18話
ギルドに戻って、薬草の籠を出した。
検分した職員が銅貨五枚を数えて寄越す。それだけの取引だ。名前も聞かれない。木札の番号を帳面に書き写して、それで終わり。
「魔石は?」
帰りかけたところで、職員が言った。
「街道の外れで犬型が出たって報告が上がってる。あんた、そっちから戻ったんだろ。見なかったか?」
「一頭、始末しました」
職員の手が止まった。
「……十等級が? 一頭を、一人でか?」
「運がよかったので」
「魔石は」
俺は、懐から灰色の小石を出して、机に置いた。
職員がそれを摘み上げて、光にかざして、それから怪訝な顔をした。
「これは……おい、浄化済みじゃないか」
「そのようです」
「どこの教会だ? この辺りで、こんな早く回してくれるところは」
「拾ったときには、こうでした」
嘘だ。だが、他に言いようがない。
職員は納得しかねる顔をしていたが、それ以上は追及しなかった。浄化済みの石は、教会へ回す必要がない。ただの記録になるだけだ。手間が減るなら誰も文句は言わない。
「まあ、いいや。討伐報酬は銅貨十五枚。魔石は浄化済みなら買い取り値が下がる。三枚だな」
「構いません」
銅貨が合わせて二十三枚。安宿に三泊できるかどうかの金だ。
だが、俺が気にしていたのは、そこではなかった。
浄化済みの石を持ってくれば、怪しまれる。
当たり前だ。討伐から納入までの間に浄めるには、教会へ持ち込む必要がある。犬型の小さな石なら、二十人がかりの儀式までは要らないだろう。それでも、司祭が陣を回して、時間をかけて浄めるものだ。半日で戻ってきた新人が、浄化済みの石を出すのはおかしい。
では、浄めずに納めればいいのか。
それをやると、その石は教会へ回る。司祭が命を削って浄めることになる。俺が三つ数えて片づけられるものを、あの人たちが汗まみれになって。
俺は、ギルドの階段に腰を下ろして考えた。
日が傾いて、広間から人が減りはじめている。
やり方を考えなければならない。
目立たずに、しかし多く。俺一人が石を三つ数えて浄めたところで、この国の浄化が追いつくわけではない。だが、何もしなければゼロだ。
ゼロよりは、いい。
それから半月、俺は同じことを繰り返した。
依頼を受けて外へ出る。魔物を討つ。魔石を回収する。そこまでは他の探索者と同じだ。違うのは、そのあとだった。
納める石と、納めない石を分けた。
依頼書に討伐数が指定されているものは、そのまま未浄化で納める。数が合わないと面倒になる。だが、ついでに始末したぶん——依頼にない魔物、たまたま出くわしたやつ——それは記録に残らない。
その石は、その場で浄めて、灰色になったものを地面に捨てた。
誰も知らない。誰も気づかない。
最初のうちは、それでいいと思っていた。
だが、林の中で灰色の小石を捨てるたび、据わりの悪さが少しずつ溜まっていった。
隠れてやっている。
それは、正しいことをしている人間のやり方ではない。悪事を働く人間のやり方だ。俺は世界に神気を返しているつもりで、その事実を隠すことに一番の労力を使っている。
わかっている。正体が知れれば全部が終わる。教会に囲われるか、王家に見つかるか、どちらにしても俺は動けなくなる。だから隠すしかない。
それでも、据わりが悪かった。
三十日目の朝、ギルドで妙な話を聞いた。
「東の街道が止まってる」
掲示板の前で、革鎧の男たちが話していた。
「エルベルクの手前で受肉型が出たらしい。しかもでかいやつ。討伐隊が二度出て、二度とも押し返された」
「教会は?」
「王都から人を回すって話だが、いつになるかわからん。あっちの司祭は三人しかいないんだと。それも老人ばかりで」
「じゃあ、石が溜まる一方じゃないか?」
「だから街道が止まってる。討伐できないから魔物が増える。商隊は通れず、物も入らない。もう十日だ」
俺は、掲示板の依頼書を見た。
エルベルク近郊、受肉型討伐。二等級。報酬は金貨五枚。共同受注可。
横に、別の紙が貼ってあった。
エルベルク教会、魔石浄化の応援要請。等級不問。報酬は日当銅貨三十枚。
石を運ぶ手か、浄める手が足りていないのだ。
俺は、その二枚の紙を、しばらく見比べていた。
エルベルクという町の名は、地図で見た覚えがある。王都から東へ二日ほど。樹海の方角へ向かう街道の途中にある、中規模の宿場町だ。
樹海に近づく。
瘴気は濃くなる。腹の底の火は、いっそう疼くだろう。
それに、東へ行くということは、ヴァルトハイム領のほうへ向かうということでもある。百六十年前に、俺が死んだ場所。あの人が生きて、老いて、死んだ土地。
行くつもりは、まだなかった。
行って、どうなる。あの人の墓を探すのか。子孫に会って、何と言う。俺はあなたの先祖に名をもらった化け物です、とでも。
馬鹿げている。
だが、エルベルクなら、まだ手前だ。
俺は掲示板から二枚とも剥がして、受付へ持っていった。
「両方ですか?」
あの退屈そうな顔の女が、めずらしく目を丸くした。それから、討伐のほうの紙を摘んで、俺の側へ押し返した。
「これは駄目よ。あなた、十等級でしょう」
「共同受注と書いてあります」
「組める者同士で組め、っていう意味よ。分かってて言ってるでしょう」
女は帳面を閉じて、初めてまともに俺の顔を見た。
「この依頼ね、最初は六等級で出されたの。達成できなくて、次は四等級。それも駄目で、今は二等級。……分かる? それだけ危ない案件なのよ」
女は紙の隅を指で叩いた。
「等級はね、うちがその人の腕を保証してるってことなの。そんな案件に十等級のあなたを出したら、あなたが死ぬだけじゃ済まないの。組んだ相手も一緒に死ぬ。そのとき、出したうちの落ち度になる」
「……」
「あなたに腕があるかないかの話じゃないの。うちが知らない、っていう話。本当は強いんだとしても、それを確かめる前に人が死ぬんだから」
筋は通っていた。
食い下がることはできた。この半月で何頭も討っている。帳面に載せていないぶんまで数えれば、もっとだ。見せろと言われれば、見せられる。だが、そこで押し問答をすれば、俺は掲示板の前で覚えられる人間になる。十等級のくせに二等級の現場へ行きたがった新人として。
目立てば終わる。半月かけて、それだけは避けてきた。
「わかりました」
紙を受け取って、掲示板へ戻しに行った。画鋲を刺し直しながら、金貨五枚という数字をもう一度見た。討伐隊が二度出て、二度とも押し返された仕事だ。
俺には、行く資格がない。
受付へ戻ると、女は残った一枚に判を押していた。
「浄化の応援ね。言っておくけど、これ、魔力を納めに行く仕事よ。持ってない人が行っても意味がない」
「魔力はありません」
「知ってるわ。帳面に書いてあるもの」
「石を運ぶ手も足りていないと聞きました」
女はしばらく俺の顔を見て、それから帳面に何か書きつけた。
「……まあ、いいわ。死なないでね」
「気をつけます」
「本当に気をつけて。あなた、変な子だから」
どういう意味かと聞き返す前に、女は次の客のほうを向いてしまった。
外へ出ると、日はまだ高かった。
出立は明日にする。今日のうちに、支度を整えなければならない。




