23話
鐘が四度鳴って、止んだ。
止んでしまった。櫓の上の人間が、鳴らし続けられなくなったということだ。
「荷車を出せ!」
言ったのは俺ではなく、探索者の一人だった。四十絡みの、王都へ戻る組の頭だ。名は聞いていない。
「北門から出せ! 西へ回って、町の外を大きく迂回しろ!」
「まだ一箱しか積んでない」
「置いていけ!! 石より人だ!」
御者たちが動いた。年嵩の男だけが荷台の縁を掴んだまま動かず、それから舌打ちをして手綱を取った。
俺は教会の扉のところに立って、南を見ていた。
石壁は低い。腰から胸ほどの高さで、上に木の柵が乗っているだけだ。獣を防ぐためのもので、それ以上のものは想定していない。その柵が、南の一角で内側へ倒れていた。押し破ったのではなく、寄りかかられて折れたという倒れ方だ。櫓が黙っている理由も、それで分かった。
柵の切れ目から、黒いものが入ってきていた。
最初、俺はそれを影だと思った。
輪郭が決まらない。歩くたびに、それが崩れて、また戻る。牛ほどの胴があって、地面に近いところで四つか五つに分かれて、それが交互に前へ出る。脚と呼ぶには数が多すぎる。前のほうに頭らしい膨らみがあるが、目に当たるものは見当たらなかった。濡れた土を積み上げて、そのまま歩かせているように見えた。
腹の底が反応した。濃い。教会に積まれた八百個ぶんを、一つに練り固めたような濃さだ。あれは獣が瘴気に当てられたものではない。瘴気そのものが、形を持ってしまったものだ。
悲鳴が上がって、通りにいた人間が散った。柵の内側にいた男が一人、逃げ遅れた。黒い塊の前側が伸びて、彼を掠めた。当たる瞬間、石を打ったような音がした。男は道の脇まで飛んで、動かなくなった。
「散らばるな! 壁を背にしろ!」
探索者たちが前へ出た。四人。槍が二人、剣が二人。
訓練された動きだった。二人が左右に開いて注意を引き、正面の一人が踏み込む。槍が肩口に当たる位置へ入った。
深々と、根元近くまで刺さった。
男が槍を捻る。手応えはあるのだろう。だが、捻ったところで何かが千切れる感触はないらしい。それでも引き抜いた。
抜いた穴が、埋まった。泥に指を突っ込んで抜くのと同じだ。傷にならない。血も出ない。そもそも、血の通る場所がない。
「なんだこりゃ?」
二度目の討伐隊が押し返された理由が、これで分かった。刃が通らないのではない。斬った先から、寄り集まるのだ。
俺は剣の柄に手をかけた。考えることは二つあった。
一つ。あれは瘴気の塊だ。俺なら、触れて意識を通せば溶ける。ただし、三つ数えるほどで、とはいかない。教会の石を五十ばかり浄めるのに、俺は一晩を使って、それでも途中で切り上げている。あの塊は、それを何倍も練り固めたものだ。通しきるまで、俺はその場に立ち尽くすことになる。そのあいだ、あれは動き続ける。
二つ。仮に通しきれたとしても、この町の人間は、通りすがりの探索者が化け物を撫でて消したところを見る。御者が三人、探索者が四人、町の人間が十数人。エーリクも。
腹の底で、冷たい火が首をもたげた。
——見せてやればいい。
いつもの声だ。だが今日は、少し違う言い方をしてきた。
——お前が黙っているせいで、あの男は死んだんだ。
道の脇で動かない男のことだ。
俺は奥歯を噛んだ。その理屈に乗ったら、次は「黙っているせいで町が滅ぶ」になる。そのあとは「黙っているせいで国が」になる。あの白い場所で、俺は同じ坂を転げ落ちた。一人殺せば、次の一人が軽くなる。あれは、そうやって始まった。
だから、乗らない。別の手で片づける。
この場で殺す必要はない。要るのは、あれをここから引き剥がすことだ。町の外へ出してしまえば、荷車は出せるし、人も逃げられる。倒すのは、そのあとでいい。
俺は教会の扉のほうへ声を張った。
「エーリクさん!」
「は、はい」
「人を北へ! 教会に入れないでください!」
彼が息を呑んだのが分かった。教会は避難場所だ。三年、そう教えられてきたのだろう。
「壁の内側に固まったら、まとめて潰されます! 北門から出して、街道沿いに走らせてください! 散らばらせて構いません!」
「……わかりました」
返事が早かった。躊躇う時間を、彼はもう使い切っている。
「御者の方! 積み込みを続けてください! 三箱でも四箱でも、積めるだけ積んで北から出してください!」
「馬鹿を言え! あれがいるのに、荷車なんぞ——」
「あれは、俺が引き付けます!」
年嵩の男が、俺を見た。それから、何も言わずに荷台へ上がった。孫がこの町の水を飲んでいると言った男だ。判断が速い。
探索者の頭が背中で何か怒鳴っていたが、聞き取らなかった。あとで叱られればいい。




