↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神殺しの罪人は、三度目の生で壊した世界に償う  作者: 放浪猫
三度目の生

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
67/93

23話

鐘が四度鳴って、止んだ。

 止んでしまった。櫓の上の人間が、鳴らし続けられなくなったということだ。


 「荷車を出せ!」


 言ったのは俺ではなく、探索者の一人だった。四十絡みの、王都へ戻る組の頭だ。名は聞いていない。


 「北門から出せ! 西へ回って、町の外を大きく迂回しろ!」


 「まだ一箱しか積んでない」


 「置いていけ!! 石より人だ!」


 御者たちが動いた。年嵩の男だけが荷台の縁を掴んだまま動かず、それから舌打ちをして手綱を取った。

 俺は教会の扉のところに立って、南を見ていた。

 石壁は低い。腰から胸ほどの高さで、上に木の柵が乗っているだけだ。獣を防ぐためのもので、それ以上のものは想定していない。その柵が、南の一角で内側へ倒れていた。押し破ったのではなく、寄りかかられて折れたという倒れ方だ。櫓が黙っている理由も、それで分かった。


 柵の切れ目から、黒いものが入ってきていた。

 最初、俺はそれを影だと思った。

 輪郭が決まらない。歩くたびに、それが崩れて、また戻る。牛ほどの胴があって、地面に近いところで四つか五つに分かれて、それが交互に前へ出る。脚と呼ぶには数が多すぎる。前のほうに頭らしい膨らみがあるが、目に当たるものは見当たらなかった。濡れた土を積み上げて、そのまま歩かせているように見えた。


 腹の底が反応した。濃い。教会に積まれた八百個ぶんを、一つに練り固めたような濃さだ。あれは獣が瘴気に当てられたものではない。瘴気そのものが、形を持ってしまったものだ。

 悲鳴が上がって、通りにいた人間が散った。柵の内側にいた男が一人、逃げ遅れた。黒い塊の前側が伸びて、彼を掠めた。当たる瞬間、石を打ったような音がした。男は道の脇まで飛んで、動かなくなった。


 「散らばるな! 壁を背にしろ!」


 探索者たちが前へ出た。四人。槍が二人、剣が二人。

 訓練された動きだった。二人が左右に開いて注意を引き、正面の一人が踏み込む。槍が肩口に当たる位置へ入った。

 深々と、根元近くまで刺さった。

 男が槍を捻る。手応えはあるのだろう。だが、捻ったところで何かが千切れる感触はないらしい。それでも引き抜いた。

 抜いた穴が、埋まった。泥に指を突っ込んで抜くのと同じだ。傷にならない。血も出ない。そもそも、血の通る場所がない。


 「なんだこりゃ?」


 二度目の討伐隊が押し返された理由が、これで分かった。刃が通らないのではない。斬った先から、寄り集まるのだ。

 俺は剣の柄に手をかけた。考えることは二つあった。

 一つ。あれは瘴気の塊だ。俺なら、触れて意識を通せば溶ける。ただし、三つ数えるほどで、とはいかない。教会の石を五十ばかり浄めるのに、俺は一晩を使って、それでも途中で切り上げている。あの塊は、それを何倍も練り固めたものだ。通しきるまで、俺はその場に立ち尽くすことになる。そのあいだ、あれは動き続ける。


 二つ。仮に通しきれたとしても、この町の人間は、通りすがりの探索者が化け物を撫でて消したところを見る。御者が三人、探索者が四人、町の人間が十数人。エーリクも。

 腹の底で、冷たい火が首をもたげた。

 ——見せてやればいい。

 いつもの声だ。だが今日は、少し違う言い方をしてきた。

 ——お前が黙っているせいで、あの男は死んだんだ。

 道の脇で動かない男のことだ。

 俺は奥歯を噛んだ。その理屈に乗ったら、次は「黙っているせいで町が滅ぶ」になる。そのあとは「黙っているせいで国が」になる。あの白い場所で、俺は同じ坂を転げ落ちた。一人殺せば、次の一人が軽くなる。あれは、そうやって始まった。

 だから、乗らない。別の手で片づける。

 この場で殺す必要はない。要るのは、あれをここから引き剥がすことだ。町の外へ出してしまえば、荷車は出せるし、人も逃げられる。倒すのは、そのあとでいい。


 俺は教会の扉のほうへ声を張った。


 「エーリクさん!」


 「は、はい」


 「人を北へ! 教会に入れないでください!」


 彼が息を呑んだのが分かった。教会は避難場所だ。三年、そう教えられてきたのだろう。


 「壁の内側に固まったら、まとめて潰されます! 北門から出して、街道沿いに走らせてください! 散らばらせて構いません!」


 「……わかりました」


 返事が早かった。躊躇う時間を、彼はもう使い切っている。


 「御者の方! 積み込みを続けてください! 三箱でも四箱でも、積めるだけ積んで北から出してください!」


 「馬鹿を言え! あれがいるのに、荷車なんぞ——」


 「あれは、俺が引き付けます!」


 年嵩の男が、俺を見た。それから、何も言わずに荷台へ上がった。孫がこの町の水を飲んでいると言った男だ。判断が速い。

 探索者の頭が背中で何か怒鳴っていたが、聞き取らなかった。あとで叱られればいい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。