのは、この一枚ずつだ。順番のない、ばらばらの図として。

 彼は音と形を繋ごうとしていた。だが本当に繋がっているのは、形と形のあいだだった。


 どれくらい経ったのか、分からない。

 歌が止まったとき、堂の空気が変わっていた。箱の前に立っていた神官の一人が、膝をついている。脇に座っていた二十人のうち、何人かが青い顔で俯いていた。

 箱の中の石が、灰色になっていた。三箱ぶんだ。ひと息に三箱。二十日という日数の意味が、そこでようやく分かった。


 俺は、板の上を見た。砂が、崩れた形のまま残っている。最後の一枚だ。それより前の十いくつかは、俺の頭の中にしかない。

 覚えているうちに、写さなければならない。

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