20話
東へ向かう街道は、思ったより空いていた。
商隊が止まっているせいだ。すれ違うのは、逆に西へ逃げてくる荷馬車ばかりだった。御者たちは俺の木札を見ると、決まって同じ顔をする。物好きな新人が死にに行く、という顔だ。
一日目の夜は、街道沿いの野営地で過ごした。
火を囲んでいたのは、俺のほかに三人。行商をやめて引き返してきたという男と、その護衛の探索者が二人だ。俺が同じギルドの札を見せると、護衛の一人が舌打ちをした。
「エルベルクだと? やめとけやめとけ」
「そんなにひどいんですか?」
「受肉型のでかいのが出たんだ。討伐隊が二度出て、二度とも半分死んだ。三度目はもう組めんだろうよ。人がいないんだからな」
「教会は?」
「石が溜まりすぎて、司祭が三人とも倒れた。若いのが一人いるが、あれももう保たん」
男は火に枝をくべた。
「わかるか?小僧。回らなくなってるんだ。魔物を討てば、魔石が増える。石が溜まれば、司祭が潰れる。司祭が潰れれば、討ってきた石を捌く者がおらん。捌けんなら、討伐に出たところで始末に困る。誰も出ん。魔物が増える」
「……」
「そういう町が、東にはいくつもある。エルベルクは今その入り口だ。半年もすれば人が出ていく。一年で村が消える。俺の生まれた村もそうやってなくなった」
隣の男が「やめろ」と短く言った。
それきり、誰も口を開かなかった。
俺は、火の向こうの闇を見ていた。
百六十年ほど前、俺はこの世界の力の源を、数えきれないほど斬った。あのときは白い場所で、相手は神で、俺は自分の憎しみのことしか考えていなかった。
その結果が、この焚火を取り囲んでいる。
生まれた村がなくなった男がいる。半年後に町を捨てる人たちがいる。倒れた司祭が三人いる。
直接手を下したわけではない、と言うことはできる。俺が斬らなくても、いずれ神は減っていたかもしれない。俺一人のせいではないのだ、と自分に言うこともできる。
だが、そういう言い訳は、あの白い場所で一度使い切っている。
翌日の午後、エルベルクが見えた。
低い石壁に囲まれた、こぢんまりとした宿場町だ。壁の外に畑が広がっているが、半分ほどが放置されて雑草に埋もれていた。
門をくぐって、まず気づいたのは匂いだった。
饐えている。王都の外れの林で嗅いだのと同じ匂いが、町の中に薄く漂っていた。石畳の隙間から、じわりと滲み出してきているようだった。
腹の底が、反応する。歩いている人間は少なかった。店の半分は板を打ちつけて閉まっている。開いている店の前にも、並んでいる品が少ない。
広場に出ると、そこに人だかりがあった。
教会の前だ。
王都の大聖堂とは比べるべくもない、小さな石造りの建物だった。尖った屋根がひとつ。それだけだ。その扉の前に、二十人ほどが列を作っていた。
皆、袋を提げている。
魔石がはいっているのだろう。
列の先頭で若い神官が一人、必死に何か説明していた。二十歳そこそこに見える。目の下が黒く落ちくぼんで、頬がこけていた。
「ですから、今日はもう無理なのです! 石を預かることはできます。ですが、浄めるのは……」
「預かるだけじゃ意味がねえんだよ!」
列の中ほどから怒鳴り声が上がった。
「うちの裏の井戸が使えなくなった! 水が濁って、飲んだ子供が寝込んでる! 石が溜まってるからだろうが!」
「わかっております! わかっておりますが、私一人では……」
「司祭様たちは!」
「……お三方とも、まだ床から起き上がれないのです」
どよめきが走った。
それは、この町の人間にとって、死刑宣告に近い言葉だったのだろう。
俺は、人だかりの外側に立って、それを見ていた。
預かった石は、教会の中に積まれるだけだ。浄めなければ、そこから瘴気が漏れ続ける。町の中心に瘴気の溜まりを作っているのと変わらない。井戸が濁るのも道理だ。
若い神官が、両手で顔を覆った。それから、深く息を吸って、顔を上げた。
「明日、私がやります」
列がざわめいた。
「一人で、ですか?」
「この建物そのものが、そういう造りになっています。人数が足りずとも、動かないわけではありません。時間はかかりますが」
「しかし神官様、お一人でなさったら……」
言いかけた老人が、口をつぐんだ。
言わなくても、皆が知っているのだ。一人で回せばどうなるか。
寿命を削る。
若い神官は、それを承知で言っていた。二十歳そこそこの、痩せた男が。
俺は、そこで足を踏み出した。
考えて出したわけではない。気づいたら、人だかりを分けて前へ出ていた。
「手伝います」
神官が俺を見た。列の人間が振り返った。
「……あなたは」
「探索者です。応援要請を受けてきました」
木札を見せる。ギルドで剥がしてきた紙も。
神官の顔に、ほんの一瞬、期待が浮かんだ。それから、俺の年齢を見て、それが消えた。
「……ありがたいことです。ですが、失礼ながら、魔力は」
「ありません」
「では、奉納は」
「できません」
神官の肩が落ちた。悪気はないのだろう。ただ、疲れきっているだけだ。
「石を運ぶ手が足りないと聞きました。それなら、できます」
「……はい。それは、助かります」
力なく、そう言われた。
俺は、列の人々に頭を下げてから、教会の中へ入った。
扉をくぐった瞬間、息が詰まりそうになった。
澱んだ匂いが鼻を衝く。外の比ではない。堂の奥、祭壇の脇に、木箱が積み上げられていた。ひとつひとつに魔石が詰まっている。数えるのも馬鹿らしい量だ。
腹の底の火が、ぐらりと揺れた。
俺は、その場に立ち尽くして、積まれた箱を見ていた。
三つ数えるほど。
あの林で、俺が石ひとつを浄めるのにかかった時間だ。
ここにある石が、何百あるのか知らない。だが、仮に千あったとしても俺なら——




