8話
いつのまにか、斬るものがなくなってた。
向かってくるやつも囲むやつもいなくなってた。逃げたのか、尽きたのか、それとも、これ以上は無駄だと退いたのか。俺にはわからない。ただ気づいたら、白い場所には俺ひとりが残されてた。
あれだけ満ちてた気配は、あらかた消えてる。静かだった。代わりに無数の光の粒が行き場をなくして、ゆっくり漂ってる。俺が散らした神々の、使徒たちの、天使たちの——なれの果てだった。
俺は立ってた。左腕もなく、右目もなく、残った右手をだらりと下げたまま。
そうして待った。これだけのことをやったんだ。これだけ屠ったんだ。だから何かが戻ってきて欲しかった。少しでいい。ほんの少しでも。
戻らなかった。相棒も、妹も、父さんも母さんも、あのあたたかい毎日も。俺が失ってきたものはひとつも返ってこなかった。当たり前だ。ここにそれを返せるやつなんて、はじめからいなかったんだから。
胸の穴は埋まるどころか広がってた。
屠れば屠るほど深くなってた。屠った数だけわかってしまうからだ。こいつも違った。こいつも違った。俺がこの手にかけた神も使徒も天使も、誰ひとり俺を弄んだあいつじゃなかった。
詫びてたやつを斬った。鎮めようとしたやつを斬った。ただそこに在っただけのやつらを片っ端から屠った。俺の本当の憎しみとは何の関わりもないやつらを。
あいつはここにいなかった。ずっといなかったんだ。
俺が最初に斬ったあの詫びる神も、伝えようとしてたのかもしれない。あいつはここにはいない、手の届かない場所に封じられてるんだ、と。でも俺は聞かなかったし、聞けなかった。真っ黒に塗り潰された頭で、ただ手の届くやつを殺し続けただけだった。
残ったのは埋まらない穴と、無関係な神々を手にかけた事実だけだ。それは新しい澱みになって俺の底に沈んだ。冷たい火が燃やすものをなくして、代わりにその澱みを静かに照らしてた。
ふと気づくと、この場所の力が薄くなってた。
あれほど濃かったものが、むせ返るくらいあふれてたはずのものが、はっきりと薄い。汲もうとすればまだいくらでも湧く。でも、俺がここへ落ちてきたときとは明らかに違ってた。
当たり前か、と思った。うすうす感じていたが、この力は神から溢れ出してたものだ。その神を俺は数えきれないほど散らした。湧き出す蛇口を片っ端から塞いで回ったようなものだ。薄くならないほうがおかしい。
そこまで考えて、手が止まった。
森にいたころ、俺は自分の内から湧く熱を使っていた。地上でも、あれと同じものが薄く満ちているのを感じた覚えがある。だとしたら、この力はここから地上へ降りていってたんじゃないのか。なら地上でも同じことが起きるんじゃないのか。
考えたくなかった。でも頭は勝手にあの森を思い出してた。異常に増えた群れ。溢れ出した災い。相棒を殺したあの日。あれと同じものが、これから、まだ見ぬどこかで湧きはじめるとしたら。
確かめる術はなかった。ただの思いつきかもしれない。それでも一度そう思ってしまったら、もう振り払えなかった。
俺の復讐は何ひとつ取り戻せないまま、新しい喪失の種を蒔いたのかもしれない。
白い墓場みたいな場所に、俺はひとりで立ち尽くしてた。
妹。父さん。母さん。相棒。
——あなたたちがもしどこかで、俺と関わりのない場所に生まれ直してるなら。どうか、こんなものからは遠く離れて幸せにいてくれ。
それだけを願った。願うことしかできなかった。
空っぽの手で空っぽの穴を抱えて、俺はその場に崩れ落ちた。
評価・星頂けたら嬉しいです
ダメ出し、もう見ないコメでもなんでもオケです




