↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神殺しの罪人は、三度目の生で壊した世界に償う  作者: 放浪猫
三度目の生

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
75/93

31話

 指先から、何かが板へ渡った。

 音は鳴らなかった。撫でてもいないし、叩いてもいない。それなのに、掌に伝わる震えだけがある。耳では拾えない高さで鳴っているのだと、そのとき初めて思った。


 砂が動いた。中心から外へ、渦を巻くように走る。木の盤で見たものとも、さっき真鍮で見たものとも違った。輪ではない。放射でもない。中心のあたりで密に絡んで、外へ向かうにつれてほどけていく。

 クラウスが板を押さえたまま、身を乗り出した。


「止めるな……! そのままだ」


 止めるつもりはなかった。難しいのは、放たないでいることのほうだ。腹で捕まえ、胸で変え、右手へ運ぶ。そこまでは三日で身体に入った。だが指先まで来たものは、形を与えれば出ていってしまう。石にも水にも火にもしないまま、押しとどめておく。


 器の口を細く開けるのと似ていた。開ききらず、閉じきらず、その途中で保つ。

 しばらくすると、腕が痺れてきた。肩から先が重い。押さえつけているぶんの負荷が、どこかにかかっているらしい。石を三十回撃ったときより、こちらのほうがずっと疲れる。

 それでも、俺は続けた。砂の図は、そこにある。


「そのままだ。今から写し取る」


 クラウスが紙を引き寄せた。押さえていた手を離せないので、顎で筆記具を指す。俺が空いている左手で渡してやった。

 クラウスは片手で紙を押さえ、片手で描いた。線が歪む。それでも描いた。


「これは、なんの形だ……?」


 俺に訊いたのではなく、自分に訊いた声だった。

 答えは、どちらにもなかった。音を入れれば音の形が出る。それは分かる。音は震えで、震えが節を作って、砂がそこへ集まる。理屈は前世で聞いた覚えがあるし、この三年で何度も見た。

 だが、いま入れたのは音ではない。俺の中から出た、まだ何にもなっていない力だ。それが板を震わせて、形になった。


 ——力にも、形があるということか。

 試しに、注ぐ量を増やしてみた。図が、外へ広がった。中心の密なところはそのままで、ほどける先が板の縁まで届く。減らすと、また縮んだ。

 量では、形そのものは変わらない。大きさが変わるだけだ。

 次に、形を決めかけてみた。河原で石を出したときと同じ手順だ。硬いもの。詰まっているもの。そこまで思い描いて、出す寸前で止める。

 砂が走り直した。渦が消えた。代わりに、六本の筋がまっすぐ外へ伸びて、そのあいだに短い線が並んだ。さっきまでの絡み合いはどこにもない。


「変わった」


 クラウスの声が裏返っていた。

 俺は形を解いて、また何にもしないところへ戻した。渦が戻ってくる。もう一度、石を思い描く。六本の筋が現れる。

 三度やって、三度とも同じだった。

 次は水だ。形を保たないもの。低いほうへ流れるもの。

 今度は、細かい波のような線が板を埋めた。筋は伸びず、全体がさざめいている。

 火では、中心が空いた。外側に太い環が二つ、そのあいだが何もない。


「……属性ごとに、違う」


 声に出したのは俺だったが、クラウスはもう筆を動かしていた。四枚目の紙だ。歪んだ線が並んでいく。

 思いつくままに続けた。同じ石でも、鏃の形まで細かく決めてやると、六本の筋のあいだに新しい短い線が加わった。粗く決めれば、その線は現れない。決め方が細かいほど、図も細かくなる。

 クラウスの言った「形の精度」が、そのまま砂の上に出ていた。

 言葉で言われていたことが、目の前で線になっている。


「音でも、同じことができるはずだ」


 俺がそう言うと、クラウスは顔を上げた。


「同じこと?」

「詠唱は音で形を決めるんだろう。なら、術者が唱えた詠唱をこの板に入れてやれば、その音の図が出る。俺が力で出した図と、突き合わせられる」


 クラウスの口が半分開いて、そのまま止まった。


「……音の形と、力の形を、並べて比べられる」


「そうだ」


「三十年」


 クラウスはそれだけ言って、板の上を見た。それから紙の山を見て、また板を見た。


「三十年だ。私は音の形しか持っておらんかった。片方だけを集めて、繋ぐ相手のないまま表にしておった。……三十年だぞ」


 俺は、指を離した。砂が崩れて、板の上にただの散らばりが残る。震えが引いていくのが、指先から伝わった。


「今日はここまでにしよう。また明日来る」


「必ず来いよ。いいな、必ずだ」


 クラウスが言った。


「盤を、もっと作らせろ」


 その金は誰が出すのか、という問いは飲み込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。